第4話 海底都市

「久しぶりだね」

 僕は想太に飛び付いた。

「ひっぐ、……まったくもう、どこへ行ってたんだよ」

「ほんとにごめん。来てくれると思ってたよ」

 君は意外にも迷いなく僕を抱きしめ返して背中をさすってきた。高揚感でちょっとパニックになる。滲んできた視界はちょっと隠した。

「さ、落ち着いたらこの辺りを案内しようか」

 君は僕に手を差し出した。僕はよく分からずその手の上に自分の手を重ねると、君は僕の手を取って歩き出した。


 周りを見渡してみると、ここはまるで廃れた海底都市のようだった。見慣れぬ巨大で異質な建造物。

「想太、あそこの建物の壁、なんだろう」

「ガラス?にしては表面の色が干渉色っぽいね……二重構造になってるのか?」

 巨大建造物の壁面はみんな割れた鏡のようで、まるで万華鏡のように映ったものを反射している。

 地面はガラスと岩が混じったようで、所々大きな水晶の塊が地面から突き出ている。それでもうっすらと辺りの物が視認できるのは、あちらこちらに光る怪しげなクラゲが浮遊して、さらにその光を鏡のような地面や水晶が反射しているだからだと思う。


「わあ……」

 綺麗だ、と言葉にしてしまうのも躊躇われる。いつか夢に見た幻想的な世界だ。


「ん?……あれは何だい!?」

 想太は何かを見つけたようで、一目散に走っていく。

「わ!見てくれよ!」

 わいわいとはしゃぐ想太。これこれ!と君がかがんで何かを指さしたので、僕もかがんで覗き込んでみる。そこの地面には小さい穴が開いていて、シャボン玉のような気泡がぽこぽこと浮き上がってきていた。シャボン玉の中にはいろんな景色が映っている。

「これ、昔のこの辺りの風景かな?」

「僕たちの周りに立ってる建物との相似点が多いけど……うーん」


 そんな調子で、僕たちはあちらこちらを探索して回った。

「クラスメイトも先生も、こんな絶景知らないだろうな。」

 僕はしみじみと言った。

「そうだね……」

 君はそう答える。加えてこう言った。

「でもさ、皆は興味無いと思うよ。例え興味を持ってくれたとして、ここまで一緒に来てくれる人が、一体何人いると思うかい?……」

 想太は昔を懐かしむように遠い目をした。



 あちこちに乱立しているガラクタの山。

 君と二人の海底散歩。

 もう二度と埋まるはずのなかった全てが満たされている。



「想太」

 僕はふと立ち止まってこう言った。

「ん?どうしたんだい?」

 想太は立ち止まってこちらを振り返る。

 周りは一面、海ノウミノギクの花が咲いている。その綿毛が舞って古の建造物に降り積もっていく様は、さながらスノードームのようだ。


「僕……。もうここで終わりにしたいんだ」

 ずっと言い出せないでいた。言っていいのか僕は迷っていた。でも僕はそれを言葉にした。

「それは、どういう意味かい?」

「……この機械って、装着したまま死ねたり、しない?」

 僕は想太に向けて、手を差し出した。想太は虚を突かれたよう黙ったままだ。


 分かってた。もしこの状態で死ぬようなことがあったら、この機械を作った想太に、少なからず責任が行ってしまうこと。僕は想太の目を見て言うことができなかった。それでも想太について行きたい、ついて行かせてくれと思ってしまった。僕はダメな奴だ。すべて君に押し付けてしまうなんて。


 想太は、僕の伸ばした手を取って、握ってくれた。僕にYesと答えてはくれなかった。でも、


「ありがとう、フレディー」

 それが答えだった。想太は心底幸せそうに笑っていた。


「僕、君がいてくれて良かった。」


 その時、予期せぬ事が起こった。



 ―― 深刻ナエラーガ発生シマシタ ――

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