第52話 運動音痴の奮闘(後編)


「なぁ……!?」


 ど、どうしてその事を!?

 風見原か銀次がバラしたのか!?


「なんか凄く衝撃を受けてるけど……文化祭で二人してデートしていたのを見つけたの私だって忘れてるでしょ? 私もあの時はタコ焼き喫茶が大変で、それどころじゃなかったけど」


 そ、そう言えばそうだった……!

 くそ、あの時はめっちゃ慌てていたから、俺と紫条院さんが一緒にいたことなんて気にとめていないと思ってたのに……!


「まあ、あれだけで確信したわけじゃないけど……その後の二人をそういう目で見てたら確信したの。天然の紫条院さんはわからないけど、新浜君はきっと本気なんだろうなーって」


「ぐ……まあ筆橋さんなら言っても構わないか……。言うのは恥ずかしいけど認めるよ。俺は、その……紫条院さんが好きなんだ」


 誤魔化すのは無理だと観念した俺は、その気持ちを口にする。

 なんか最近このことについてのカミングアウトが多いような……。


 すると筆橋は「ふぁぁぁ……! や、やっぱりそうなんだ……! わぁぁ……!」と乙女らしくさらに頬を紅潮させる。


 ……なんで白状させられた俺よりそっちが照れているんだ。


「そ、そっかあ……うーん、仲の良い二人がそういう事情だって聞くとなんだかすっごくドキドキするよ……。ね、ねえもうキスとかしたんだよね?」


「いや、してないし……というかまだ付き合ってない……」


「…………は? あの距離の近さで何をやってるの?」


「急に真顔になって責めるなよ!?」


 普段の筆橋らしからぬジト目はやめてくれ!

 意気地無しと言われているみたいで辛い!


「まあ、それはいいとして……わざわざ休日にソフトボールの練習しているのも、もしかして球技大会で紫条院さんにカッコ悪いところを見せたくないからじゃない? というか理由なんてそれしかないし」


「それは……はい、完全にその通りです。クラスのためとかじゃなくて、100%自分の好きな子へのカッコ付けです……」


 やはり女は恋愛に関すると推理力が上がるのか、完全に図星を突いてくる。

 完全に背景を看破された俺は、もはや正直にそう言うしかない。


「よし! それなら想像してみて! 紫条院さんが新浜君を応援してくれているところを! 好きな人にカッコいいところを見せたいって想いで頭をいっぱいにして!」


「え……?」


「文化祭で見せてもらったけど、新浜君って一度火が点くととことん突っ走れる暴走機関車みたいな人でしょ? だからあの勢いで『好きな人にいいところ見せるぞー!』って気合いをみなぎらせたら、苦手意識もちょっとは弱まるかも! あと一押しが気合いで埋まるのってスポーツだとよくあることだし!」


 苦手意識を克服するために、恋愛という最も熱を帯びる感情をたぎらせろと筆橋は言う。それは一見気休めに近い精神論だが……思い起こせば俺がいつもやってきたことでもある。

 

 文化祭の時も期末テストの時も、俺を突き動かす動力源になったのは常に紫条院さんへの想いだった。


「よし……やってみる! ボールを投げてくれ筆橋さん!」


「おっけー! 今度こそ上手くいくって!」


 さっきと同じように俺はその場から距離を取る。


 それにしても、ここまで親身になってくれるなんて本当に良い奴だな筆橋。

 一人だと絶対に行き詰まっていただろうし、感謝しかない。


「位置についたね! それじゃ行くよー!」


 遠くから筆橋が宣言し、投じられたボールが公園の空を昇っていく。


 そして俺は――腰を落とした姿勢からダッシュし、それを追う。

 ボールを見定めながら落下地点を予想する。


(ああ……確かに言われてみればボールって俺にとって『怖い』ものだな)


 ほんの数瞬の間、俺は思考する。

 飛来してくる物体を怖いと思うのは本能だが、それとは別に俺はボールに対して忌避感を抱いている。


 それはおそらく、筆橋が言うとおり運動全般に対する苦手意識のせいであり、それは俺の中でかなり年期の入った根を張っている。


 だがしかし――

 俺の青春に対する後悔も、紫条院さんへの想いもそれ以上に深いのだ。


(思い浮かべろ……イベント好きな紫条院さんが興奮して応援してくれている様を! もしかしたら、俺へ名前付きで声援をくれるかもしれないし、活躍したら後で『すごいですっ!』てテストの時のように褒めてくれるかもしれない!)


 『カッコ悪いところを見せたくない』ではなく、『カッコ良いところを見せたい』という高校生らしいストレートな見栄をたぎらせろ。

 回避ではなく攻めの気持ちだ。

 

 この時、俺は自分が想像以上に単純で恋愛脳の男なのだと悟った。


 口の端が自然と緩む。

 ボールへの忌避感が薄れ、降ってくるのは脅威ではなくチャンスだと人参をぶら下げられた意識が奮起する。


 妄想上のイマジナリー紫条院さんの声援が、俺に必要だった後一押しの熱を与えてくれる。

 

 白球が落下してくるのに合わせ、グローブを構えてじっと見る。

 絶対にもぎ取ってやると睨み、最後まで目を離さない。


 その軌道を見切って、しかし焦らず身体から離さずにグローブを広く開く。

 

 そして――


 バンっ! という軽快な音とともに、グローブに走る強い衝撃。

 俺の手の中に、確かに白球は捕まえられていた。


「おっ……? お……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「や、やったああああああああああああああああああああああ!」


 グローブの中にボールを見つけた瞬間、俺はもちろん筆橋もこちらへ駆けつけながら喝采を叫んだ。


「すごい……! すごいよ新浜君! 私なんかもう泣きそう……! 赤ちゃんが自分の足で歩き始めた時のお母さんの喜びってこういうものなんだね……!」


「ありがとう! なんか最大級に失礼なことを言われている気もするけど、全部筆橋さんのおかげだ……! 本当に感謝する!」


 客観的に見れば平凡なフライをキャッチできただけで、何もすごくないのだが、俺も筆橋も湧き上がる謎の感動に支配されていた。

 頭が馬鹿になっていたと言ってもいい。


 ああ、なるほど……これが漫画やアニメで飽きるほど見たスポーツ根性の感動か! できないことが努力でできるようになる喜び……!


「さて、それじゃあ……次に行こっか!」


 そして――ひとしきり感動を分かち合った後、筆橋は気合いを入れ直すかのようにそう言った。


「へ……次?」


「そう! たった一球取れただけじゃ仕上がりにはほど遠いよ! フライもライナーもゴロもしっかり練習して全部完璧に捕球できるようにしないと!」


 うん、それはまったくもってそのとおりだが……。


「いや、けどそこまでやるとガッツリ時間を食うし、そんなにも筆橋さんを手伝わせるわけには……」


「何を言ってるの! 今やっと新浜君が最初の一歩を踏み出したのに、ここで放置できるわけないから! グワーっと気合いを入れ直して!」


 瞳に炎を宿し、有無を言わさぬ強い口調で筆橋が宣言する。

 なんか……雰囲気が違う……!?


(こ、これは……さっきの謎の感動で体育会系として火が点いてる……!? 完全に後輩を指導する部活の先輩モードだ……!)


「さあ、行くよ! どんなコースも完全にキャッチできるまで特訓あるのみ! あと私に対する返事は大声で『はい!』だけ! みっちりガンガン行くから覚悟してね!」


「は、はい……?」


「ダメ! 声が小さいよ!」


「は、はぁぁぁいっ!」


 即座にダメ出しが入り、俺は声を張り上げる。

 完全に運動部のノリだ。

 

「よおおおし! やるよ新浜君! 頼まれたとおり、君を一人前のソフトボール選手にしてあげるから! はりきっていこう!」


 気合いMAXの筆橋の声が響き、俺の頬に一筋の汗が伝う。


 すごくありがたいんだけど……保つのか俺……?



 

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 球技大会はあと1~2話で終わる予定です。

 ただ私の目算はよく外れます。

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