第5話 システム音

 ――マシン起動中ニオケルセーブデータニ 869件ノ不具合ヲ発見シマシタ――



 ブルースクリーンのようなウィンドウが目の前に現れる。



 ――離脱記憶書キ込ミ時ニ 支障ガ出ル恐レガアリマス――



 ――全自動【緊急脱出機能】発動――



 無機質なシステム音がそう告げた。

「え……どういうこと?」

 僕の頭は真っ白になった。想太も戸惑っているようだ。

「君はここに来る前に転送装置を着けただろう?君は意識だけここに来てるんだ。正確な説明は省くとして、本来ならこのまま意識を元の体に戻す筈だったんだ。ここでの記憶を添えて。……でもここでの記憶のセーブデータに不具合が発生してしまった」

「それってつまり……」

 そう尋ねると、想太は言いづらそうな顔をして言った。

「いいかい、よく聞くんだ」

「君は元に戻ったらここでの記憶を全部忘れてるってことなのさ」

「嘘……嘘って言ってよ」


 ――残リ時間 後六十秒――


 はっと息を飲んだ。その一言で全てを察してしまった。これが最後の時間なのだということ。もう二度と、想太に会えなくなるということを。

「え…行かないでよ……想太!」

 声が震えてしまう。

「ど、どうにかならないの?」

 自然と声が大きくなってしまう。

「……ごめんね。……自動緊急脱出サービスが起動したらもう取り消せないんだ。安全上、そうなってる」

 想太は俯いて答える。

「やだ、いやだ、これでお別れなんて……」

 僕はその場にへたりこんでしまう。

 やっと会えたのに。もっと触れたかった。話したかった。一緒に居たかった。ここでさよならをしたら、もう二度と会えないかもしれない。


「さよならじゃないよ」

 君は意を決した目をしていた。

「なんで…?」

 僕は想太を見上げて言う。

「僕は……そう。〝ちょっと探検してくるだけ〟だからさ」

「……」

「そういう事にしようよ……そうだよ、僕はどこにだって行くさ!とりあえずなんだって食べてみるし、見てみるし。だから」

 威勢よく放った言葉。虚勢だったかもしれない。

「だから。向こうで待っててよ」

 目を逸らさず伝えられる。そんな、そんなこと言われたって、急に受け入れられる訳、


 ――後三十秒――


 システム音が僕らを急かす。

 どうにも時間がない。僕はやっとのことで

「わかったよ」

 と言うことができて、僕は奥歯を噛みしめてから言った。

「いっぱい、一杯お土産話聞かせてもらうんだから!」

 僕は手を差し出した。

「ああ!楽しみにしておいてくれよ」

 想太はしっかりその手を握ってくれた。

 言いたいことは一杯あった。何でもは食べないでよとか、無茶しそうだな、とか、心配、不安、悲しみ、寂しさ。何を言うのが正解か分からなかった。でも今一番伝えたいのは、

「そうた!……だいすきだよ」

 想太はあっけにとられたような表情を浮かべたが、すぐさま

「僕もだよ」

 と。こんな残酷な話あるだろうか。

 君は両腕を広げた。

 僕はその胸に飛び込んだ。


 ――残リ十秒――


 君は僕にそっと口付けた。


 ――五秒――


 君の息遣いが肌で感じられた。


 ――四秒――


 僕は君を更に強く抱きしめた。


 ――三秒――


 ――二秒――


 ――一秒――







 ――システムヲ 強制シャットダウン シマス――


 ちゅぱ、と離れる音が合図だった。

 僕の体はホログラムのように、散らばっていくように分解されて、消滅していく。視界がどんどん明度を落としていく。

「行ってらっしゃい」

 僕はそう言った。

 君は何度も頷きながら、悲しく笑って手を振っていた。

「だいすきだよ」

 そう聞こえた気がした。

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