第35話 憧れの令嬢の家へ赴く準備
「うおおおおおおおおおお! どうしよう! どうしよう!」
自宅の居間で、俺は頭を抱えていた。
その原因はもちろん、先日紫条院さんから提案があったお家へのご招待だ。
どうやら無事にご両親の許可も得られたようで、俺は紫条院家へのお誘いを受けたのだが――
「俺が紫条院さんの家に行く……!? そんなシチュエーションなんてまるで想像していなかった……!」
どうしよう……紫条院家に行くこと自体は凄く緊張するものの別に問題ない。
けどそのための装備が……。
「んー? なに頭を抱えてるの兄貴?」
声をかけてきたのは妹の香奈子だった。
なんか最近こいつはよく居間にいるような気がする。
「あ……! も、もしかして……この間言ってた王子(笑)との勝負に負け……」
「いや、それは俺が学年1位をとって完膚なきまでに勝った。しかもそいつは自分が言い出した敗者のルールを破って紫条院さんに粉かけようとしたけど『二度と話しかけないでください』とまで言われてメンタルが逝った」
「お、おおおおおお!? マジで完全勝利すぎるじゃん! でも……なら一体何を大騒ぎしてたの?」
「ああ、それがな……」
かくかくしかじかと事情を話すと、流石に家に招待というイベントには香奈子も驚いたようだった。
「い、家に……!? え、何それ脈があるどころじゃないじゃん! もうこれ兄貴にオチてるって!」
「馬鹿言え。前も言ったとおり紫条院さんはド天然かつほわほわのお嬢様なんだ。そういう色っぽい話じゃなくて、俺が勉強を教えたことに対して純粋にお礼がしたいだけだよ」
紫条院さんは自分がお願いした勉強会が俺の負担になってないか、ずっと気にしていたからな。
「ええー……目を潤ませながら『今度の土曜日……私の家、両親がいないんです……』みたいなシチュで誘われたんじゃないの?」
「紫条院さんを勝手にエロいシチュの素材にするんじゃないっ! 普通に純真無垢な笑顔で『私の家に招かせてほしいんです!』って誘われたんだよ!」
そんな台詞をそっと耳元で囁かれたら……とか一瞬想像してしまっただろうが!?
「なぁーんだ……でもそれで兄貴は何を悩んでいたの? 勝負も勝って好きな子の家へのお呼ばれイベントも発生してハッピーしかないじゃん」
「……服がないんだ」
「は?」
「紫条院さんの家に着ていく服がないんだよ! 今から買おうにもどんな服がいいかサッパリわからない……!」
今世において俺は前世で培ったメンタルの強さや知識を利用して物事を上手く進めてきたが、ファッションに関しては為す術がない。
なにせ俺は社畜業務で忙殺されていた上に生涯彼女が出来なかったので、スーツ、シャツ、ネクタイなどの社会人的な身だしなみくらいにしか気を遣わず、女の子とプライベートで会うための服をコーディネートしたことなどなかったのだ。
「ある意味デートより重い家へのお呼ばれだ……いつもの量販店の服なんかで行けるか! くそ、ともかく今からデパートかメンズブティックでも行って……!」
「はい、ストッープ」
「がばっ!?」
すぐ出かけようと腰を浮かした俺の腹に、香奈子の無情なパンチが突き刺さる。
「な、何すんだ! 家庭内暴力か!?」
「だから落ち着こうって兄貴。服を買うのに慣れてない兄貴がいきなりデパートに乗り込んでも何かズレた服を買ってきてお金を無駄にするのがオチだって」
うぐ……! こ、こいつ生々しい未来を予言しやがって!
「そもそもそんなに背伸びしなくていーって」
「え……でも……」
「兄貴は高校生だし安い服着てるのが当たり前なの。無駄に生地のいい高い服なんて着てきたらむしろ年齢と合ってなくて浮くって」
「え……そうなのか……?」
「そそ、中学の女子でもブランドの服とかバッグ持ってる子もいるけど、何の工夫もなくただ身につけてるだけだから、違和感バリバリすぎて逆にめっちゃ子どもっぽいんだよね」
中学生でブランドバッグ……? え、なにそれ怖い。
そういう子らの親ってみんな医者とか弁護士なの?
「だから安物服着てても清潔感だけ気をつければいーって。髪切ってお風呂入って歯を磨いて鼻毛は切っとく。そして服は当然クリーニングから返ってきたばかりのやつを使うの。あ、でも服の色くらいは気を使ってね」
「い、色……? 色の何が重要なんだ?」
「そんなに大きい要素じゃないけど、初めてプライベートを一緒に過ごすのなら、基本的に黒は避けて明るい色がいいかな。兄貴が持ってる服の中なら……Tシャツはボーダー柄かブルーでシャツは無難な白とか? ボトムは多少暗い色でも別にいいけど上着が白ならブラウンの綿パンがベターじゃない?」
なんだこの女子中学生……めっちゃ頼りになる。
「相変わらずお前はそういう方面は強いな……それにしても俺が持っている服なんてよく知ってたな?」
「まーね。兄貴ってば愛の力に目覚める前も今も私服のコーディネートが全然ダメだったから『あそこをああすればまだマシになるのに……兄貴ダサッ』ってぼんやり眺めながら思ってたし」
「またそうやって俺をディスる……」
あれ? でも……そうすると……。
香奈子お前、ボソボソ喋っていた根暗の俺の時も、そして今も、どんな服持っているのかわかるくらいには、俺のことを見てくれていたのか?
「ま、いくら私でも付き合う前から家に呼ばれるとか聞いたことないし、行った先でどうすればいいかめっちゃ未知数だからそこは兄貴自身が頑張ってよ! とにかくビッグイベントには違いないからここでガシっとお姫様のハートを掴んでこい!」
「お、おう! 頑張ってみるさ!」
ビッグイベント……うん、確かにビッグイベント以外の何ものでもないな。
紫条院さんと学校関連以外で触れ合うのはこれが初めてなのだから。
「あ、でもいくら盛り上がっても他人の家でエッチなことをするのは駄目だよ?」
「するかアホォォォォ! 俺のことをなんだと思ってるんだ!?」
「え? 頭の中が特定の女の子でいっぱいの童貞でしょ?」
「そうだけど! そのとおりだけど言い方ぁ!」
まあ、そんなふうに妹とジャレあいながらもあっという間に日々は過ぎ――
紫条院さんの家に招待される日はすぐにやってきた。
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