第106話 社畜、再びその場に立つ決意をする
「うぅぅぅぅむ……」
春華との電話を終えた俺は、自室の椅子の上で唸っていた。
先ほど春華自身の口から聞いた情報は俺にとって極めて重大なことだったが……とある悩みも同時に発生してしまったのだ。
そう、すなわち――誰も彼もがいつだって抱いているあの悩みだ。
「……要るな。金が」
さっき電話を終えるまで予定していなかったが……俺は今唐突に金が必要になっていた。
そんな訳で、さっきから金策のためにパソコンに向かっているのだが……。
(金……金かぁ……前世では学生の時も社会人の時もあんまり使わなかったな。友達が少ないとカラオケや飲み屋に行く機会もあんまりないし、ゲームやラノベも死ぬほど買ってた訳じゃないしな)
せっかく未来知識があるのだから株でも買ってみるか?
……というのは実はタイムリープ直後から今までも何度か頭をよぎった。
だが現状の結論として、それはまた大人になってから検討しようと考えている
理由としては、人間としてのタガのためだ。
若くして労せず恒常的に大金を得られる――そのチートを許容すれば、俺の人間性や人生観を今まで通りに保てるかどうか正直自信がない。
分不相応な金は人間を容易に変えてしまう魔力がある。
今後一切働く意欲がなくなってしまうかもしれないし、人生の危機感が薄れて知らず知らずの内に堕落していくかもしれない。
俺はそれが怖いのだ。
(そういえば……前世で文字通り死ぬまで働いて貯めた金は全部無駄になったんだよな。安月給ながら口座に使い道のない金が貯まるのだけが苦労の対価だったけど、全く使わずに死ぬとか我ながら人生が徒労すぎる……)
使う時間がなくてやたらと貯めていたお金は、当然ながら今世には持ち越していない。こんなことなら、超高い酒でも回らない高級寿司屋でも好きな物を堪能しておくべきだったと今更ながらの後悔がよぎる。
(まあ、本来はくたばるだけだった運命にコンティニューの機会が与えられたんだから、文句なんて言えないけどさぁ……)
とはいえせめて特上ウナギくらいは食っておくべきだった――そんな未練がましいことを考えていると、自室にドタバタとした足音が近づいているのに気付いた。
「兄貴っっっ!!」
勢いよくバンッとドアを開けて入ってきたのは、妹の香奈子だった。
ちょ、お前! いくらなんでもノックくらい――
「おめでとおおおおおおお!」
「うぇ!?」
めっちゃ興奮した声とともに、パンパンと銃声のようなようなものが部屋に鳴り響き、微かに花火のような匂いで満ちた。
それと同時に様々な色のテープ片が宙を舞い……ってこれクラッカーか?
「とうとうやったんだね兄貴! 兄貴の人生史上最大の偉業に香奈子ちゃんも思わず感涙だよ!」
Tシャツと短パンの部屋着な妹が、まるで難関な大学入試に合格した我が子に対するように手放しの賞賛を向けてくる。
い、一体どうしたんだこいつ?
「え、いや……いきなりなんなんだこれ?」
「あはは、隠さなくていーって! さっき兄貴の部屋の前を通りかかった時に、電話で春華ちゃんの事を呼び捨てにしていたのはバッチリ聞いたし! やー、もうこれは今夜はお赤飯だね!」
「あー……」
ハイテンションにまくしたてる妹の姿に、俺は大体事態を把握をした。
しかし秋子さんに続いてお前までお赤飯かい。
女子中学生のくせに妙に発想が古いな……。
「ふふ、まー、この私が軍師をやってあげたんだから最初から勝ち確だったけどね! これで晴れて春華ちゃんを合法的に家に招待し放題! 夢が広がりまくりだよ!」
「ええと、そのことなんだがな……」
「ふぇ?」
交際開始どころか結婚が決まったかのような勢いの妹に、俺は一歩前進ながらもゴールに到達した訳ではないことを説明し始めた。
すると満面の笑みを浮かべていた妹は虚を衝かれたようにポカンとした表情になり――しまいには納得できないと言わんばかりに絶叫した。
「なんなのそれえええええ!? 名前呼びが成立してても彼氏彼女じゃないってどういうこと!?!?!?」
「どういうことだろうなあ……」
改めて言われると訳のわからん状態ではある。
名前呼びしているのに恋人じゃないなんて、幼なじみ系ヒロインとのラブコメでしか聞いたことがない。
「はぁ……まあ、つまりベクトルの問題ってことかぁ。春華ちゃんの兄貴への好感度は確実に上がっているけど、どこまでいっても友情値であってそれが恋愛値に切り替わってないってことだね……」
ため息まじりに言う妹の分析は俺も同意見だった。
そもそもあの天真爛漫なお嬢様は、学校中の男子から好意を寄せられてもその全てを気付かずにスルーしてしまうほどの超弩級の天然である。
タイムリープするなんてまるでギャルゲーの二週目みたいだな……と思ったこともあるが、現状においてはむしろ自分こそがゆるふわイケメン鈍感系主人公を攻略中の元陰キャヒロインのように思えてきた。
「あーもー! ぬか喜びしちゃったじゃん! こうなったら一刻でも早く兄貴に完全勝利してもらわないと! もういっそグワーッっていってチュッコラしてズドンしちゃえっ!」
「ズド……っ!?」
もうちょっと女子中学生らしい振る舞え馬鹿妹!
お前は猥談で盛り上げる飲んだくれのオッサンか!?
「まったくお前は……まあ、完全勝利のために努力するのはもちろんだよ。そのために次頑張ることはもう決まったしな」
言って、俺はチラリと机の上のパソコン画面に視線を向ける。
そのための当てもちょうど探し終えたところだ。
「んん? 努力って何のこと……って、これ……マジでやるの? 確かに兄貴は別人みたいに明るくなったけど、こういうのってたくさんの見知らぬ人と上手く話さないといけないんだよ?」
俺の視線を追ってディスプレイを覗き込んだ香奈子が、割と本気で心配した様子で言った。
まあ、その懸念もわかる。
香奈子の視点からすれば、俺が口下手陰キャオタクから脱却したのが数ヶ月前の話だ。せっかく今は上手くいっているのに、未知の世界に飛び込んで打ちのめされたらまた暗い俺に逆戻りするのではと思っているのだろう。
だが、もう俺の心は決まっている。
「ああ、マジでやる」
実を言えば……やや葛藤もあった。
俺の前世において生活の大半を占めていたもの。
将来的に絶対に避けては通れないと知りつつも、俺の人生を破壊したあの場に再び立つことができるのか――そんな不安もある。
何せ、前世の俺を殺したのはまさしくそれなのだから。
「ちょっと金が欲しくてな。労働ってものをやってみることにしたんだ」
【読者の皆様へ】
本作『陰キャだった俺の青春リベンジ 天使すぎるあの娘と歩むReライフ 』の
2巻が本日年6月1日に発売となりました!
近況ノートにも素晴らしい表紙を掲載しました!
https://kakuyomu.jp/users/keinoYuzi/news/16817139555071655395
商業的な話で大変恐縮ですが、これまた最初の1週間の売上げ(※)で続巻の有無が決まってしまうので、どうか寄付と思って購入して頂ければ幸いです……!
どうかよろしくお願いします!
※初動1週間内の購入は特に効果が高いですが、それを過ぎての購入でも無駄ということはなく、この作品が存続できる力となります。
※紙の書籍と電子書籍のどっちを買えば作者にとってありがたいかという質問がありましたが、どちらかと言えば紙の書籍です。
ですが、あくまでどちらかと言えばの話であり電子書籍でも問題ありません。
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