第8話 氷の牢獄の二人
エッカルトは自分の理論に夢中になっていて、ハント親子の前でその考え方を語って聞かせた。彼の論理はアーネンエルベの人体実験が参考になっていた。
アーネンエルベは先の世界大戦末期に、ナチスドイツが密かに開発していた研究開発機関である。彼らの主要な研究対象は、人間だった。特に、長時間に氷水に浸けて体温を氷点下にまで下げた男性の肉体を、裸の女性に抱かせて蘇生させるという猟奇じみた計画が有名である。こうした手法を使えれば、古代北方人種が遭難者を救ってきたことが証明されるとナチスの科学者たちが考えたのだ。
これを応用できないだろうか? つまり、氷点下にまで下げたティムの体を、ダイアナの体で温めようというプランなのだ。言うまでもなくダイアナは素っ裸にされた。もちろん彼女は必死に抵抗したが無視された。ドイツ人の医師たちは手際のいい動作で、ダイアナの下着を順番にはぎ取っていった。そして彼女がぐるぐる回りながら最後の一片を取り去るのを黙って見ていた。
そして冷凍庫の中に押し込めてしまった。「寒いわ! ものすごぉく寒い! 赤道直下の暖かい場所のはずなのに、何でこんなに寒いの!」ダイアナは泣き叫んだ。しかしそれも数分間のことで、じきに彼女は黙り込んで動けなくなった。呼吸が停止し、次に心臓の鼓動も停止した。
ティムは一足早く冷凍保存されていた。全身の体温を零度以下に下げられ、すべての活動を停止していた。もはや真っ白になった氷の彫刻だ。エッカルトの部下の一人が冗談半分にトンカチで彼の髪の毛を叩いてみたが、キーンという金属質の軽い音がした。
ダイアナも彼と一緒のタンクに入れられた。タンクは高さ1・5メートルほど。ティムとダイアナを詰め込んだら、他にはほとんど入らない。凍結した少年少女は、向かい合って抱き合ったような格好で冷凍庫に保存されていた。
もちろん、二人ともすでに肉体の感覚はすでに失われている。どちらも凍結した状態のまま、表情が凍てついており、一切の表情を浮かべていない。驚きも、不安も、恐怖も、何もかも。凍結される前には、ほんのわずかの表情の変化もあったかもしれないが、それもまた失われてしまった。もう二人にはどこにも感情の変化はない。時の流れが尽きるまで、永遠に虚ろな表情を浮かべ続けるしかないのだ。
「どうだね、ハントさん! 自分のお嬢さんが未来への素晴らしい遺産になる感想は!」
「いいわけがないだろうが!」
ハントは怒っていた。もし腕が自由だったなら、この手でエッカルトを絞め
め殺していただろう。だが、今は彼の両腕はがっしり縛られており、自由が効かない状態だった。
「目の前で娘を殺されたんだぞ! この人でなし! 殺戮者!」
「目の前で娘さんを殺したって?」エッカルトは笑った。「とんでもない誤解だ! それは反対です。私は娘さんに永遠の命をあげた。この先、何万年でも生きられる命をです! 私たちの誰よりも彼女は長生きしますよ!」
「どうしてそんなことが言える!」
「どうして? 僕たちはこの数年で死んでしまうからです! どうせ次の戦争で僕たちはみんな死ぬでしょう。原子爆弾に焼かれて」
「それなら未来人もみんな死ぬんじゃないかね?」
「いや、それは問題ありません。あなての娘さんを送り届けようと考えている場所は月面ですから」
「月面!」
「そうです。月の南極付近です。そこでは太陽の光がめったに当たらないので、氷がいつまでも溶けずに存在するはずです。そんな場所では冷凍になったあなたの娘さんだって、何万年も若さを保ち続けるでしょう。そうして未来の生き物に現代の我々のことを語り伝えるのです。そう、私たち人類の未来に残す遺言となるのです!
あなたの娘さんの名前は未来にも語り伝えられるでしょう。ダイアナという名前はローマ神話の月の名前です。彼女こそ私たち人類の最後の一人の名前にふさわしい!」
ハントはエッカルトの長広舌に舌を巻いた。彼の宇宙飛行への妄執は、今や壮大な誇大妄想にまで発展しているようだ。
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