第120話 バイト、社長に経営戦略を語るハメになる


「……わかりました。けど、本当にあくまでちょっとバイトしただけの高校生のたわ言ですからね? 期待なんかしないでくださいよ?」


「ふ、構わんから思った事を言うがいいさ」


 社長に経営戦略を語るという地獄のような状況に追い込まれた俺は、胃がキリキリと痛むのを我慢して声を絞り出した。


 そして、そんな俺に時宗さんはやはり機嫌良さそうに応じる。


「社内でも私の方針に反対の者達はいるが、揃って現状維持案しか口にせんから何も刺激がなくてな……。そんな時に君が本屋がオワコンとか喧嘩を売ってくれて今すこぶる心が躍っているんだ。ふふ、久々に気分がいい」


 ちょおおおおおお!? 喧嘩なんて売った覚えはないですってば!

 確かにちょっと失言はしちゃいましたけど!


「ほら、いつまでも狼狽してないで始めてくれたまえ。まず、本屋が衰退の一途を辿るという君の知見はどういう根拠からだ?」


「ええと、それは……まず誰しも感じているでしょうけど、ネットの進化の影響ですね」


 もはや腹を括った俺は、所感を語り始める。

 未来で成功していた書店業のメソッドを主体として、そこに一サラリーマンに過ぎなかった俺のささやかな見識を加えた論を。


「現代は若者であればあるほど情報源は本からではなくネットから得ています。花の育て方とか料理のレシピ、辞書や専門書にしか載っていなかった知識も無料でネットに掲載されているのだから、この流れは止まりません。本を読むにしても電子版の割合がどんどん増えていき、紙の本離れが加速します」


 とまあ、この程度ならこの時代でも多くの人が感じている流れだろう。

 だが近い将来にはさらに決定的な事がある。


「後は携帯電話の進化です。もう少し、本当にあと少ししたら本も動画も全部スイスイ見れる『パソコンのスペックを持つ携帯電話』が登場して、全ての娯楽はそこに集約されます。今までは『カバンに入れて持ち運べる』のが紙の本の魅力の一つでしたが、その利点を完全にこれに浸食されると俺は考えています」


 それは当然ながら未来を知っているからこそ予言できる事だった。


 世界を席巻した最強の携帯デバイス――スマートフォン。

 その登場と普及は、もう今の時点で目と鼻の先まで迫っている。

 

 これがもたらす生活様式の変動は凄まじく、電子書籍、動画、ゲーム、ネットサーフィンなどが手の平サイズに収まる事により、紙の本にはさらに厳しい時代がやってくる。


 ただ、そんなまだ登場していないスーパーツールについて言及しても、おそらく一笑に付されてしまうだろうが――


「ほう? まあネットの進化は確かにその通りだろう。だが、何でもできる小型端末か……ふむ、確かにそろそろ出てもおかしくないな」


「え……」


 過熱しすぎの空想と捉えられてもおかしくない俺の予言を、時宗さんはあっさりと肯定した。

 

「これから端末がそう進化するのは目に見えている。ネット、動画、電子書籍、高スペックなゲーム……これらをどこでも満足いく形で楽しむためにはパソコンの性能をそのまま携帯サイズにするというのが極めて正統な発想だ。そこまで小さく多機能にした場合、操作の簡略化には工夫が必要だとは思うがな」


 驚いた事に、新しい機器の登場を時宗さんはごく当たり前のように予想していたようだった。


 やっぱり賢い経営者って先見の明があるんだな。

 俺なんて生まれて初めてスマホを見た時に、こんな板みたいな携帯を誰が買うんだと思ってしまったが……。


「それで? その予想が正しければますます本屋は厳しい訳だが、そんな不利な状況を前にどう抗うべきだと思う?」


「方向性は二つありますが……まず、本が売れないのなら本以外を売るという方針です」


 俺がその案を提示すると、時宗さんは少し驚いた表情を見せた。


 初っぱなの案から本屋という商売を否定しているようでとても言い難いが、あくまで高校生の思いつきということで許して欲しい。


「千秋楽書店でもオンラインショップを設けていますが、これを本だけじゃなくて何でも売るようにする。それこそ家電、雑貨、食料品と何でもです」


「……すでにいくつかそのような業態のオンラインショップが普及し始めているが、それらに倣って我々もまたネットのデパートになれと?」


「はい、ですがオンラインショップの最大手ですらまだ品揃えは完璧じゃありません。その点、千秋楽書店はあらゆる商品を紫条院グループの関連会社から卸せるはずですし、資本力で話題の商品を仕入れる事もできるでしょう。その強みで『およそ買えないものはない』『オンラインショップはこの一店だけで事足りる』という位置まで持っていければ勝ち組になる事すら不可能じゃありません」


 俺がこの年代においてネットを検索してみて驚いたのは、未来では知らぬ者はいない程の超大型オンラインショップでも、現段階では商品ジャンルがそこまで多岐に渡っていない事だった。


 この状況でいち早く出し抜いてオンラインショップの王の座を奪う事ができれば、それだけで全ては安泰だ。日本国内で戦う以上、紫条院グループのバックアップがあれば決して夢物語ではない。


「……あれだけビビっていたクセに提案するものはとてつもなくビッグプロジェクトだな。ほぼ商売替えをした上にネットデパート界に乱入して天下を取れとかどれだけ血気盛んなんだ君は」


 時宗さんは呆れ返った声を返しつつも、口の端を広げていた。少なくとも、社長に退屈を与えずには済んだらしい。


「だから高校生のたわ言だって言ったじゃないですか。そもそも千秋楽書店ほどの大企業の業態そのものに手をつけるって話なんですから、どうしても話がデカくなりますって」


「ふ、まあ確かに茶飲み話としてはスケールがデカい方が面白いのは確かだ。さて、それでもう一つの方向性とは何だ?」


「それはもちろん、リアルの店舗を活かす方向です。お客さんにとって何度も足を運ぶ価値を作る事が必須だと考えます」


 促されて、俺は消えぬ緊張を感じつつさらに案を語る。

 というか、さっきから延々とサシで経営のプレゼンをしている俺を誰か褒めて欲しい。


 俺が前世で一応社会人だったという事を差し引いても、大企業の社長の前で経営戦略を披露するとか、さながら三国志の孔明に軍略を述べてるようで身の程知らず感が半端ない。


「その基本としては、まず本屋の中に別の要素を導入する事ですね。さっき言った通り、このブックカフェの形式は最もシンプルに人を呼び込める面でもやはり積極的に増やすべきかと」


 ただ、客層が悪くて本の汚損が頻発するなどのケースもあるようだし、地域の年齢層や需要と噛み合わない場合もあるので、全ての書店をブックカフェ化した方がいいとは流石に言わないが……。


「後は店舗の中にその店の周囲の需要に合わせて色々なものを入れていく事も有効だと考えます。若い女性が行きたくなるような雑貨屋やスイーツ店、運動不足な人が多い車社会地帯にはスポーツジム、高齢者が多い地域には友人を作りやすいカルチャーセンターとか……それぞれの『足を運ぶ理由』を作ってお客を集めます」


 本屋に行かなくてもネットで本が買えるのだから、本以外でお客さんが本屋に来てくれる理由を作らないといけない。


 そういった方向性で言えば、すでに千秋楽書店ではゲーム、ビデオレンタル、文具などに力を入れた店舗も多く存在している。

 だがそれらにしても今はいいが、ダウンロード販売やサブスクリプションが普及してくると利益は落ちていくだろう。


 今後二十年先の未来まで見越して恒常的に人を本屋に集める――そういう視点だとやはりこんな風な案になってしまうのだ。

  

「……利便性でネットで競っても不毛だから、体験型施設を極めろという事か。その方向性は頭にはあったが、ふむ、導入する要素についてはそこまで自由な考えには至っていなかったな」


「そして、さらに蛇足な意見ですが……このやり方を進めるとブックカフェを中心とした大型商業施設なんかも考えられます」


「ほう、どういうコンセプトだ?」


 何故かさっきから時宗さんの声がどんどん鋭くなっているのが怖いが、俺はプレッシャーに抗いつつ案を述べる。


「つまりは、さっき言った『足を運ぶ要素』を大集合させる訳です。狙う客層によってその組み合わせは変わりますが……スタンダードなところで言えば料理屋、スイーツ店、雑貨屋、服屋、ジム、エステ、美容院なんかでしょうか」


「それは……なるほど、女性が休日に求める事を全て詰め込んだ構成だな?」


「はい、お腹をいっぱいにして美容も整えて買い物をして、最後はブックカフェで優雅に本を読んで過ごすという『ここにくれば理想的にエレガントな休日が過ごせる』がコンセプトと言えます」


 人はお洒落なカフェでコーヒーを片手に本のページをめくっていると、自分がとてもキラキラした一日を過ごしている気分になれる。

 これはなかなかに強力な商品であり、そこをメインにしてその周辺をガッチリ固めた形だ。


「あ、あとは細かい面でも多少の工夫はできると思います。例えば千秋楽書店独自の大賞やランキングを作って本に話題をくっつけるとか。後は……店員さんや社員にも本好きは多いでしょうし、それぞれの店舗で全く違った『店員の推し本』コーナーとか設けて、そこに熱量がめっちゃ高い推し文ポップを添えておくとかすれば話題になりやすいかと」


「………………」


 時宗さんは黙って俺の話に耳を傾けていた。俺なんぞの話をそんなに真剣に聞いてくれるのはありがたいが、そこまで沈黙されるとなんか怖い……。


「ええと……とりあえずこんなもんですけど、退屈しのぎ程度にはなりましたかね?」


「そうだな。率直な感想を言えば――言ってる事があまりにもガチすぎて最後の方はどんどん恐怖がこみ上げてきた」


「えええええっ!?」


 ちょ、大真面目な顔で言うことがそれですか!?

 語ってみろって言ったのは時宗さんでしょ!?


 真顔で告げられた正直すぎる感想に、俺はささやかな抗議の声を上げた。

 

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