第6話 次の目標は月
ダイアナはドイツ人たちの本拠地に連行された。されている三十数人がひとかたまりになって暮らしているらしい。そして彼らをサポーターする先住民が大勢。見たところ先住民の多くがドイツ人たちに柔順のようだ。当然だろう。たくさんの先住民を従わせるのに大した武器は必要ない。一丁のマシンガンがあれば事足りる。
そしてダイアナが案内されたのは、ドイツ人の住む区画の片隅だった。そこで彼女は父親と感動の再会を果たした。
「いや、よくぞ無事だったものだ!」
「パパ!」
カーティス・ハントは娘との再会を喜びあった。
「大丈夫か? あの川の真ん中にあたりに降りた時はひやひやしたもんだが」
「いえ、平気平気。ちょっと鰐に食べらかけたけど」
「鰐に!」
「だから平気なの! 危ないところをティムに助けてもらったから」
「ティム?」
「ティモシー・ブルース。ジャングルに一人で暮らしてて、鰐とも戦っちゃう白人の男の子。ジョニー・ワイズミュラーみたいにかっこよくて、意外に美形なの! 今度、ぜひ合わせてあげる」
「ほう、それは楽しみだね」カーティスは興味をそそられた。「しかし、私も興味深い男にあったんだ」
「誰?」
「ドイツ人だ。ハンス・エッカルト。やけにロケットに詳しいらしい」
「ロケットって、第二次世界大戦中にロンドンを爆撃したって、例のアレ?」
「そう、まさにアレだ」
二人がそんな会話を交わしているところに、そのハンス・エッカルト本人が姿を現した。ドイツ人の軍人というイメージから勝手にダイアナが想像したのと異なり、やけに横暴な点が少なく、実直な人物という印象を受けた。
「やあ! カーティス・ハント氏の娘さんですね。お父上の武勇伝はドイツ人にも広く知られていますよ。一機の英国軍機で三機のメッサーシュミットを落としたとか」
「あんまり娘の前で戦争の話はしてほしくないな」カーティスは不機嫌なようだった。「人を殺す話なんて、教育上よくない」
「これは失礼しました。あなたを褒めたたえる話なら良いかと思ったのですが」
「人が死ぬ話はみんなNGだ」
「それだとあなたの話題は全部NGになってしまいますよ?」
「しかたがないだろ。娘の目の前で何百人を殺したという話ができるか?」
二人の話を聞いているうちに、ダイアナは自然にエッカルトに好意を持つようになった。どうも彼はこれまでの自分の知っていたドイツ人とは違うようだ。それどころか、普通のドイツ人が持っていない大きな夢を持っている。
ずばり、宇宙に行く夢だ。
「宇宙って……まさかそんなことが!」
ダイアナはそんなことが可能だとは思えなかった。てっきり、エッカルトが冗談を言っていると思ったのだ。
しかし、エッカルトは不敵に笑った。
「無理だと思うかい?」
「だってそんなことって……」
「いや、いきなりは無理だよ。我がドイツの優秀な科学者ヘルマン・オーベルトらが、何人もそういう宇宙飛行の研究をやってるけど、人間を乗せたロケットを飛ばすのにも、まだ何十年もかかる。しかし、そのうちに可能になるだろう。月までもロケットを飛ばせるようになる」
「月に?」
「フリッツ・ラングの『月世界の女』という映画を見たことはない?」
「いいえ……」
今から二十三年前のドイツのサイレント映画だ。ダイアナはまだ生れていない。
「素晴らしい映画だったよ! 空想科学映画なんだが、僕らの空想を刺激してくれる。あの映画のおかげで僕はロケットに夢を託すようになった。ロケットは僕たちの未来なんだ!」
「そのロケットは」カーティスはシラケた口調で遮った。「ロンドンを爆撃して何千人もの罪もない市民を殺したんだ……」
「ああ、確かにあれは間違いだった」エッカルトは素直に謝罪した。「しかし、ロケットは宇宙への夢を認めて欲しいんだ。今日は月へ、そして明日は月よりもさらに遠くへ!」
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