第53話 馬鹿たちは試合に臨む
球技大会最終日。
雲一つない晴天の下で、俺たちソフトボール組はグラウンドに集まっていた。
「タルい……なんでよりによってソフトボールだよ。サッカーとかならまだ適当にボールを追いかけ回していればカッコはつくのに……」
俺の隣にいる体操服姿の銀次が不満げに文句を言う。
こいつはパソコン部所属であり、俺と同様にこういう球技は大いに苦手だ。
「大体よ、スポーツって健康的で教育にいいって神聖視されすぎで……って、その気合いの入りまくった顔はなんだよ新浜。まさか学力に続いて運動神経も良くなったのか?」
「運動神経なんてそうそう良くなるわけないだろ。ただ、この試合についてはちょっと備えてきただけだよ」
実を言えば、備えとして行ったことは『ちょっと』というレベルではなかった。何故なら、先日のソフトボールのキャッチ練習は思わぬ猛特訓へと変貌したからだ。
俺がやっとフライの捕球を成し遂げた後……筆橋はスポ根魂に火を点け、昭和のスパルタコーチと化した。
とにかく数をこなせとばかりに投げ続けられるゴロ、ライナー、フライ。
そのいつ終わるとも知れないキャッチ地獄は、いかに俺に運動神経がないかを実感する作業でもあったが、それでも多少の上達と試合に対するモチベーション向上には大いに役立った。
(あそこまで手伝ってくれた筆橋には感謝しかないけど、あの日は体力が死んだな……まあ、楽しくもない机仕事の残業を延々とやり続けるより、メンタル的にはよっぽど健全だったけど)
「あー……大体察した。お前また紫条院さんにいいカッコするためにガッツリ練習したんだろ」
「ど、どうしてわかった!? エスパーか!?」
「いい加減、恋愛脳に目覚めたお前の行動パターンくらいわかるっつーの。お前のコマンドって以前はあった『だまってる』『あきらめる』が消えて『すきなこのためにしぬほどがんばる』オンリーのクソ重い仕様に変更されてるし」
呆れ顔で銀次が言う。
今の俺って端から見たらそんなわかりやすい行動原理してるのか……?
「それにしてもたかが球技大会にしては人多いな……」
銀次が言うとおり、グラウンドの周囲には見学の生徒たちが大勢いた。
やはり前世と同様に、球技大会最後の試合の勝敗を見るために人が集まっているのだ。
さらに言えば――盛り上がりもかなりのものだ。
「かっとばせよー! これ勝てば優勝なんだからな!」
「ソフトボール組の男子たちー! 勝ったら先生がジュースおごってくれるらしいからクラスのためにがんばってねー!!」
「うちのクラスが勝つことに昼飯賭けてるんだからな! 絶対勝てよ!」
開始前から聞こえてくる声援はうちのクラスの見学者たちのものだ。
その声にこもっている熱は俺の前世の記憶以上のものであり、それを受けたソフトボール組も――
「ま、せっかくここまで勝ってるし気張るべ!」
「おうよ! 女子から応援されるとマジ気合い入るわ!」
「よっしゃあ! 俺の一本足打法が火を噴くぜ!」
「赤崎さぁ、お前この前それやってバッターボックスですっ転んだの反省しろよ」
と、ふざけ混じりではあるが士気はなかなか高い。
あれ? 前世でも盛り上がってはいたけど試合前からガンガン声援が飛んでくるほどではなかったような……?
「なんか……いくら決勝戦とはいえみんなテンション高いな……」
「何言ってんだ新浜? この雰囲気作ったのお前だろ」
「え……?」
「お前が企画した文化祭の出し物でみんな盛り上がったろ? あれ以来ウチのクラスは心の距離が近くなって、全体的に仲間意識が強くなったんだよ。おかげで気安くてノリやすい空気になってるし、球技大会の優勝決定戦ともなりゃこんくらいテンション高めの雰囲気にもなるって」
「そ、そうなのか……」
クラスの結束が多少強くなった程度には思っていたが、あの文化祭がそこまでクラス内の空気に影響を与えているとは気付かなかった。
しかし……クラス内の結束が高まっているとすれば、試合も盛り上がるけど負けた時の落胆もひどくなるってことに……。
「ん? あれって……」
グラウンドに座り込んで応援しているウチのクラスの連中の中に、体操服姿の紫条院さんが座っているのが見えた。
最近よく話すようになったらしい風見原と筆橋も両隣にいる。
俺が見ていることに気付いたようで、風見原は『あ、新浜君がこっち見てますね……ま、紫条院さんの前で頑張ってカッコつけてくださいよ?』とばかりにニヤりと笑みを浮かべ、筆橋は『特訓の成果出してね! 超がんばってー!』と言わんばかりに、左右の腕を突き出してダブルのサムズアップを見せる。
そして紫条院さんはやはりこういうイベントが好きなようで、試合開始前からクラスの熱気が高まっていくこの雰囲気にとてもワクワクしているようだった。
(あ……)
そして――そんな彼女と目が合う。
まるでお互いがお互いの姿を探していたように、俺たちは確かに相手の瞳を見ていた。
それは、俺の錯覚でなかったと思いたい。
紫条院さんは俺と視線が絡んだその瞬間、ぱあぁっと花が咲くような笑顔を浮かべたのだ。
さらに、少女は『とっても応援してますから! 頑張ってくださーい!』と言わんばかりに、俺に向かって手を力いっぱいブンブンと振る。
無垢な応援の心を、ストレートに表してくれていた。
「お、おおお!? 見たかお前ら! 紫条院さんが俺に手を振ってくれたぞ!」
「はあああああ!? 何を自惚れてんだお前! 俺にだよ!」
「絶対に芽がないってわかってんのに悲しい争いすんじゃねーよお前ら!」
「でも紫条院さん結構ノリノリじゃん! こりゃ活躍すればワンチャンあるぞ!」
「ああ、どうやら本気を出す時が来たようだな……!」
男子とは悲しいほどに単純な生き物で、ただ美少女が笑顔で手を振っただけで士気はうなぎのぼりだ。そして、俺もその例外ではない。
「おいおい、見ろよ新浜。どいつもこいつもチョロすぎるほどテンションを爆上げさせやが――」
「うおおおおおおおおおおおっ!! やってやる……やってやるぞっ!!」
「って、お前が一番チョロいってオチかよぉ!?」
やかましいぞ銀次。
俺が地球上で一番好きな女の子が笑顔で手を振ってくれたんだぞ。
これで燃え上がらない男がいるかよ。
そして、そんな馬鹿をやっていると――グランドに放送が響いた。
『それでは開始時間になりましたので、球技大会2年生ソフトボールの2-Bと2-Dの試合を始めます。出場するメンバーはグラウンド中央に整列してください』
「よっしゃ行くぞ銀次! やるぞー!」
俺が整列地点に走ると、他の連中も「おっしゃぁ! 俺が10割打ってやるからまあ見てな!」「ヒャッハー!」「やってやるぜ! 女子にキャーキャー言われる絶好の機会だ!」と紫条院さんの応援で馬鹿になった頭のままに駆けつけてくる。
「ちょ、お前らだけ酔っ払ったみたいなノリでズルくね!?」
一人だけ馬鹿になりきれない銀次が飲み会で唯一素面を保っている苦労人のようで少々可哀想ではあった。
まあともあれ――
前世で忌まわしき記憶となった試合は、意外なほどにやる気に満ちた状態で開始されたのだった。
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