第10話 Boot The CORE

 ――プルルルルルル。


 発車の合図が聞こえて来た。

 電車はこのまま折り返し運転となるらしい。


「それじゃあ、少し話を聞かせてもらおうかな」


 左隣に座るトレンチコートオジサンがようやく口を開いた。

 僕はこの男に拘束され、車両中央の長椅子に腰掛けていたんだ。

 そして僕を挟む様に、その右隣には。


「あぁ、彼も僕の仲間なんだ。気にしないでほしい」


 僕の右側に座る男……まだ若い……青年って感じか。

 北欧の雰囲気がする。

 ブルーの瞳に淡いブロンドの髪が美しい。

 彼はオジサンと違って、黒革のロングコートなんだな。


 センスの違いか? 

 まぁ、とりあえず黒がチームカラーって事なんだろうな。

 とても分かりやすい事で。


 そう考えると、僕の正面に座る女性。

 彼女もまた青年と同じ。黒革のロングコートに身を包んでいるな。

 どうやら、この三人がグルって事か。


『タケシ。お前の右手と正面。その二人が司教Bishopだ』


『でもクロ、声を掛けて来たのは左のオジサンなんだけど』


『理由は分らんが、左の男からは明確な魔力を感じない。助祭、よくて司祭と言う所だろう』


「さて、まずは名前を聞かせてもらおうかな?」


 トレンチコートの男が僕の顔を覗き込んでくる。

 顔を覚えられるのはマズい。

 僕は目を合わさぬ様、男から顔を背けたんだ。

 だけど……。


「……あっ! グッ!」


 僕の右足に走る激痛。

 いつの間にっ!

 右隣の青年が僕の右足の上に手を置いてる。

 何をした? 僕の足に何を?

 

「大人の言う事は素直に聞いた方が良いよ。でないと、痛い思いをする事になるからね」


 やがて僕の右足には、赤いシミが広がり始めたんだ。

 思わずヤツの顔を睨み付けたけど、僕の視線など全くお構いなし。

 逆に、甘くとろける様な微笑みを返されただけ。


 こいつ……顔とヤってる事が全く矛盾してるっ!

 真正のドSか!?


「ううっ!」


 更にしぼり上げる様な激痛に加え、右足全体に痺れる様な感覚が広がり始めた。


 あぁっ、何だこれっ!

 右足全体が、白く……凍ってる。


「司教様、おたわむれはそのぐらいで。あまりヤり過ぎますと尋問に影響しますので」


加茂坂かもさかは本当にうるさいなぁ。どうせ後で殺しちゃうんだから、楽しむなら今のうちだろう?」


 何だと! 殺す? 僕を殺すって言うのか?


「いえいえ、この者は人の姿形すがたかたちをしております。もしや、に何らかの影響を受けているの可能性も」


「はぁぁ……。だから加茂坂かもさかは甘いって言うんだよ。一度獣にした人間は、もう救いようが無いのさ。それに、本国は別として、この神界にいったいどれだけの人間が居ると思ってるんだい? 七十億、七十億だよ? 適正な人数に間引くだけでもひと苦労さ。そう考えれば、不安要素は今のうちからドンドン削って行かないとね」


 人間を……間引く?

 って言うか、コイツ、俺を逃がす気ゼロ……って事か。


『クロ……コイツの言ってる事って……』


 僕は思念でクロへと話し掛ける。


『あぁ、どこまでが神の意思かは分からんが、少なくともこれで、お前が助かる見込みは無くなったな。残念だがお前と私は一蓮托生いちれんたくしょうと言う事だ』


 チクショウ。この男、イカレてやがる。

 トレンチコート男すらも、心底呆れた様子だ。 


「はぁ……司教様。それに、勝手に私の名前を出すのもヤメて頂きたいですな」


「ホント、加茂坂かもさかは細かいなぁ。だから何度も言っているだろう。コイツは後で殺すんだから、関係無いって」


「司教様、大変申し訳ございませんが、しばらく静かにして頂けませんか? 尋問は私の職務範囲ですので。えぇっと、名無し君? 名前を言ってくれないのなら、この後は、名無し君と呼ばせてもらうけど……良いかな?」


 僕は否定も肯定もせず、ただトレンチコート男を睨み付けるのみ。


「それでは聞くけど、名無し君の目的は何だい? わざわざ危険を冒してまで、神界に来る理由が知りたいんだ。返答次第によっては、大司教様に助命をお願いしても良いんだよ?」


「……」


「はぁ……黙秘ですか。それでは質問を変えましょう。名無し君は一人でこの世界へ……」


「……黙れ」


「え?」


「黙れ……無礼者め……」


 僕の口が勝手に言葉を紡ぎ始める。

 とても奇妙な感覚。

 僕はクロと合意の上で、体の支配権を譲る事にしたんだ。


 確かに。

 このまま僕が会話を続けていても、余計なボロが出てしまう可能性が高い。

 それに一般人を装ったとしても、結局は金髪ドS男に殺されるのは確定済だ。

 ここはわらにもすがる思いで、クロに掛けてみることにしたのさ。


「あぁ、やっと話をする気になってくれたみたいだね。そうだな。まずは自己紹介からさせてもらおう。ご存じの通り、私は加茂坂かもさかと言う者だ。とある宗教団体で司祭の地位に居る。それで……キミの名前は?」


「司祭ごときに名乗る名は無い。直ぐに立ち去れ。それに、私はここで大声を出す事も出来るのだぞ。この世界に根差す貴様達にとっては、不都合となるのではないかな?」


「ははは。大声を出したければ出して頂いて結構。言っておきますが、この車両に乗る乗客全員が私たちの仲間です。どうです? これで安心して話をする気になって頂けましたか?」


 そうか、そう言う事か。

 電車が駅を出るまで何も言わなかった理由。

 車両内の一般人を排除して、気付けば公然の牢獄を造り上げていた……と言う訳か。


「であれば、辺りの人間をも巻き込み、死屍累々ししるいるいの有様を見せつけてくれるわ」


「いやぁ、それは怖いなぁ。流石に私もまだ死にたくはありませんからね。ただ、キミは既に分かっているとは思うけど、キミの隣と正面の二人。彼らは司教位だ。いくらキミがグレーハウンドだとしても、そう簡単には行かないよ」


「……」


「ねぇ加茂坂かもさかぁ。もう飽きた。コイツがグレーハウンドで間違い無いだろう?」


「いいえ、司教様。この者には獣人の様子が見受けられません。グレーハウンド本体では無く、召喚者の可能性もございます。ここは十分に調べた上で……」


「ぐっ!」


 先程まで麻痺していたはずの右足に、ハンマーで叩かれた様な鈍い痛みがっ!

 って言うか……。

 僕の右足っ!……ドコ行ったっ!?


「ほぉらぁ。加茂坂かもさかがぐずぐずしてるから、右足取れちゃったじゃないかぁ」


「いや、それは司教様が勝手に……」


加茂坂かもさかぁ……誰に向かって口きいてんの? 誰が勝手にって?」


 僕の……僕の右足っ!。

 いつの間にヤッたんだ? 金髪ドS野郎が右手で振り回してやがる。

 僕の足の付け根の部分は真っ白なしもに覆われて、出血している様子は見受けられ無い。


 だけど……。

 かつて僕の右足があった場所からは、想像を絶する激痛がこれでもかと駆け上がって来るんだ!


 痛いっ! 痛い! 痛いいっ!


 死ぬ。……僕……死ぬ。


『落ち着け……タケシ。私が言った事を覚えているか?』


『クロォ……僕……死ぬ……それに、痛い……凄く……痛い』


『タケシッ、しっかりしろ! まだ死なない。足の一本ぐらいではまだ死なないんだっ』


「いや……もう、嫌だ……だって、痛いもの……凄く……痛いもの……」


 僕は知らず知らずのうちに、そう口走っていたんだ。

 思念では無く、僕自身の口で。


「え? キミ、今、何て……?」


『チッ、タケシッ! 余計な事をしゃべるな! えぇいっ! Boot The CORE

Beast !』


 その瞬間、辺り一面に真っ白な蒸気が立ち込め始めた。


「うぉっ! アイスキュロス様!」


「任せろっ!」


 ――バキッ、バキバキッ!


 僕の背後で突然の破裂音が。

 しかし立ち込める蒸気により視界が奪われ、何が起きたのかは分からない。

 やがて……。

 薄らいでゆく白煙の中、車両中央に屹立するのは。


「グッ、グレーハウンド」

「グレーハウンドだ……」


 突然、何の前触れも無く現れ出でた魔獣。

 乗客たちはただ、驚愕の眼差しでその姿を見上げる事しかできない。

 全身を覆うシルバーの体毛。体高だけでも二メートル近くある。

 更にその前足に備わる爪は鋭く、床板を踏みしめる度に、深々とその爪痕を刻んでいる。


 僕はと言えば、獣の足元近く。

 進行方向右側のドアにもたれ掛かる形で倒れ込んでいたんだ。


『タケシッ、タケシッ!』


「はうっあッ……あっ……ガァッ……」


 クロからの度重なる思念。それにも全く反応出来ず。

 今の僕に出来る事と言えば、ただ口元からヨダレを垂らし、訳の分からぬ声を発しながら、無情にも脊髄を駆け上がる激痛に耐え続ける事のみ。


「うわぁ、外したかぁ。流石グレーハウンド、速いなぁ。んん? 横に居るのはさっきの子供だねぇ。って事は、グレーハウンドは召喚獣で、術者はそっちって事かな?」


「アイスキュロス様、術者の方を、術者の方を早くっ!」


 トレンチコートの男がそう叫んでる。


加茂坂かもさかぁ、だからお前は駄目なんだよ。召喚獣は一度呼び出してしまえば、術者が死んでも暫くは消える事が無い。だからグレーハウンドはこの場で始末しないと駄目なんだよ。って事で、術者の方は加茂坂かもさか、君に任せるぅ……よっ!」


 最後の掛け声とともに、金髪ドS野郎の右手から噴き出す白銀の吹雪。

 その吹雪に触れた獣の足が、瞬時に凍てついて行くのが見えた。


「キシャァァァァ! グルルルルルルッ!」


 獣は咆哮にも似た唸り声を上げながら、後退あとずさろうとするのだが。


「グオォォォ! キシャァァァァ!」


 更に体重を後ろにあずけ、ひたすら暴れ回るグレーハウンド。

 座席と良い、壁と良い。

 それはまさに、車両全体を破壊し尽くす程の勢いだ。

 しかし、暴れているのは後ろ足だけ。

 凍てついた前足は床面に貼り付いたまま。全く動かす事が出来ない。


「あはははは。グレーハウンド最強の武器は前足の爪なんだってね。それを封じられては、まさに『手も足も出ない』って所かな? クククッ! さて、あとはじっくり……」


 と、そこで金髪ドS野郎は視線を後ろへ。

 彼の振り向いたその先。

 そこには、この大惨事の中でも、未だ微動だにせず。

 先程と同じ場所に座り続ける女性が一人。


蓮爾 れんじ様、如何いたしましょうか?」


「アイスキュロス、早くトドメを……」


「はぁ……やっぱりそうだよねぇ。そりゃそうか。車両の修理代もバカにならないし。あまり教団に迷惑を掛けると、僕の出世にも影響しそうだからね」


 金髪ドS野郎項垂うなだれながらも、彼の右腕を肩口の高さまで持ち上げたんだ。


「全く期待外れだよ、グレーハウンド。まぁ、キミはグレーハウンドの幼体だと聞いていたからね。本当ならキャッチアンドリリース。もっと大きくなってから戦いたかったけど……」


 いつの間に……。

 金髪ドS野郎の右手には、銀色に輝く槍の様な物が握られている。


「まぁ蓮爾 れんじ様が始末しろって言うから、仕方がないよね。それじゃ、黄泉の国で楽しく暮らしてよ。バイバイ!」


「グオォォォロロロロ、グアッ!……」


 野太い威嚇音を伴う獣の声が、突然……途絶えた。


 ――バシュゥ、バキバキバキッ!


 一閃。まさに電光石火。

 男の右手に握られていたはずの槍は、獣の顎の下から脳天へと貫通。

 更には車両の天井を突き破り、車外にまで達したのだ。


「はい、ご苦労さん」


 力無く……静かに崩れ落ちるグレーハウンド。

 まるでスローモーション。

 視界に映る光景は全ての色を失い。

 ただゆっくり、ゆっくりと、その獣が地へ伏して行く。


「うっ、うぅぅわあっぁぁぁぁぁ! クッ……クロォォォォ!」


 僕の為に、僕の為に。

 僕が魔力を上手く操作出来ない所為せいで。

 クロが、クロがぁぁぁ!


 その悪夢の様な光景は、僕の中に残された『理性』と言うタガを難なく破壊。

 その後に沸き起こるのは、ただ己の本能にのみ触発されたマイナスの感情。


 アイツ、コロス、殺す。クロの仇……絶対にコロス!


 腹のそこから湧き上がるその『怒り』のパワーは、一瞬のうちに僕の全身を駆け巡り、僕の中の『全て』に対し『極限までの稼働』を命じたんだ。


「うおぉぉぉ! Boot The CORE Beast of KURO!」


 僕の雄叫びが車内に響き渡る!


 ――バシュゥゥゥ!


 先程とは比べ物にならない。

 一寸先も見えぬ程の蒸気が、列車内に充満し始めた。


「くそッ! まだ召喚できるのか!」


 白煙の中から金髪ドS野郎の怒声が聞こえる。

 更には、耳をつんざく、けたたましい金属音がその後に続いた。


 ――キキッ、キキッ、キィィィィ……!


 誰かが緊急停止レバーを操作したに違いない。全車両に急制動が掛かり始めたのだ。


「「うわぁぁ! キャー!」」


 ――バタバタバタ、ガタガタガタッ!


 全車両を揺るがす激しい振動。

 乗客全員が押し出される様なマイナスの加速度を耐え忍ぶ中。


 ――バキバキバキッ、ミシミシ、ミシッ!


 車両全体に響き渡る破裂音。

 

 ――ビシッ、ビシッビシッ、バリバリッ……バリーン!


 窓と言う窓が一瞬にして弾け飛び、新鮮な外気が車両の中へと一気に雪崩れ込んで来た。

 そして、視界を遮る大量の蒸気が一掃された、その先には……。

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