第3話 翌朝の出来事

 次の日、ティムはダイアナを連れてルクク族の領地に出かけた。ルクク族はかねてよりドイツ人と接触しており、これまで武器を交えた戦闘も何度もあったという。しかし、今は先住民の側が敗色が濃い。当然のことで、先住民の側は槍や弓矢しか持っていないのに、ドイツ人は機関銃を持っているのだ。まともな勝負になるわけがない。したがってここしばらく、ルクク族は敗戦を強いられてきた。

 状況が変わったのはこの数週間だ。タンギー族の魔法使いツェ・ヌクマがいくつかの部族を率いて、巨大な敵に立ち向かう秘策を教えたのだ。そのメッセージを伝えたのはティムだった。多くの先住民はツェ・ヌクマの秘策に従うのが唯一の逆転のチャンスだと考えたのだ。

 すなわち、ウナズラプハーモに賭けるのだ。


 翌朝、ルクク族の領地に向かって歩き出そうとしたティムが、ちょっとした騒ぎを起こした。より正確に言うと、ティムがごく当たり前のことをやったのを、ダイアナが大げさに騒ぎたてたのだが。

「信じられない!」彼女はヒステリックな声を上げた。「どうしてそんな恥ずかしいことができるのよ!」

 ティムはきょとんとした。「何か変なの?」

「変でしょ! 何から何まで変だわ!」

「だから何が?」

「それが変だと言ってるのよ!」

 ティムは自分の出で立ちを見直して、ダイアナが腹を立てた理由を知ろうとした。でも分からない。彼女を怒らせた原因がどこかにあるはずなのだが……。

「どうして? 何がいけないのかなあ?」

「もう、知らない!」

 ぷんとむくれて、それっきり彼女は口をきいてくれなかった。

「……おかしいな」

 ティムは朝の水浴の前に脱ぎ捨てて置いておいたリンベ(腰布)をまた身にまとうと、何事もなかったかのように歩き出した。


 小川を離れ、しばらく歩くと木の実がたくさん生えている場所が見つかった。

先住民たちがフラーと呼んでいる地域で、いろんな木が生えており、しかも太陽の光がよく届くので食べられる果実も多い。これぐらいなら手軽に果実をつまんで食べられるので、ダイアナも安心しきっていた。彼女がさっきのような不機嫌ではなく、いつものように喋ってくれるようになって、ティムは安心した。白人の、それも女の子なんて初めてだったので、どんな風に接するべきか悩んでいたのだ。

 白人の女の子にリンベを着ていない自分の姿がどれほどセンセーショナルなのか、彼には理解できないだろう。なぜなら、普段からリンベ一枚だけを身に付けているティムにとっては、白人の衣服に関するモラルなんて、理解を絶していることなのだから。


『やあ! ク・ヘレ・ジャハラ』

 突然に先住民の少年に声をかけられた。ク・ヘレ・ジャハラというのは、先住民がティムを呼ぶ時の名前で、先住民語で「樹上の白い亡霊」という意味である。

『やあ、クロヌク』

 ティムは挨拶を返した。彼とは同じぐらいの年齢で、身長はわずかにクロヌクの方が高い。二人は何年も前からの親友で、よくふざけていっしょにクラン(レスリングのような遊び)をやった仲だ。実力はほぼ互角で、互いに勝ったり負けたりして

『お前が白人の女の子を連れているなんて珍しいな。もしかして恋人か?』

『違うよ』ティムは旧友の冗談に笑った。『僕がチャステテ・モレブだってことぐらい分かってるくせに。君だってルクク族のチャステテ・モレブじゃないか。どんなにアイヒみたいに振る舞ってもミーリスなのはばれてるんだよ!』

『違いない!』クロヌクも笑った。『どうしてもソーシシリアンなのはばれちゃうんだな!』

 ダイアナは二人の会話をきょとんと聞いていた。先住民の言葉はある程度は分かる。最初にクロヌクが『恋人』という言葉を使ったので、ティムがそれを否定したことも。だが、それ以上のことはちんぷんかんぷんだ。

「ああ、ダイアナ。紹介するよ」ティムはクロヌクの肩に手を置いて言った。「彼はクロヌク。僕の友達だ。ルクク族の若い戦士だ」 

「ハアイ」

 ダイアナは挨拶したが、それが自分でもどことなくぎこちないのは気づいていた。

 彼女はこの時代の白人にしては珍しく、黒人に対する偏見などない人物である。彼女に偏見があるとしたら、むしろ白人であるティムに対してだろう。素っ裸で自分の前に立つティムの方が、黒人よりも恥知らずのように思えるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る