第5話 隷従の誓約

「あっ……あのぉ。と、とりあえず、何か着るものでも……?」


 とにかく僕はあわてて部屋の奥へと駆け込んで行ったのさ。


「そうだな。の季節はもうすぐ春らしいが、まだ十分に寒いしな」


 の季節?

 そんな謎めいた言い回しをする彼女。


 とりあえずエアコンをつけてから、部屋着として使っているスエットを彼女へと差し出したんだ。


「あぁ、ありがとう。悪いな」


「いえいえ、そんな」


「まぁ、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。楽にしてくれ。私はに対しても寛大なタイプなんだ」


「はっ……はぁ……」


 この娘、一体何を言ってるんだ?

 ここは僕の部屋だぞ?

 前回現れた時から、かなりの『不思議ちゃん』だとは思ってたけど、僕の予想を遥かに上回る『不思議ちゃん』確定だな。


 そんな微妙な空気を気にも留めず、彼女は僕の目の前で堂々とスエットを着始めたのさ。


 にしても……。

 どうして上から着るかなぁ。

 普通パンツの方から履くよね、普通。

 だって、今時点で下半身なんて、完全に無防備防御力ゼロなんだよ。

 男性で言う所のフルチン状態なんだよ。


 つまるところ、全裸で他人と遭遇そうぐうした際、咄嗟に『ドコを隠す派』かって話なんだろうな。

 人によっては『胸を隠す』って娘もいるだろうし、『股間』や『お尻』を隠すって娘もいるだろう。

 つまり彼女は『胸を隠す派』って事だな。うんうん。


 うぅぅん?

 いやいや、待て待て。


 そう言えばスエットを着る時も、胸を見られる事に対して特に躊躇ちゅうちょしていなかった様な気がするぞ。

 普通他人の前で洋服を着る時ってさ、後ろを向くとかさ……恥じらいってあるよね。

 だって彼女。

 完全に僕の方を向いたままなんだよ。

 ねぇ、そんな事ある? そんな事ってあると思う?


「なんだ? 私の顔に何かついてるのか?」


 僕が呆気に取られているのを不審にでも思ったのか、いぶかし気に僕の顔を覗き込む彼女。


 いやいや、何も付いていないです。

 って言うかアナタ、何も履いてないです。


「気にするな。洋服ぐらいは自分で着られる。お前に手伝ってもらう必要は無い。それに、私もこの部屋で数日過ごさせてもらったからな。大体の事は把握しているつもりだ」


 手伝うぅ?

 女子がスエット着るのを、僕が手伝う?

 いやいや、やりたいよ。是非お手伝いしたいとも思うよ。

 でもね、普通しないよね。

 って言うか、それって、やっちゃ駄目なヤツだよね。

 流石に恋人同士でも、更には新婚夫婦だってそんな事しないよね。

 だって、スエットだよ。

 何をどう手伝うって言うの?

 そんな事しようもんなら、秒で脱がしに掛かっちゃうよ、僕。

 今着たばっかなのに、速攻で脱がしに掛かっちゃうからね。


 んん?

 ごめん、ごめん。

 そうじゃない。そうじゃないぞ。

 良く考えたら、ツッコむ場所を間違ってたわ。


 彼女ったら、数日間過ごさせてもらってた……って言ったよね。

 そう言ったよね!

 そんな数日前から僕の部屋に来てたった事?

 えぇぇ? 嘘ウソ。


 僕が初めて会ったのは昨日だから……。

 ん? 初めては一昨日か? 僕が真犯人の時? マジか、あの時か。

 うぅぅん、仮にだ。仮にそれを入れたとしても、この部屋で過ごしたって……変じゃね?


 って事は、僕がいない間に勝手に入ってたって事? 今回みたいに?

 なんで? 何のために? 金か? 金目の物が無くなってるのか?

 金目の物つったって、現金は財布の中だし、PCにテレビぐらいなもんか。

 あっ!

 フィギュアか? 僕のエロフィギュアが目的かっ? アレだったらネットで転売すれば軽く数万の値が……ってそんな事無いか。今もしっかりと本棚の上で僕の事を見守ってくれている……えへへへ。ってあぁぁぁ。フィギュア出しっぱなしだぁ! あんなエロエロフィギュアを女子に見られるなんてっ! うわぁぁぁ! 最悪っ!


「さて、何か色々と聞きたい事がある様な顔をしているな。仕方が無い。お前の質問を許そう。何しろ私は寛大だからな」


 彼女は僕のジャージを着終わると、やおら近くのベッドに腰掛けて大きく足を組みはじめたんだ。

 僕はと言えば、すかさず彼女の目の前で片膝を付いてみせる。


「ははぁ、女王様。それでは私めよりいくつか質問がございます」


「あぁ、構わん。ただ、私は女王では無い。せめて呼ぶならご主人様にしてくれ」


「ははぁ、畏まりましてございますぅ」


 うん。とりあえず、そう言うシチュエーションプレイって事ね。

 なるほどね。なるほど、なるほど。

 最初は女王様シチュかとも思ったけど、どうやらご主人様シチュって事ね。

 うんうん。分かるよ。分かる。

 萌えるよねぇ。ご主人様シチュ。


「それでは質問させて頂きます。如月様はどうやってこの部屋へ入られたのでしょうか? また、どうしてこの様なむさ苦しい場所へとお越し下さったのでしょうか? 無学な私めに是非お教え頂ければ幸いでございます」


 僕の大げさな芝居に気分が乗って来たんだろうな。

 如月さんは少し嬉しそうに微笑みながら、身を乗り出して来たのさ。


「どうやっても、こうやってもないだろう。お前が私をこの部屋へと運んでくれたのだからな。その後も私が通れるほどの隙間を開けておいてくれたおかげで、特に支障なく出入り出来たと言うわけだ」


 んん? 話が嚙み合わんぞ。

 僕がこの部屋へと運んだ……?


 ……


 あぁぁ! クロか!

 そうか、そう言う事かぁ。

 クロがこの娘のペットか何かで、そんでもって彼女はクロを探していたと言う訳だな。

 そんでもって、クロが僕の部屋に入るのを見て、自分も部屋に入って来たと。


 ……


 やっぱダメじゃん。

 そんなん、どういう理由を付けようと不法侵入じゃん。

 犯罪だよ。犯罪。


 となると、犯罪を前提に考えて見ようか。


 もともと、こうやって自分のペットを手引き役として拾わせておいて、その後目的の家へと不法侵入。金目の物があれば盗んで行くが、そうでも無い場合は次のステップへと移行。当然それは美人局つつもたせに方針変更と言う意味だ。彼女が色仕掛けで住人を篭絡ろうらくしたあと、怖いお兄さんがやって来て『俺の女に何してくれとんじゃあ!』って言う段取りだな。


 うんうん。

 完璧な計画だ。

 まんまとしてやられる所だった。

 あぶない、あぶない。

 これだから、都会の一人暮らしは危険だって言うんだよな。


「あのぉ、僕一人暮らしだし、あんまりお金無いんで。美人局つつもたせだったら他の人にお願いできませんでしょうか?」


「ん? どう言う事だ? 美人局つつもたせぇ? ちょっと待て。今調べるから」


 ……


「……ほほぉ。この後、私の情夫がお前を強請ゆすりにやって来ると思っているのだな。これはこれは。私も相当見くびられたものだな。お前程度の奴隷をどうこうするのに、別の者を呼ぶ事などありえん。と言うより、お前は既に私の所有物だ。今更お前から金銭を巻き上げてどうする」


「え? お金は取らないんですか?」


「まぁ農奴であれば、主人が搾取する事など日常茶飯事とは漏れ聞くが。しかし、私がお前に期待するのは臣従だ。逆に衣食住を提供すべき責務は、私の方にこそある」


 んん? 奴隷? 農奴? 搾取? しかも衣食住に責務ぅ? って言うか、僕、彼女の所有物なの?


「あのぉ、やっぱり話が今一つ見えておりませんでして。えぇっと、もう一回確認なのですが……僕はぁ、如月さんのぉ、奴隷、って言う立ち位置で、よろしいのでしょうか?」


「そうか。そうだな。まだ正式に名乗った事が無かったな。それは流石に悪い事をした。奴隷の身分とは言え、自分の主人の名前すら知らんとは、流石に不安であろうからな」

「それでは名乗ってやろう。オホン……私はゼノン神の直系血族である、カサンドラ・メガロスゼノア・ノーティオスである。これがお前の主人の名だ。以後しっかりとその心に刻むが良い」


 おぉぉぉ! めっちゃ鼻高々。めっちゃ鼻高々だわあぁ。

 如月さんったら、めちゃめちゃストーリー作り込んで来てるわぁ。

 しかも、ここで? このタイミングでブッ込んで来るの?

 いやぁ。鉄の心臓。って言うか、もうはがねの心臓って感じだよね。

 『不思議ちゃん』通り越して、『痛い人』だよね。完璧に『痛い人』に成り下がっちゃったよね。


 はぁぁぁぁ。折角こんなに可愛いのに。

 点は二物を与えないって言うけど、常識ぐらいは与えてあげて欲しかったよなぁ。

 美貌を与える代わりに、常識を取り上げるなんてねぇ。

 神様ったら、血も涙も無いよねぇ。


「あっ、あのぉ、それでは、ノーティオス様……」


「いや、既にお前とは主人と奴隷の間柄だ。お前には私をファーストネームで呼ぶ事を許そうと思うが……如何せん、私もこちらの世界は始めてだ。なんだったら、お前の世界のしきたりに沿った方が良いのかもしれんなぁ。……ふぅぅむ。それではこうしよう。当面、お前がいつも使っている『クロ』で構わん。この世界に滞留する間は、あまり他の者達に気取られない方が良かろう。うむ。そうしよう。今後も私の事は『クロ』と呼べ」


 さぁ、話は更に混迷を深めて参りました。

 と言うか、この娘の話に『出口オチ』は設定されているのでしょうか?

 どうする? どうする?

 今度は自分の事をペットの名前で呼べって言い出したぞ?

 『痛い人』もここに極まれりだ。

 『痛い人』すら通り越して、『おつむが残念な人』にまで行っちゃったからな!


 ……ふぅう。


 いやいや、落ち着け、落ち着くんだ。

 こんな彼女だけど、全ての問題を無かった事に出来るぐらいの美貌に、ナイスバディのおまけ付きだ。

 お友達にさえなっておけば、今後もさっきみたいなラッキースケベに遭遇する事だってあるかもしれない。

 ここは我慢だ。我慢のしどころだ。

 血気盛んな青少年舐めんなよ。

 この程度の事で、僕の性欲は負けたりしないんだからな。


「それでは、クロ……様」


「いや、クロで構わん」


「はっ、はい。……クロ。僕は奴隷になったとの事なのですが、いつからその様な感じになっちゃったりしちゃったりした感じでしょうか?」


 自称クロこと如月さんは顎に人差し指をあてて、なにやら思案のポーズ。

 はぁぁぁ。めっちゃかわよ。


「そうだな。誓約を交わしたのは、私がこの部屋に来た最初の晩だな」


 最初の晩って言うと……。


「昨日……ですか?」


「いいや、最初の晩と言っただろう。私が本来の姿でお前と『まぐわ』った時だ」


 え? 『まぐわう』?

 って言うのは、エッチの事?

 そんな事より、本来の姿……って何?


「え? もしかして、あの『淫夢』の時?」


「あぁ、そうだ。あの時にお前は私の奴隷となる事を望み、承諾したのだ。ほら見てみろ」


 彼女がそっと僕の首筋に触れて来る。

 すると、僕の首筋が淡く光って……。


「え? 何コレ? 何、なに?」


「鏡で自分の首元を見て見ろ。お前の首筋に現れているのは『奴隷痕』と言うものだ。そこには私の名前も刻まれている。その奴隷痕は私がお前を解放するまで消える事は無いのだ」


 ――ドタドタドタッ!


 僕は慌てて洗面所の方へ。


「あぁぁぁ……」


 なんだよこれぇ。

 何か黒い首輪みたいなのが浮いてるぞぉ。

 軽く指で擦ってみたけど、全然とれる様子も無い。


 油性ペンか? ひでぇ事するなぁ。

 しかも、その紋様の中にはローマ字で確かに『Cassandraカサンドラ』との文字まで読み取れる。


「クロぉ、これ落ちない、落ちないよぉ!」


「先ほども言ったろう? 両者合意の上で交わされた奴隷契約は、双方の合意無くして破棄する事など出来ん。まぁ、正確には主人側の合意だけで如何様にもなるのではあるがな」


 いやいやいや。冗談だろ?

 何で僕がクロの奴隷にならなきゃならないんだよっ!

 って言うか、そんな約束した覚え全然無いっつーの!


「まぁ、安心しろ。我が国であれば羨望せんぼうの対象になりこそすれ、さげすまれる事は無いのだが、流石にこの世界で私の奴隷が大手を振って町を歩いていると言うのは何かとマズいだろう。日頃は見えぬ様にしておくゆえ、気にするな」


「はぁぁぁ……。クロぉ、僕、奴隷になる事を承諾した覚えが無いんだけどぉ」


 少々不貞腐ふてくされ気味にそう訴えかけてはみたけれど、残念ながらには全く取り合ってもらえない。


 これマジか? マジなのか?

 いやでも待てよ……。

 そう言えば確か、僕が寸前に、彼女クロが何か英語でまくし立ててたような気がしないでも無いなぁ……。

 それで僕『YES、Oh~YES』って言った様な、言わなかった様な……。


 それ……かぁ?


 だって彼女クロったら、コトの最中に英語で言うんだぜ、『ComingI’m Coming!』とかって言ってる最中にさぁ。

 そしたら『YES、Oh~YES』って言うのがルールってもんだろぉ。日本人的に言わせてもらえば、それこそが『阿吽あうんの呼吸』? プロレスで言う所の『受けの美学』? まさに『ザ・ジャパニーズ様式美』ってヤツだよね。


 だってそりゃそうさ。

 洋モノのAV見てみろよぉ。全部そうなってるから。間違い無くそうなってるからさぁ!

 んん? 洋モノのAVで『ザ・ジャパニーズ様式美』はオカシイか?


 でもまぁ、いまさらどうこう言っても仕方が無いんだけど。

 うんうん。

 まぁ、油性ペンだとしても、数日もすれば落ちるだろう。

 今日からお風呂でしっかり洗わないとだな。

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