第7話 氷点下のアダムとイブ

「エッカルト大佐」やけに規律正しいドイツ兵が、エッカルトの前に立った。「例の少年の準備が整っております」

「うむ、それは重要なことだな。私もすぐに行こう」

 エッカルトは部下の前に立って歩き出した。その「例の少年」という言葉にダイアナはピンときた。きっとティムのことだ。

「ちょっと待って。ティムはどこに行ったの? 何をされているの? ひどい目に合わせたりしてないでしょうね!」

「私もその点に興味があるな」とハントも言った。「君たちがティムという少年に何かしてるのかも……」  

「信用ないんですね」エッカルトは笑った。

「それは信用できるわけがなかろう。君たちがユダヤ人をどんな風に扱った知っているからね」

「そんなバカな! あの少年はユダヤ人じゃなく有色人種でもありませんよ。見れば分かるでしょう」

「それなら彼をどうするんだね?」

「あの少年には栄誉を与えます」

「栄誉?」

「そう、人間として最高の栄誉……人類史上初の宇宙飛行士になるという栄誉を!」


 ダイアナはぽかんと口を開けた。ティムが宇宙飛行士に? この男は頭がおかしくなったのか?

「今の技術では人間の宇宙飛行だなんて不可能だ」ハントもエッカルトが精神に異常をきたしたと思った。「君自身がそう言ってたんじゃないかね」

「今の人類には不可能でしょう。でも百万年後の人類には可能ではありませんか。もしかしたら人類ではないのかもしれませんが。ひょっとして爬虫類類型の恐竜に似た生物なのかも。

 未来の生物がどんな姿をしているかはどうでもいいのです。大切なのはその種族に大事なことを伝えることです。人類がどうやって生き、どうやって滅んだのかを伝えることです。この少年にはぜひ、人類すべてを看取ってほしい。滅び去るすべての人類の最後の一人を……」

「まるで人類が滅びてしまうのが決定事項のような言いぐさだな」

「滅びるんですよ! 決まってるじゃないですか!」

 エッカルトは金切り声を張りあげた。

「第一次世界大戦では毒ガスが使われました。第二次世界大戦の戦争では原子爆弾……いずれ世界中の国が真似して原子爆弾を使いますよ。次の第三次大戦では原子爆弾をロケットが飛び交います。さらに第四次大戦……第五次大戦……。

 分かるかね? もう人類は終わりなんですよ。あと一回か二回の大戦で、もう次はない。だからその前に最後の言葉を残したい。人類の最後のメッセージ。つまりあの少年のメッセージです」

「どうやって残すんだ。ティムが何億年後も生き残れるわけじゃないだろう」

「そのための方法があるんです。ティムが何億年もの未来まで言葉を残すための方法が」彼はにやりと笑った。「人工冬眠ですよ」

「何!」

「そうだ、冬眠です。人体を極低温まで冷却すると、冬眠のように眠ってしまう。原理的には体温を零度にまで低下させることも可能なのです。そしてこの状態では患者は数百年でも、いや、数億年でも生き続けることができる! まさに時の果てまでも!」

「馬鹿馬鹿しい!」ダイアナはしらけきっていた。「いくら何億年生きたところで、そんなものに意味はないわ。たった一人で孤独に生きるなんて。いっしょに生きてくれる人がいないと空しいだけだもの」

「ほう、そうかね?」

「そうよ。誰かいっしょに生きる人がいないと」

 その瞬間、エッカルトの目が不敵にきらめいた。

「ハントさん、あなたのお嬢さんは素晴らしいヒントをくれました」

「ええっ!」

「そうです。ティム一人だけを未来に送り出すのは空しい。それよりも彼には花嫁をつけてあげましょう。美しい花嫁がいれば何億年も過ごす時も寂しくないはずです! そう、二人は新世界のアダムとイブになるのです!」

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