第4話 襲撃

 ルクク村は小さな集落だった。二十数軒の家屋が立ち並んでいるだけで、全人口は二百人を超えない。それだけの人口を養っているからには、人々の中にはドイツ人に敵対心を抱いている者も多い。ドイツ人はちょくちょく村を襲撃し、貴重な食糧や労働力を奪ってゆく。中には女性たちに暴行を働く者もいるという話だ。それらの話を伝え聞くだけでも、同じ女性の一人として、ダイアナは怒りに体が震えるのを覚えた。こんなことは許せない!

 村長はティムやダイアナたちを歓待してくれた。ンドゥ(アカイノシシ)やムボロコ(ブルー・ダイカ―)を焼いたものを食べさせてくれたし、食後にはモロンボ(という果実)もごちそうになった。モロンボは甘くて汁気も多い。ダイアナはたっぷり食べて、すっかりお腹がいっぱいになった。

 食後はティムがいろいろと話をした。やはり人々の話は、ドイツ人の暴虐についての話題ばかりだった。先住民の中にはドイツ人に好意的な者など一人もいないようだった。確かに彼らが先住民に与えた被害の大きさを知れば、無理もないことではあったが。


『やはりあの連中だけは許しておけん』そう言ったのは村長のカイオだった。『もちろん白人の中には心が清くない者もいることだろう。しかし、ク・ヘレ・ジャハラのようなまっすぐな魂の持ち主には、一人も出会うことはできない』

『だからドイツ人を基準に考えるのが間違いなんです』とダイアナは言った。『それにドイツ人がみんな悪人であるかのように考えるのも。確かに前の戦争の時はドイツ人を相手にみんな戦ってましたけど、それは今から二年ぐらい前の話です。もうドイツは降伏してます。ほとんどのドイツ人はもう悪いことなんて考えてはいません』

『だとしてもあの連中を放っておけん。あいつらを放置しては、ますます被害が増すばかりじゃ。この際、連中には重い罰を受けてもらわんとな。しかも、連中にふさわしい重い罰をな』

『するとやはり……』

『ああ、ウナズラプハーモじゃ。これ以上の重い罰なんて考えられん』

 カイオの口調には重みがあった。誰もそんな重い罰など下したくないのだが、これほどの重い罰にはそれほどの罰則もやむを得ない……そうした決意が感じられた。

 しかし、ウナズラプハーモとは何だろう? それがダイアナには分からない。どうも先住民の考えるところによれば、それは信じられないほど恐ろしい罰のようだが……。

「どういうことなの?」彼女はティムに食ってかかった。「なんでそんな大事なことなのに白人に秘密にしてるの? 何か魔法のようなもの?」

「魔法じゃないよ、ウナズラプハーモは」ティムはそう言って笑った。「そんないい加減なものじゃない。誰でも見えるし、触ることもできる」

「だったら……」

「だけども君に教えるわけにはいかない。もちろんドイツ人にもね。だから隠してるんだよ」

「ああ、ばれたらマシンガンで撃たれちゃうかもね。バリバリバリバリって」

「そんなことは起きないよ。ウナズラプハーモは無敵だから」

「ええ! それじゃあ撃たれて平気なの、そのウナズラプハーモっていうのは? それじゃあ幽霊か妖怪のようなものなの?」

「だからそんなものじゃないんだよ」

「わかんない……」

「だから君に教えるわけにはいかないんだよ。君の口からドイツ人に漏れるとまずいから」

「そんなにあたし、信用されていないの?」

「そうとも。この計画は何としてでも守り抜かなきゃいけないんだ。失敗するわけにはいかないからね」

 ティムの口は堅かった。ダイアナは少年の口を割らせるのを諦めた。どうやらウナズラプハーモは真剣に考えなければならない問題のようだ。

 その時、ぶうん……という爆音があたりに響き渡った。その音はダイアナには馴染み深いものだった。それは超低空を飛行する航空機のエンジン音だ。

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