第7話 個人差による制約

 カーテン越しに差し込む柔らかな日差し。

 そんな朝の光に照らされて、美しい少女が僕のベッドでまどろんでいる。

 うぅぅん。絵になるなぁ……でも、そろそろ起こさなきゃだなぁ。


「あのぉ……おはよう……ございます。……クロ……さん」 


「うぅぅん……」


 何かイケない事でもしてるみたいだな。

 ちょっとこれ以上声を掛けるのははばかられてしまう。


 昨日。

 そうそれは、この歳になって僕が『お漏らし』をした記念すべき日。


 いや、違う違う。

 そっちを記念してどうする。


 そうじゃなくって。

 僕がクロご主人様からを貸与頂いた日。


 いやぁ、とにかくビックリしたわ。

 もう、ビックリ通り越して……えぇっと……だからそのぉ……ビックリだったわ。

 あぁゴメン。語彙ごいが少なくて。


 とにかく僕は昨日、如月綾香にしたんだ。


 となると当然、青少年の取るべき行動はただ一つだよね。

 もちろん、お風呂場へ直行さ。

 まぁ、お漏らししちゃってたから、仕方が無いよね。

 そうさ、仕方がない、仕方が無い。不可抗力って言うものだよ。

 ただ、まぁね。

 あの時ほど自分の携帯電話が防水仕様で良かったぁ……って思った事はなかったけどね。

 

 如月綾香とうり二つ?

 いやいや。

 そう言うレベルじゃ無くってさ、完全に本人そのものなんだもの。

 めちゃめちゃ調べたんだから、絶対に間違いない。

 

 何しろビラビラの裏の裏までチェックしたからね。

 そりゃ確認しましたよ。えぇ、やりました。

 TS系のマンガなんかじゃとても描けないような事まで、しっかり、バッチリ、クッキリ、ハッキリ、余すところ無く確認しましたよ。

 えぇ、やりました。やりましたとも。全精力を傾けてやり切りました。


 途中何度か『グロッ!』って言いかけましたよ。って言うか言いましたね。

 えぇ、言いました。言いましたとも。


 だから何だって言うんです?

 良いじゃないですか。多少グロくったって。

 だって人間だもの、そう言うものなんですもの。

 僕だって初めて知りましたよ。

 本当にもぉ、ビックリですよ。


 って言うかさぁ。

 一番ビックリしたのは、そんな僕の姿をクロ如月さんに見られてたって事だよなぁ。

 どうやら、彼女もちょうどトイレに行こうと、起きて来てたみたいだね。


 背後から僕のを見つめるクロ如月さんの凍てつく様な視線。

 それはまるで、汚物やウジ虫でも見る様な目つきだったなぁ……。

 あははは。流石にあれはマズかった。

 いやぁ、あの時のドン引きしたクロ如月さんの顔は、一生忘れられんな。


 そんなこんなもあってか、ちょっと声を掛けずらいってのがホントの所。


「ん……あぁタケシか、おはよう」


 クロったら、開ききらないまなこを両手で可愛いくこすってる。

 うぅん、朝から可愛い。眼福、眼福。


「おぉ、元に戻れたのか。どうやらお前には才能がある様だな。これは幸先が良い」


「ねぇクロ。起きがけで申し訳ないんだけど、もう少し教えて欲しいんだ。クロの言う能力ってさぁ、このクロ如月さん能力……って事なんだよね?」


「あぁ、そうだ。これが『ゼノン神の祝福』と呼ばれる力だ」


 彼女はベッドに横たわったまま、腕枕の状態に。


「魔道の力と言うのは、先天的なものだ。しかし、唯一ゆいいつ後天的に授かる方法がある。それがあるじとの隷従関係を経て、能力の一端を貸与されると言う方法だ。これであれば、かなりの確率で能力が発現する。ただ、それとて本人にどれだけの適正があるのかについては、事前に確かめようが無いからな。つまり、能力が発現するかどうかは、全て運次第という事だ。そう言う意味では、お前は運が良い。能力を発現したばかりか、コアの取り込みにも成功している訳だからな」


「へぇぇ。そのコアの取り込みって、失敗する事があるの?」


「あぁ、確か言ったはずだぞ。『受け取った者はおらん』とな」


「え? マジ。もし失敗してたらどうなってたの?」


「そうだなぁ……」


 クロはあごに人差し指をあて、またもや思案のポーズ。

 はぁぁぁ。やっぱり、めっちゃかわよ。


「能力が発現していなければ、特に問題は起きないな。ただ、能力が発現したにも関わらずコアの取り込みに失敗すると、本人の人格コア自体が破壊されてしまうようだな。そうなるとまぁ、二度と元には戻らなくなる」


 えぇぇぇ!

 もしかしたら如月さんに変身したまま、僕、戻れなくなってたかもって事ぉ!?


「まぁ、上手く戻れたのだから、良いでは無いか」


 いやいやいや、行き当たりばったり。

 クロったら、めっちゃ行き当たりばったり!


「そんな事より、どうしたんだ? めずらしく朝から私を起こしたりして。いつもは勝手に学校に行っているだろう? 今日は学校に行かないのか?」


「いやいや、今日は土曜日、学校は休みだからさ。それにバイトにも行かなくちゃいけないし。だいたい『めずらしく』って言うけど、クロ……って言うか、如月さんが僕の部屋に泊まって行くのは、今回が初めてじゃないか」


 そんな僕の話を怪訝けげんそうな顔で聞いているクロ如月さん


「うぅぅむ。どうやらお前は、まだこの力の本質を理解していない様だな。仕方があるまい。昨夜は出歩いておらんからな。もう、魔力も溜まった頃だろう」


 そう言うと、クロ如月さんは突然瞳を閉じたのさ。

 すると……。


 ――シュウゥゥ……


 突然、部屋の中が白い蒸気で満たされ始めたんだ。

 と言うより、クロ如月さんの姿が蒸気にかき消されたと言う感じか?


「うわっ、何? なになに?」


 やがて白い蒸気がゆっくり薄れて行くと、その中から現れ出でたのは。


「ミィー……」


「クッ、クロォ!」


 なんと、ベッドの上には黒猫クロが。

 あえて言うなら、さっきまで如月さんが着ていたスゥエットに包まれたままの姿で。


 何だ、手品か? って言うか、これが例の能力ってヤツ……か?

 本気ガチだ。本気ガチの変身だっ!


 僕はあまりの出来事に、その場で固まったまま。

 クロの方はと言うと、そんな僕の事など全くお構いなし。

 軽々と僕の肩へ飛び乗ってから、耳元を軽く舐め始めたんだ。


 ――キィィン


 またもや大量の情報が僕の脳内に流れ込み始める。


『どうだ、分かったか? これが本来の私の姿だ。まぁ、本来……と言うのは少々語弊があるが……まぁそれは良いとしよう。ただ、この姿では上手く言葉を話す事が出来んのでな。お前と居る時は、如月のコアを使っていると言う訳だ。別にお前のコアを使っても良いのだが、同じ人間が目の前に居ると言うのは、やはり落ち着かないものだろうしな』


 そりゃそうか。

 自分の目の前にもう一人の自分が居たとしたら、多分正気ではいられないだろう。


「クロ、これ、僕にも出来るの? また、変身する事って出来るのかな?」


『あぁ、もちろんだ。何しろ昨日の夜に一度切り替わっているからな。全く問題無いだろう。心の中で如月の事を想い出し、切り替われSwitch……と念じるだけで良い。ただまぁ、初めの内はなかなかコツが掴めないだろうし、思いもよらぬ時に切り替わっても面倒だからな。何か切っ掛けを作ると良い』


「きっかけ? 切っ掛けって? どうやるの? どうやれば良い?」


 もう、ワクワクが止まらない。

 魔法だ。完全に魔法だ。

 手品じゃない。僕は魔法が使える様になったんだ!


『まぁ、そう焦るな。例えば合言葉の様なものでも良いし、手を叩くなどの動作でも良い。タイミングだ。タイミングを掴めればそれで良いのだ。まずはそれで練習して、慣れてさえくれば、自分の思うタイミングで切り替わる事ができる様になるだろう』


「なるほどぉ、タイミングかぁ……」


 なんでも良いんだったら、手軽で格好良いのが一番だよなぁ。

 えぇっと、如月さんの事を思い出しながら……。


 ――パチッ!


 そう、僕が指を鳴らした瞬間。


「おぉぉ!」


 目の前を遮る白い蒸気。

 ただ、その蒸気は直ぐに晴れて。

 あれ? ……クロの時より蒸気の出が少ないな。失敗かぁ?


『ほほぉ、お前は飲み込みが早いな』


 肩に乗るクロが大きく目を見開いている。


『湯気の量は気にするな。切り替わる対象との体重差が少ない場合は、あまり多くの湯気は出ないものなんだ』


 僕は速攻振り返ると、部屋の端に置いてある鏡を見たんだ。

 すると。


「おおっ! うぉぉぉぉ!」


 突然の雄叫び!


 変わった! 切り替わった。やった、やっちゃった。

 しかも、一発で。一発で切り替わったよ。

 こっ、これが僕のっ、僕の体かあっ!


 突然発生したふくよかな胸。

 それを、これでもかと激しく揉みしだきながら、僕は更に大声を張り上げたんだ。


「うぉぉぉぉ!」


 何しろ僕は魔法が、魔法が使える様になったんだからっ!


 ただ……。


『おい、タケシ。他人ヒトの体をもてあそぶのはいい加減にしておけ。といい、といい。少々見苦しい……』

 

 あぁ、クロさん。

 ……すんません。お見苦しい所をお見せしました。

 もうすっかり昨日の事は忘れて下さったのかと思ってたけど、覚えてたのね。


 僕の肩に乗るクロの、これでもかと言う冷ややかな視線。

 それ自体は、僕の中に眠る新たな快感を呼び起こすかの様で、うれしくもあり、恥ずかしくもあり……。

 とそこで、枕元にある目覚まし時計が目に入った。


「って、やべぇ! バイトに遅れる!」


 こんな所で、自分の胸を揉みしだいている場合じゃ無かったわ。


「ねぇ、クロ。ちょっとバイトに行って来るわ。詳しい話はまた帰ってからにしよう」


 ニマニマした顔で部屋着のスェットを脱ぎ始めた僕。

 いやぁ、この豊満なワガママボディが僕のものになるとはねぇ……。

 もう、絶対に手放せないよねぇ。

 って言うかさぁ……。


「ねぇ、クロ。これからバイトなんだけど、これ、どうやったら元に戻るの? さっきから指を鳴らしてても、全然戻らないんだけど」


「ミィー……」


 あぁ、そうか。クロは話せないんだった。

 早速僕がベッドの脇に腰掛けてあげると、クロは少し気怠けだるそうにしながらすり寄って来てくれたんだ。


『何を言っている、タケシ……』


 あぁ、舐めなくても触れてさえいれば意思疎通は出来るのか。


『お前はまだ能力が発現して間もない。魔力量も高が知れていると言う事だ。元に戻るだけの魔力量を貯めるには、一晩ほど掛かると思うぞ』


「……え?」


『まぁ、心配するな。魔力量には個人差がある。おいおい魔力量も増えて来る事だろう。そんな事より、今回が初めてにも関わらず、人から人へと切り替えるだけの魔力量を既に持っていた、と言う事を誇るが良かろう』


 いやいやいや。

 いーや、いやいや。

 僕、これからバイトだから。

 バイト行かなきゃ駄目だから。


「戻らないの? このまま?」


『あぁ、無理だな。魔力量が回復しないウチは、能力は全く発動しない』


「うぉぉ、マジか、しくったぁあ!」


 そんな爆焦り真っ最中の僕の事など全くお構いなし。

 クロってば可愛い欠伸あくびを一つだけ残すと、早速僕のベッドの中へ潜り込んでしまったんだ。

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