深海ブロマンス

メメ宮 景斗

第1話 発明品

 どこかの家から風鈴の音が聞こえる。今日は午前で授業が終わったので、僕は同級生である想太の家に来ていた。

 想太の部屋はまさに実験部屋と呼べるもので、ところ狭しと実験器具が並んでいる。


「聞いてくれ!まだ試作段階だけど中々の出来だと思うのさっ!」

「どうした?想太」

「見てくれよ!ほら、これ」


 じゃじゃーんと効果音が付きそうな身振りで見せられたのは、所々に青緑のラインの入っている黒いヘルメット。


「……って重っ!今度は何を発明したの」


 受け取ったそれは、明らかにただのプラスチック製ではない。金属?ゴツい基板でも入っているのかな。想太がこの前作ってたやつ。これは何かと僕は聞く。すると想太は待ってましたというように目を輝かせて、


「これは“意識転送システム”を搭載した発明品だよ。VRみたいなものさ。基本的な視覚データ、聴覚データは勿論、平衡感覚や皮膚の感覚も再現してみたんだ。大発明さ!ロマンがあるだろ?」

「最高じゃん……」

「分かるかい?要は超すごいヘルメット!名づけて『メモリアルDX転送機』!」

 なんてネーミングセンスだ。

「それで、どんな機能がついてるの?」

「よくぞ聞いてくれたね。地球上のあらゆるところに行けるんだ」

 まあ、完成すればだけどね、と付け足して、想太は使いこまれた白衣を翻し作業に戻った。


 想太は抜群に頭が良い。発明品もとびきりの性能だ。けれどもおっちょこちょいなので、それを反映して発明品にも高確率で致命的な欠陥がある。

 例えばこの前、忙しい想太に頼み込んでテレビを直してもらった時がある。結構古い箱型テレビで、奥行きのあるテレビだった。返ってきたものは、料理番組の完成した場面だけバグらせて、肉の焼ける音を掃除機の音に強制的に差し変える機能がついていた。


「へえー。また難しそうなものを作って。この前みたいに変な機能付いてないと良いけど……」

 嗚呼、本格中華料理店風の羽根つき餃子……


 僕は暇つぶしで始めた掃除の途中だったので塵取りを取りに行く。


 壁沿いに置かれた棚には様々な器具が並んでいる。ここにある実験器具の大半は、幼い頃、家族が全員行方不明になった想太を拾ってくれた研究者が、想太に与えてくれたものだそうだ。


「ねえ、君はどこに行きたいとかあるかい?」

 じゅ、とはんだ付けをする音が左手の方から聞こえる。

「う~ん……急に言われても……」


 考えてみても色々ある。

 だいぶアバウトに聞かれた“行きたい所”について考えているうちに、いつしかそんな事を聞いてくる想太の事について考えていた。


 想太は僕が高校に入ってからできた、唯一の友達と言える友達だ。想太は理数科目がずば抜けて得意だけど抜けている所も多くて、危なっかしいことこの上ない。放っておけないので僕は見守っている。そういうことになっている。別に口実じゃないけど。

 話したことないクラスメイトからは〝あの夢幻想太の助手〟と呼ばれるようにもなった。あのってなんだよあのって。良い奴だろ。

 僕はというと、掃除をしたり鍵を借りに言ったりするくらいで、特に想太の役に立てているとは思わない。でも喜ばれるのでなんとなく続けている…。

 そんな時僕は昔聞いた話を思い出した。


「あっそうだ。思い出した」

「なんだい?」

「結構昔、人に聞いた話なんだけど。伝承って言うのかな?深海には巨大都市があるって話。……興味ある?」

「面白そうじゃないかっ! 詳しく聞かせてくれよ!」

 想太はこちらを振り返って言った。目が☆になっている。僕はちょっと嬉しくなって、こう始めた。

「それはね――」



 想太はメモを取り終わったボールペンを机にぱしっと置いて言った。

「是非!行って確かめたい!丁度もうすぐ夏休みだ、完成したら君も来るだろう?」

「行ってもいいよ。他に特に予定もなにもないし、暇だし」

「宿題はあるけどね」

「そうだ!宿題もあるしなあ……進路希望調査票も二学期提出じゃん!」

 進路、進路かあ。考えとかなきゃなあ。

「宿題、手伝おうかい? 夏休み中に図書館でも行こうじゃないか。散らかってても良いなら僕の部屋でも良いけど」

「ありがたや……」

「そのついでに、ヘルメット実験の作業も手伝ってくれよ」

「あー。また散らかしたちっちゃい部品をケースにしまう作業?」

「ちっちゃい部品……ああ、ジャンプワイヤのことか。ブレッドボード用の」

 想太は作業を再開し、手持ちタイプの掃除機で消しカスや銅線のチューブだらけの机の上を掃除し始めた。

「ああもう、僕の前で掃除機使うのやめてよ」

「実に愉快だね。掃除機の音で反応しちゃう、なんて」

 くすっと想太が笑う。

「仕方ないだろ、想太のせいなんだから」

「レポート作成中に無理に頼んできたのは君の方だろう?」

「あの時はごめんって……」

 僕のお腹の音が部屋中に鳴り響く。

「ああハンバーグ……とり天そば……ラーメン……」

 想太は笑い続けている。


 ずっとこんな日々が続けばいいと思った。

 でも、君はあの日を最後に姿を消したんだ。

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