第122話 蛇足話:三島店長代理の名推理


「…………」


「…………」


 このブックカフェ楽日の店長代理である私――三島結子と、あり得ないレベルの美少女社長令嬢バイトである紫条院春華さんは、揃って言葉を失っていた。


 今私達は、お店のホールで柱の陰にコソコソ隠れているという非常に奇異な状態であり、周囲のお客さんからも不思議そうな目で見られてしまっている。


 けど、私達がこんなかくれんぼみたいな真似をしているのは勿論訳があり、その原因こそが柱の向こうで向かい合って座っている紫条院時宗社長とバイトの新浜君の存在だった。


 事の始まりは十数分前――紫条院時宗社長と私がサシで行った実情調査が終わった後の事だった。


 自社の最高権力者から鋭すぎる質問をポンポンと飛ばされるのは本当に拷問であり、私は下着を替えたくなるくらいに冷や汗をかき、胃は排水溝みたいにギュルギュルと音を立てて荒れた。


 けどその地獄タイムもようやく終わり、私はほうほうのていで仕事に戻ったのだけど――ふと見ると、本日のバイトが終わった新浜君が社長に捕まっており、二人で何やら話し込んでいるのが目に留まった。


『ま、まさか……本社に何のしがらみもないバイトに実情を聞いて、店長代理が普段どんなふうに仕事しているかの調査!? ぎゃあああああ? も、もしかしてこれって私の降格フラグ!?』


 最悪な想像をしてしまった私は、何を話しているのか探るべくついつい二人の近くの柱の陰に隠れてしまったのだけど――なんとそこには春華さんという先客がおり、二人の会話を難しい顔で聞いていたのだ。


 私はびっくりして、一体何をしているのかと聞いてみたのだけど――


『三島さん、お仕事中なのはわかっていますけど、少しだけ許してください! お父様が新浜君を呼び止めてまた何か変な事を言うつもりだったとしたら、私は家族として止めないといけないんです! もう、毎回毎回、私がどんなに申し訳ない気持ちになっているか……!』


 と、温和でぽややんとした春華さんとしては珍しく、憤然とした様子で答えが返ってきたのだ。


 社長が娘を溺愛しているのは社内では有名だが、この様子だと春華さんはありがちなワガママ令嬢ではなく、父親への反発心を持つ真っ当な少女へと成長しているらしかった。


 そして、それぞれの事情により新浜君と社長の会話に揃って聞き耳を立てること十数分――その間、私達の顔は驚愕と困惑が深まる一方だった。


(??? え、いや……え? 一体何がどういう事? 何で高校生でしかない新浜君があんなにもスラスラと我が社の経営戦略を語って、社長は多少驚きつつもその事を普通に受け入れてるの?)


「あ、あの……三島さん……私、わからない部分もたくさんあったんですけど……新浜君って今、もの凄く難しい事を語ってませんでしたか?」

 

「ええ、難しい話よ。私も普通に聞き入っていたもの」


 あどけなさが残る少年から語られた経営戦略に、私も春華さんも驚きを隠せずに小声で囁き合う。


「私も含めて、本社の社員でもあんなにキッチリ語れる人なんてそうそういないわ。実際、社長も本気で感心されてるみたいだしね」


「そ、そうなんですか……!?」


 もちろん、私だって時間をもらえればある程度の経営戦略論くらいは提出できる。けどどうしても無難で冒険が少ない案になってしまうだろう。


 その点、新浜君は怖れ知らずといかなんというか、『本だけ売る商売はもう無理』という本屋に対する禁句を前提として、抜本的な商売替えに近いレベルでの提案をしているのだ。


 語る論もさる事ながら、その豪胆さこそ私は感心してしまう。

 大企業の社長を前にして、そんな事を堂々と語る事ができるなんて……。


「本当に新浜君は凄いんですね……お父様と仕事の話ができるなんて……」


 春華さんの口から漏れた感嘆の声は多分に尊敬も混じっていたけれど、それ以上に嬉しさや誇らしさが滲んでいた。


「……ふふ、心一郎君、格好いいです……」


 春華さんの視線は熱を帯びて新浜君へ向いていた。


 大企業の社長である彼女の父親と大人顔負けの話をしている新浜君をぽーっと眺めている少女の横顔は……まるでほんのりと色づいた苺のように甘酸っぱく、尊ぶべき淡い感情を湛えているのが一目でわかる。


(うわぁー……美少女の恋顔って初めて見たけど破壊力凄すぎ……。なんかもう、可愛いとか綺麗とかを超越して……心がこの瞬間を尊ぶような感覚が溢れてきちゃうわ……)


 しかも本人は気付いていないようだけど、呼び方が無意識に『心一郎君』になっている辺り青春エモーショナルポイントが高い。


 はは……アラサー独身女には超絶美少女のアニメみたいな青春模様が目の毒すぎて、思わず人生を考えてしまうわ……。


「……でも良かったです。お父様としん……新浜君が仲良く話せているみたいで」


「え?」


「以前に新浜君を私の家に招待した事があるんですけど、お父様はその時から何故か新浜君に厳しいんです。お母様は反対に大はしゃぎでしたけど……」


「はっ!? 家に招待!?」


 え、ちょ、彼氏を家に呼ぶのはまだしも、いきなり両親に会わせたの!?


 というか……日本でも指折りの名家かつ過保護全開パパの社長がいるお屋敷に訪問とか、新浜君のメンタルが粉みじんになったんじゃ!?


「だから嬉しいんです。あの二人があんなにも和やかに話せているのが。何度か顔を合わせる内に、ようやくお父様も新浜君を認めてくれたんだなって」


 柱の陰からそっと父親と彼氏の様子を窺い、春華さんは本当に嬉しそうに微笑んでいた。

 春華さんにとっては心の底からほっとする光景らしく、その表情には不仲だった家族が和解したような、胸を撫で下ろす安堵と喜びがあった。


(しかし、新浜君もつくづく果報者ね……その辺のアイドルなんて目じゃない程に綺麗な春華ちゃんがこんなに健気に想ってくれて、何だかかんだで紫条院のお家にも認められてるみたいで――――はっ!?)


 瞬間、私の脳裏に閃くものがあった。

 

 新浜君という存在に何度も感じていた違和感。その全て説明できる天啓が私へと舞い降りたのだ。 


(そうよ……よく考えるまでもなく新浜君の存在はおかしいわ。どう考えても一般家庭の普通の高校生じゃない……)


 そもそも、超絶セレブな紫条院家の令嬢である春華さんが普通の男の子と付き合っている事がそもそもおかしい。


 現代における貴族のような一族なんてどう考えても家柄や財力を気にするだろうし(よく知らないけどきっとそう)、そこのお姫様が普通の恋愛ができるとは考えにくい。


(なのに、新浜君はすでに紫条院家で社長と奥様に挨拶までして、奥様からは気に入られている……)


 しかも新浜君は本人は信じられないほどに優秀で、他人の感情を察して誘導する術に長けている。ぶっちゃけ、明日から正社員にしても問題ないくらいだ。


 かと思えば妙に常識外れなところもあり、普通の子とは感覚がズレまくっている自分に気付いて妙なショックを受けていたりもする。


(そんでもって、マクロな視点で大企業の経営戦略を語れる方面での優秀さ……そんなもの、未来を予知しているんでもなければ、一朝一夕で身につく訳がない……)


 これらを総合して考えると、新浜君の正体とは――


(紫条院家に一目置かれるほどの名家の出身で、幼い頃から厳しく帝王学を教育されたエリート……! 春華さんとは彼氏彼女なんて可愛い関係じゃなくて、幼い頃からの許嫁だったのねっ!!)


 真実に到達してしまった私は、導き出された答えに瞠目した。


 ド庶民の私は新浜家なんて聞いた事がないけど、きっと上流階級では名の知れた名家なのだろう。


 新浜君の高校生を逸脱しすぎているあの優秀さも、春華さんという社長令嬢と交際できている理由もそれなら全てつじつまが合う。 


(社長が彼に厳しいっていうのは娘可愛さもあるだろうけど、きっと新浜君が紫条院家の婿に相応しいかを試しているんだわ……! 新浜君がここのバイトに来たのも、学生の内から婿入り先の会社に慣れるためだとすれば説明がつくし!)


 ……ん? ちょっと待って、だとすると……。


(新浜君が社長の義理の息子になるのなら……将来次期社長として千秋楽書店を継いでも全然おかしくないじゃない……っ!?)


 その予感に、冷や汗がどっと溢れた。

 というか今日は一日で十年分くらいの冷や汗を流している気がする。


(や、ややややヤバいわ! 私ったらあの子が何でもできるからってメチャクチャ仕事振っちゃったし! 十年後くらいに報復人事で定年まで延々と地下で資料整理とかさせられるんじゃ……!)


 未来に埋まっているかもしれない地雷に、私は頭を抱えてアワアワと懊悩した。


 春華ちゃんといい、社長といい、新浜君といい、何故紫条院家の関係者はこの一社員に過ぎない哀れなアラサー女にトラップを仕掛けるのか!? 


「あ、あの……三島さん? 何だか急に慌てたり落ち込んだりしていますけど、一体どうしたんですか……?」


 気付けば、隣にいた春華さんがとても心の清い瞳で心配そうに私を見ていた。

 

 うん、やっぱりこの子は本当に可愛い。新浜君が全力全霊で入れ込むはずだ。


「春華さん……その、後で新浜君に伝えて欲しいんだけど……」


「は、はい?」


「三島が『今まで生意気言ってて申し訳ありませんでしたぁぁぁ!』と頭を下げていたって……」


「えええええっ!? な、何を言っているんですか三島さん!? 気持ちをしっかり持ってくださーい!」


 春華さんがいよいよ本気で私のメンタルを心配し始めた声を聞きつつ、相手がビッグだとわかれば間髪入れずにワビを入れようとする自らの浅ましさに、私はそっとため息を吐いていた。






【読者の皆様へ】

 2022年10月26日発売のコンプエース12月号より本作『陰キャだった俺の青春リベンジ』の漫画版が連載開始となりました! 皆様応援よろしくお願いします!

 また、プライベートが立て込んできたので、次の更新は遅くなるかもしれません。申し訳ありません。


 なお、小説4巻に関してはまだ出版社から連絡が来ていないので、どうなるかまだ未定の状況です。私も文庫・WEBともに続けていけるように頑張るつもりですので、どうか今後ともよろしくお願いします。

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