第9話 復活

 しかし、エッカルトの計画はいきなり冒頭から破綻した。人類初の宇宙飛行になるはずだった彼のロケットは、直線距離で八キロほど飛んだ時点で爆発したのだ。もちろんティムとダイアナを乗せたままである……。

「何というぶざまな結果だ!」

 ヘルマン・ラッシャー少将は激怒した。これまでエッカルトの夢のようなプランを大目に見ていたのは、それまでは巨大な計画の一環として信じていたからだ。だが今回の大失敗で堪忍袋の緒が切れた。エッカルトは人工衛星とか人工冬眠とか夢みたいなことしか話さない。そんなことでは偉大な第三帝国の復活なんて未来の出来事になってしまう。

「エッカルト! 貴様の夢はもうあきらめろ!」

「しかし、この案は……」

 それでも弱々しく自分の信念を語ろうとするエッカルトはラッシャーに制止された。

「お前の目的は何だ、エッカルト! 何をするんだった!」

 エッカルトはぼそぼそとつぶやいた。

「原子爆弾……それも三番目の……」

 そう、広島、長崎に続いて三番目の原子爆弾をアメリカに落とす。これがナチスの残党らが計画しているプランなのだ。

 大戦中、原爆を作るアイデアはもちろんドイツにもあったのだが、それが実現しなかったのは、燃料のウランが手に入らなかったからだ。しかしこの中央アフリカのこの地では手に入る。日本に投下するためのウランは、ここ中央アフリカで産出したと言われている。

 正確にはこれまでに製造された原爆は二発ではなく三発である。ニューメキシコ州の砂漠地帯でテストされた世界最初の原爆一号トリニティがあるのだが。

「そうだ、ナチス製の原子爆弾をこの際ニューヨークあたりにぶちこんでやる! どうだろうか、みんなはあっと驚くだろ!」

 それを聞きながら、エッカルトは暗い気持ちになった。夢に見ていた人類最後の日がついに来たのかと思った。


 さて、その頃、ティムとダイアナを乗せたロケットはどうなったのか。

 二人の入ったカプセルはぐるぐる回りながら落ちてきた。最初に固体燃料ロケットに点火、逆噴射をかける。本来なら六分の一Gの重力でふんわり降りて来られたはずなのが、せいぜい秒速数百メートルにまでしか落ちない。それでもロケットはぎりぎりまでもった。最後の最後まで逆噴射エンジンを続けて、燃料を最後の一滴まで使い切ったのだ。

 二人を乗せたカプセルは、大河の中ほどで力尽きたのか、そこで四十五度ほどの角度で浮かんでいた。ボディにはさほど大きなダメージはなく、ロケットは元の状態を保っているようだ。しかしまったく無傷ではなく、ボディのあちこちにはデコボコした部分ができているようだ。大部分が水の中に沈んでおり、まだ空気中にあるのが全体のうち一部にすぎないのだ。

 最初に固体燃料ロケットに点火、逆噴射をかける。本来なら六分の一Gの重力でふんわり降りて来られたはずなのが、せいぜい秒速数百メートルにまでしか落ちない。それでもロケットはぎりぎりまでもった。最後の最後まで逆噴射エンジンをふつか続けて、燃料を最後の一滴まで使い切った。

 二人を乗せたカプセルは、大河の中ほどで力尽きたのか、そこで四十五度ほどの角度で浮かんでいた。ボディにはさほど大きなダメージはなく、ロケットは元の状態を保っているようだ。しかしまったく無傷ではなく、ボディのあちこちにはデコボコした部分ができているようだ。大部分が水の中に沈んでおり、まだ空気中にあるのが全体のうち一部にすぎないのだ。

 特に水に沈んでいるのは、凍りついたティムとダイアナが入っている部分のようだ。水はしだいに凍結から解除され、普通の温度に戻っている。どうも現在の水温が氷より暖かくなり、凍結状態が解除されていっているらしい。しかも暖かい水がリズミカルに体を刺激し、少しずつではあるが体温を上昇させていっている。

 まず凍結から目覚めたのはダイアナの方だった。最初のうちは呼吸も心臓の鼓動も乱れがちで、生きているように感じなかったが、少しずつではあるが正常な鼓動が戻ってきた。やがて五分が過ぎるころには、たくましく鼓動を刻みはじめた。

 そして十分後には、脳裏にささやきが聞こえ始めた。

「あれ……何か聞こえるわ……なんだろう……」

 そしてしばらくすると、その音がはっきりと聞こえるようになった。

「どくん……どくん……そう、あたしの心臓の音……あたしの心臓が今も脈打ってる……」

 そして彼女は別のことに気づいた。

「そうか、ティムよ……あたしはティムとぴったり寄り添っている……そう、あたしはティムと裸で寄り添ってる……でも、不思議だわ……ちっとも恥ずかしくなんてないわ……でも、どうしてあたしの心臓の音しか聞こえないの?……どうしてティムの心臓の音が聞こえないの?……」

 ようやくその事実に気づいたとき、彼女は心臓が止まるほどの衝撃を受けた。

「ティムの心臓が動いてない!」

 ダイアナはパニックに陥った。無我夢中でティムの裸を抱きしめ、思いつく限りのあらゆる動きで揺さぶった。

「死なないでえティム! 心臓を動かしてえ! 死んじゃだめよ! 生きてえ! 生きてえ! 生きてえ! 生きてえ! 生きてえ! 生きてえ! もう一度だけでいい! 生きてえ! お願あああああああい!」

 それから数分後……。

 懸命の蘇生が功を奏したのか、ティムの裸身はようやく元の肌色を取り戻した。その唇はゆっくりと開閉している。ダイアナは疲れ切って意識を失った。

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