第2話 深海への誘い
『お掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか、電源が入っていません……』
僕はボタンを押して通話を切った。夏休み中、ずっと想太と電話が繋がらなかった。ついに想太は自分の携帯電話さえも発明品の素材にしたのか……?と不思議に思っていたけど、想太のことだし、また“ナントカ調査”だとか“探索”と称してどっかに出かけてるんだろうと思った。重度の放浪癖を持つ想太ならあり得ない話でもない。なんだ、それならついて行っても良かったのに。どうして誘ってくれなかったのかとも思った。
夏休み明けの9月。残暑がまだ続いていて、通学路にはトンボが飛んでいた。久しぶりの登校だ。
教室を見渡しても想太は居なかった。遅刻かな、珍しいなと思いながら、午後まで授業を受けた。
帰りのHR、自分の席に座ると、先生が息切れしながら教室に入って来た。ざわざわしていたクラスメイトが席に着く。HRが始まる。
先生はごほん、と咳払いをして、変な間を置いてから妙な顔で話を始めた。手元のクリップボードをちらちら見ながら、今朝職員会議で決まったらしい事を話している。教室はいやにしんとしている。
長ったらしい前置きの後、回りくどく話が進められる。一体何の事なのか、訝しげに聞いていたが、そのワードを聞いた瞬間、時が止まったようだった。
それからの話の内容は理解できなかった。頭が理解を拒んでいたんだ。僕に理解できなかったなにかを信じたくなくて、嘘だと思いたくて。クラスの皆が、想太はもう二度と帰って来ないみたいな話をしていて。だから先生に渡された〝大切なことが書いてあるから読まなくちゃいけない紙〟もまだ読んでいなくて、それで、震える手でそれを学校の机の奥に丸めて押し込んで、HRが終わるなり急いで学校を飛び出た。余計なことを聞くのが耐えられなかった。
でもなんとなく、想太は僕の手の届かぬどこか遠いところに行ってしまったのだということだけは分かった。
もう何度目だ。今日も目を瞑ればあの日の風景が再生される。勝手に繰り返されるフラッシュバック。
ゆっくりと空がオレンジ色を帯びてくる。僕は薄暗い部屋のベッドの上に横たわって、何もない天井を見つめていた。僕の心はまだ夏休みに取り残されたままだった。
それからの日々は別に代わり映えせず、退屈だった。今日が何日だなんて気にしていなかったから、今日が僕の誕生日だということも分からなかった。
想太からの日付指定宅配便が来るまでは。
届いたのは段ボール箱一つ。両手で抱えられる程度だが、結構重い。段ボールのガムテープをびりびりと剥がし、中の梱包材を取り出すと、そこにあったのはあの日想太の実験部屋で見たヘルメットだった。ただ、前見た時よりもちょっと塗装が変わっていたりコードが増えたりしている気がする。改良版ってことかな……?そして、中にはもう一つ、走り書きのようなメモが入っていた。
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メモリアルDXダイビング転送機ver.6
・試作段階
・調整中にて使用は一度きり←安全性は実証済み 健康害さず
・任意の深海に意識だけを転送する設定をしておいた
↑この前君から聞いた話を元に、僕なりに色々調べてみたよ。当たるかは分からないけど、その事象が発生しそうな場所の目星は付けておいたから、その辺りに飛ばす設定になってる。
・使用開始時は◎ボタンを3回連続押すこと
それと、誕生日おめでとう
夢幻 想太
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相変わらずネーミングセンスがダサい。なんだよメモリアルって、なんだよDXって。想太の得意げな顔が思い浮かんで少し笑ってしまったと同時に空しくなった。……それと、なんだろう。最後に行くにつれて、筆跡がやけに震えている。
ベッドの上にぽすんと座ってヘルメットを眺める。一回きりしか使えない、らしい。でも僕はもう何か、想太の面影を感じられるような物に縋らなければいてもたってもいられなかった。
それを装着して、電源ボタンである◎ボタンを三回押し、ベッドに仰向きに横たわる。ヘルメットはヘッドホン機能を兼ねているので、耳が覆われている。バイク用の物みたいだ。さらに、本来透明な筈の目隠しボードは黒く塗りつぶされており、視界が遮られている。目の前は真っ暗だ。機械はひんやりとつめたい。
これでいいのかな。使うのは初めてなので扱い方がわからない。
――システム・メモリアルDXダイビング ヘ ヨウコソ――
電子音と共にスタート画面が表示される。
――*システムヲ構築……*――
やけにロボットっぽい声のシステム音が告げる。…想太の趣味っぽいな。
――エネルギー・水分ノ補給ハ十分デスカ?――
大丈夫なはず。とりあえずカロリーだけは取ろうと携帯食は食べたし、水はさっき飲んだばかりだ。
――利用者サマノ安全ノ為、外部カラノ干渉ガ起キナイ場所デノ起動ヲ推奨イタシマス――
平気。僕は深呼吸をしてリラックスした。
――*ロード中 シバラク オ待チ下サイ*――
――確認イタシマシタ システムヲ開始します――
僕は目を閉じた。
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