第121話 勝った! 今世の就職戦争完!


「私の気持ちにもなってみろ。『こうしたらいいかも』程度のフワッとした意見くらいだろうと思ったら、どこにでもいそうな高校生の口から実践的なビジネス案が次々と出てくるんだぞ。ホラーとしか言いようがない」


「う……」


 引き気味の時宗さんの言葉に、俺はただ呻くしかできない。

 子どもでしかない今の肉体と、口にする事がギャップがありすぎてキモいというのは本当にその通りとしか言いようがない。


「だがまあ……だからこそ実に有意義な時間だった。思考停止の現状維持論や、弱腰すぎる小手先の改革案しか出てこない会議に出席しているよりもよっぽどな」


 時宗さんは軽く苦笑したかと思うと、不敵な表情を浮かべて口の端を釣り上げた。

 心なしか、若干目が輝いているようにも見える。


「問題点の認識は正確で、さらに提示した案は固定観念に囚われない極めて自由な魅力があった。この私が是非最後まで聞きたいと耳を傾ける程にな」 


「いえ、その……恐縮です……」


 大企業の社長から惜しみなく送られる賛辞に、俺は苦笑いで答えるしかなかった。

 何せ、今俺が述べた案は当然ながら自分で考えついた訳ではない。


(何もかも未来からのパクリだもんなぁ……褒められる程に申し訳ない気持ちになってしまう……)


 未来において苦境に陥った書店業界で、いかなる形態の店が生き残っていたか。

 その記憶を参考にして適当なアレンジを加えただけである。

 とてもではないが俺の案などと堂々と言えるものではない。


「礼を言うよ新浜君。おかげで私の心も固まった」


「へ……?」


「今君が述べたような本屋の危機とそれに対抗するための案は、実は私も同じような事を考えていた。だが、それでも社内の現状維持派、株主、紫条院グループが送り込んできた役員達の反対――そういった諸々の要素によって二の足を踏んでいたんだ。……若い頃の私であれば、何より自分の直感を信じて突き進んだだろうにな」


 自嘲するような笑みを浮かべて、時宗さんは決然と言った。

 だがその瞳は爛々と輝き、顔付きもまた幾分か若返ったように生気が満ちて見える。一言で言えば……胸の内に火が灯っていた。


「だが、同じ方向性の思想である君の話を聞いて、私の中で本当に正しい道は何なのか確信できた。やはり何をどう考えても現状維持に徹するなんて狂気の沙汰であり、これからの時代を生き抜くには常に先進的な変化が必要だ」


 知らず知らずの内に自らを戒めていた鎖から解き放たれたかのように、時宗さんは晴々と言葉を紡ぐ。


「という訳で、君が提示してくれた案も取り入れ、明日からブレーキなしの大改革を実行する事にした。反対派どもは火が点いたように騒ぎ出すだろうが、一切の容赦なく蹴散らすとしよう」


「ええええええええええええっ!?」


 な、なんかメチャクチャ大事になってきた!?


(ん、あれ……? そう言えば……前世で……)


 堂々とした決意表明に度肝を抜かれつつ、俺はふとあることを思い出していた。

 

 前世で何度となくニュースになっていた千秋楽書店及び紫条院グループ全体の深刻な経営不振。


 これについて社長である時宗さんが取材に応えたコメントを。


『決定的なミスは、千秋楽書店における改革案を決断するのが遅れて、それ以降の全てが後手に回ってしまった事だ。そして私が傾いた自社を建て直すのに必死になり、紫条院グループ全体の運営について一族の十分な助けになってやれなかった。悔やまれるとかしか言いようがない……』


 ネットニュースに掲載されていたのは、確かそんな内容だった気がする。

 

 改革の着手の遅れ――それが前世における千秋楽書店の凋落の原因であるのであれば……。


(も、もしかして……俺って今、日本の経済界にドデカい影響を与えてしまったのでは……?)


「ふ、自分のやった事で大企業が明日から大騒ぎになるのがショックか? だが君はそれだけの力がある提案をしてくれたし、それがわからぬほどに私は無能ではない。そもそも、私が君に意見を促したのは、色々な意味で奇特な存在である君が私の迷いを払うきっかけになるかもと微かに期待したからだ」


 だから真剣に話を聞いたし、それが有益な事ならば自社の方針に取り入れる事さえする――時宗さんはそう言外に告げていた。


 俺に一目置いているのだと、やや遠回しに伝えてくれていた。


「しかしまあ、それにしても……本当に訳のわからん存在だな君は。単に優秀なだけで説明がつかんというか、行動や発言に年齢に見合わない経験が見え隠れする」


 その指摘に、俺は思わずうぐっと呻き声を漏らした。

 二回も高校生らしくない面を見せつけてしまったせいで、時宗さんの俺への内面分析はかなり正しい。


「しかもそれがこうして私に重要な決断をさせるのだから、なんとも奇妙な巡り合わせ――……ん? ふ、くく……あははははははは!」


「と、時宗さん……?」


 ふと一瞬沈黙したかと思うと、時宗さんは何かを思い出したかのように大笑した。

 ど、どうしたんだ一体?


「くく、ああ、すまんな。つい滑稽な考えが頭をよぎった。今日この席での事が千秋楽書店にとって重要なターニングポイントとなるとしたら……君こそがこのタイミングでの『救い主』と言えるかも、とな」


「は……? すくい……ぬし?」


 始めて聞く単語に、俺は目を丸くした。

 救世主とかそういう意味なのは何となくわかるが、どうもそれ以上の意味がありそうな言い方だった。


「ああ、紫条院家に伝わる与太話のような言い伝えでな。まあ、苦しい時の気休めになる神風伝説みたいなものだ」


 時宗さんが苦笑を交えて語り出す。都市伝説や迷信のような、ただのツッコミどころが多い笑い話として。


「紫条院家は長い歴史の中で何度も苦境に陥ったたらしいが……そのたびに『救い主』とやらが現れてご都合主義なまでに苦難を払ってくれたり、繁栄への道を示したりしたという話だ。紫条院家が延々と隆盛を保ってこられたのも、そのおかげなんだとさ」


 時宗さんは一族へ外部から婿入りしたせいか、その言い伝えを微塵も信じていない様子で苦笑交じりに語る。


「おかげで私が紫条院家に婿入りしてグループ全体の経営不振を救った時、一族の奴らは私をその『救い主』だとか言い始めてな。思わず何言ってんだこいつらみたいな顔になってしまったが」


「…………」


 それは、確かに古い家だからこそ残っている気休めな迷信にしか聞こえない。

 験担ぎの創作にしても、あまりに設定とエピソードが雑すぎる。


 だが――それが妙に引っかかった。


(紫条院家が苦境に陥った時に現れる……ご都合主義のように全てを救う人物……)


 まさに時宗さんこそそれを限りなく体現した人だけど……。


「まあくだらん与太話はさておき……私に決意を促してくれた礼を渡さねばな。受け取っておきたまえ」


「え……」


 時宗さんは懐から名刺を取り出すと、ボールペンで何かをサラサラと書いて俺へと差し出した。


 訳もわからず俺はそれを受け取り、内容を確かめてみると――時宗さんの名前の横に『採用確定証、ただし新浜心一郞本人に限る』と手書きで書いている。


 ……なんだこれ? 採用?

 

「平たく言えば千秋楽書店への採用を確約するチケットだ。使うのは高校卒業後すぐでも大学卒業後でも、はたまた転職のタイミングでも好きにするがいい」


「……………………は?」


 唐突に告げられたこの名刺の価値に、脳が一瞬でショートした。

 は? え? 今なんか、俺の悲願を一瞬で叶えるような事を言わなかったか?


「無論、別に千秋楽書店に来る事を強要している訳ではない。ただ、もし君が望むのなら将来ウチの会社で働けるように取り計らうという話だ」


「え、いや……冗談……ですよね……?」


 希望に縋り付きたい気持ちと、そんな都合のいい事がありえる訳ないという気持ちがスパークし、俺は乱れまくる内面を抱えて震える口を動かす。


「いいや、冗談ではない。君の能力と胆力は認めざるを得ず、人材として魅力的だ。以前に家で話した時、君はホワイト企業を熱望していたし、私も未来の社員が確保できて同時に君への礼にもなる。我ながら双方良しの理に適った報酬だと思うが」


 時宗さんの顔は至極真面目であり、冗談の色は一切ない。

 付き合いは決して長くないが、こんな事でウソを言うような人ではない。


 となれば、これは――


「い……いよっしゃあああああああああああああ! ホワイト企業だあああああああ!」


 俺は椅子を倒す勢いで立ち上がり、時宗さんのみならず周囲の客までビックリさせてしまうほどに絶叫した。春華以外の事でここまで感情が爆発するのは、もしかしたら初めてかもしれない。


 や、やった……! やった……!

 俺が調べた限りでも最高のホワイト企業と名高い千秋楽書店……!

 その入社チケットが今俺の手にある……!


「ありがとうございます! ありがとうございます……! お、おお、おおおおおおおおおおおおお……! これで……これで俺はもうブラック企業に行かなくていいんだ……! 内臓ボロボロで血のションベンを出したり、悪夢にうなされて髪の毛がごそっと抜けたり、上司の顔を見るたびに胃液が逆流したりする場所とは無縁になれる……!」


「なんだその地獄の拷問所みたいな企業は……と言いたいところだが、そういう職場がないかと言えば確かにあるな……」


 余りの嬉しさにタガが外れたように叫ぶ俺に呆れつつも、時宗さんはしみじみと言った。


 ええ、あるんですよそんなクソ職場が!

 俺なんか結局そこに殺されちゃったし、正直、今すぐに社屋ごと爆破しておいた方が世のため人のためだと断言できます!


「謹んで受け取らせて頂きます! それに……嬉しいですよ! 時宗さんみたいな凄い人からここまでしてもらえるなんて!」


「おいおい、おだててもこれ以上は何も出ないぞ」


 完全に舞い上がった俺は、人生でも最大級の笑顔で苦笑する時宗さんに何度も頭を下げる。実際、ホワイト企業を渇望していた俺にとっては号泣ものの報酬だ。


 それに――それとは別にもう一つ嬉しい事がある。


「それに……こうして時宗さんが俺の事を認めてくれたのもの嬉しいんです。何せ、それだけ俺を春華さんに相応しい男として認識してくれたって事なんですから!」


「はあああああああああああああああ!? ちょ、おいこら、待て小僧!?」


 俺が歓喜の言葉を口にすると、時宗さんはクールな社長の顔を一瞬で放り投げ、馴染み深い親馬鹿親父の顔に戻っていた。


「いきなり何を言い出す!? 君の能力は認めるし今日の事は感謝しているが、それとこれとは全く別問題だ! 調子に乗るんじゃない!」


「ははははは! ともかくこのチケットは大学卒業後にありがたく使わせて頂きます! その時は平社員としてよろしくお願いしますね!」


「人の話を無視するなああああぁぁぁぁ! というか君はもうちょっと私の存在に緊張しろ! 最初に会った時のあの今にも吐きそうな顔で震えていた君はどこへ行った!?」


 完全に浮かれまくった俺に、時宗さんがキレ気味に叫ぶ。

 だが、そんなもので今俺が抱く無敵の多幸感が揺らぐはずもなく、ただ迸る喜びを表すように俺はニッコニコの笑顔を浮かべた。


 ふははははは! さらばだ我が前世の忌まわしき過ちであるブラック企業! もうお前に会うことはない!

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