第148話 夢の中で君に会う(後編)


「ふう、でも心一郎君を見つけられて良かったです。ずっと夢の中で一人でいるのも少し退屈になっていましたから」


 安堵するように言い、春華は俺から密着させていた身体を離した。

 離れていく少女の体温は名残惜しかったが、それよりも気になる事があった。


「ん? 夢の中で……ずっと一人?」


「ええ、そうなんですよ! 最初は気付いたら真っ黒な夢の中にいたんですけど、そこからいきなり場面が切り替わったかと思ったら、映画みたいに生々しい夢が始まったんです」


 映画みたいな生々しい夢――。

 それは、俺が二度目のタイムリープを果たす前に見た夢に対して抱いたのと同じ感想だった。


「それも心一郎君が未来に行って、大人の私に会いに行くっていう本当に突拍子もない設定なんです」


「な……」


「なんだか妙にリアリティが凄くて、未来っていう設定だからか街並みは今と全然変わっていているんです! しかもなんだか歩いている人達は揃って電子手帳みたいな平べったい機械を持っていて――」


(これは……まさか……) 


 俺は激しく混乱しながらも、目の前で起こっている事態に対して一つの仮説を思い浮かべた。


 高校生の春華が心を失った原因は、おそらく未来で破滅した情報を高校生の時代に送り込まれてしまったからだ。

 それはつまるところ、とも言える。


 であるならば――……?


(それに、今までの事から察するに夢っていうのはどうも超常現象が働き易いみたらしい。とするなら……ここにいる春華は俺の夢の登場人物じゃなくて、本当に本物の――)

 

 その予感に冷汗を流しつつ、俺は春華の顔を見た。

 あどけないその顔には、現実において自分が今とてつもない状態なのだと認識している様子はなく、ただ長い夢を不思議に思っている程度だ。

 

「そ、そっか……本当に変な夢だな」


「ええ、自分の夢ながら本当にヘンテコですけど……見ていて辛かったです」


 制服に身を包んだ高校生の春華は、垣間見た未来に対して顔を少し曇らせた。


「大人の私はとても孤独で、笑っていても本当は笑っていませんでした。それが悲しいのと同時に、納得できてしまうんです。ああ、私はこんな大人になる可能性が確かにあるだろうなって……」


「春華……」


 この春華はそこまで知らないが、あの大人の春華は正史と言ってもいい。

 今目の前にいる春華こそそこから外れかけた存在なのだが、その彼女は本来辿るべき道をそう評する。


「でも! 私が大人になったらあんなふうにはなりません!」


「わ!?」


 しんみりしていたように見えた春華だが、突如として声を大にして力いっぱいにそう宣言した。


「苦しいのはわかります! 今の私に想像できない程に辛いのもわかります! でもあんなに死にそうな顔になっているのに、誰にも助けを求めないなんてやっぱり理解できません! そういうの全然格好良くないですから!」


 相手が自分だからか、春華はプンプンと怒った顔で正史の自分をそう批判する。


「ましてや、大人の心一郎君にああして手を差し伸べられてあんなに冷たく拒否するのも意味がわかりません! あれって心一郎君の言う事を正しいって認めているのにああ言ってるんですよ!?」


「お、おう……」


 俺が散々過去の自分を呪ったのに対して、春華はまだ見ぬ未来の自分への批判を全開にしていた。まあ、それだけこの春華とあの大人春華が違う道を歩んでいる証明とも言えるが――


「……なあ、春華。その大人の春華の事だけどさ」


 もしかしたら、今は千載一遇のチャンスなのかもしれない――そんな考えが脳裏をよぎり、俺は春華へと口を開いた。


「どうして大人の俺の提案をあんなにも意固地に拒否していると思う? 俺が言う事が正しいとは思ってくれているんだろう?」


「え? ええと、それは……あの大人の私はよっぽど色々あったのか、考え方が私とかなり違っているので正直明確な答えが言えないんですけど……」


 春華が難しそうな顔で言うが、それは無理もない。

 七年後の自分なんて、今とは何もかも違う別人なのだから。


「でも……なんとなく印象だけで言うと、何かに追い立てられているような……あの大人の私は社会人なのにこう言うのも変ですけど……『大人になりたがっていて気を張っている子ども』のような……」


「……!」


 その春華の考察は、俺に天恵をもたらす。

 流石自分同士と言うべきか、それは極めて端的に大人春華の頑なさを突いた表現かもしれない。


 そうか……! 

 もしそうなら、あらゆる事に説明がつく……!


「よし! よしよしよしよし……! これが当たっていれば今度こそいけるかもしれない! サンキューな春華!」


「……………………」


 行き詰まっていた現状に対する突破口を見つけた俺は、思わずその場でガッツポーズする。


 よし、これで少しは希望が見えて――

 

「……あの、心一郎君」


 心の中で喝采を叫んでいた俺に、春華のか細い声が届く。

 そうしてふと少女の顔を見ると……さきほどまであったような明るさは失せており、その表情は不安の色で満ちていた。


「心一郎君は、本当に私の夢の一部なんですか……? いえ、そもそも……私がここでずっと見てきたものは……本当に夢……?」


「……っ」


「違い、ますよね……? 現実の私が心を失っていたり、心一郎君が私を救うために二度と戻ってこれないかもしれない未来に行っているなんて……こんなSFな事が本当な訳ないですよね? ライトノベルを読み過ぎた私の妄想に溢れた夢なんですよね……?」


 自分が見てきた夢の過剰なリアリティに気づいてしまった様子で、春華が青い顔で縋るように聞いてくる。


 その様子を見るに、俺と接触した事がきっかけで急速に現状への違和感を感じてしまったようだった。

 それこそまさに……夢から覚めるように。


「……何も心配する必要はないさ春華。もうすぐ、全部が元通りになる」


 俺は春華の問いかけには答えず、軽い笑みと共にそう告げる。


 あるいは、俺はその元通りになった日常の中にはいないかもしれない。

 普通に考えれば、その公算の方が遙かに高い。


 だけど、もしも――


「なあ、春華。もしもう一度夢じゃない場所で会えたら、その時に伝えたい事があるんだ。今度こそ、きっちりとさ」


「え……?」


「……っと、もうそろそろお目覚めか」


 教室の景色が次第に曖昧になっていき、俺は目覚める時特有の浮遊感に包まれる。


 おかしな夢だったが……おかげで弱っていた気持ちに渇は入った。

 後はいつも通り、作戦を考えてそれを全力で実行するのみだ。


「――っ! ま、待ってください心一郎君! 待って!」


 周囲がぼやけて行く中で、春華が俺へと叫んだ。


 ああ、春華。

 そんなに泣きそうな顔にさせてしまってごめんな。

 

 でも俺は行かなきゃならないんだ。

 俺の死から始まったこの物語を、悲しい未来の焼き直しにしないために。


 だから待っていてくれ。

 春華の未来は、俺が俺が必ず救って見せるから。


 最後に視界に焼き付いたのは、悲痛な顔で俺に向かって手を伸ばす春華の姿だった。


 その光景を最後に――俺の意識は暗転した。

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