第34話 友達を招待したいんです

 

 私の名は紫条院時宗。

 一代で巨万の富を築き、名家の令嬢を大恋愛の末に娶るという映画のような人生を歩んでいる成功者だ。


 今私は妻と娘と自宅のリビングでくつろいでおり、極めて上機嫌だった。


「学年58位……頑張ったじゃないか春華! 前回の中間テストとは比べものにならないくらい成績が上がっているぞ!」


 娘の春華が持って帰ってきた成績表を見て、私は思わず顔をほころばせた。

 そこに記載されている数字には、娘がどれだけ努力したのかが如実に表れている。


「はい、頑張りました! それでその……これでライトノベル禁止令は……」


「ああ、もちろんナシだ。けど今後も勉強に支障が出るほどハマるんじゃないぞ」


「はい、気を付けます!」


 どうやら本当にあのイラスト付き小説が好きらしく、春華は嬉しそうに答える。


(しかし……あぁぁ、よかったあああああああ! 罰を下して春華を泣かせることにならなくて本当によかったあああああ!)


 表面上は威厳のある父親を装い、その実私は心の底からホッとしていた。


 親として『次のテストで結果を出さないとライトノベルは禁止だ!』と言ったものの、実際に罰を言い渡して天使である春華の泣き顔なんて見たら私は胸を抉られて死んでしまう。

 

 だが春華はしっかりと勉強して、私の下した罰で涙に暮れるという誰にとっても最悪な結末を回避してくれた。

 流石私のスウィートエンジェルだ。


「それにしても何だか凄く成績が上がったわねぇ? しばらく前からちょくちょく家に帰ってくるのが遅い時があったけど学校で居残り勉強でもしていたの?」


 妻の秋子が不思議そうに言った。

 確かにここまでテスト結果が良くなるのは私も予想外だ。


「はい、そうなんです! 実は勉強ができる友達が放課後につきっきりで勉強を見てくれて……教え方も私のやる気を引き出すのも上手くて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです!」


「まあ、つきっきりで? いいお友達が出来たのねぇ」


「ええ、その友達は本当に凄いんです! 私にずっと勉強を教えてくれていたのに、自分の勉強も凄く努力してて期末テストで学年1位だったんです!」 


「ほぉ……確かにそれは凄いな」


 友人のためにそこまで尽力しつつ、自分はきっちりトップに立つなどなかなかできることではない。相当に骨がある子だ。


「でも春華……あなた成績が満遍なくかなり上がっているけど、どの教科を教えて貰っていたのかしら?」


「それがその……最初は苦手な教科だけを教えてもらう予定だったんですけれど、いつの間にか大なり小なり10科目全部を教わっていて……」


「ぜ、全部だと!? いくらなんでも世話になりすぎだろう!?」


 その友達は一体春華にどれだけ時間を割いたんだ!?


「ええ、私もそう思ってそこまで時間を割いてもらうのは悪いと何度も言ったのですけど……『自分の勉強にもなるし楽しいから』と言って完全にお世話になってしまったんです。せめてもの気持ちでおやつは私が持って行っていましたけど……」


 それはなんとも……底抜けのお人好しなのか友情に厚いのか……。


「しかもどの教科もとても教え方が的確で……テストの予想も教えてくれたんですけどバンバン当たって驚きました。今回の私の成績アップは本当にその友達のおかげなんです」


「まあ、すごい友達ね……あれ? もしかして前に話していた文化祭の企画を一人で立てて準備や実際の運営の指示まで全部こなしていたクラスメイトと同じ子なのかしら?」


 妻の秋子は聞いていたようだが、私はその話は初耳だった。

 文化祭の準備も当日の開催も『凄く楽しかったです!』という春華の笑顔での報告で満足して、それ以上は知らなかったが……。


「そうなんです! あの時はすごく練られた計画と的確な指示でクラスを動かしていて、実質的なリーダーとしてすごく忙しくしていたんですけど……そんな時でも回数を減らしはしても勉強会自体は続けてくれたんです」


「ま、待て……その子は何なんだ? どう聞いても体力の限界を突破した活動をしているようにしか……」


 いくら若いと言っても働きすぎだろう。

 我が社であれば勤務態勢に問題がないかチェックが入るぞ。


「それが……どれだけ忙しくしていても『睡眠時間をきっちり取らないとある日突然死ぬから』と言ってそこは絶対におろそかにしていないそうなんです。それでいて、物事を効率的に凄いスピードでやるのが得意で、何もかもこなしてしまうんです」


「聞けば聞くほど高校生らしくない子だな……」


 特に睡眠時間のくだりはやけに実感がこもっている。

 身内がそれで亡くなったのだろうか?


「それで……さんざん勉強でお世話になったお礼に、その友達を今度の土曜に家へ招待したいんです!」


「ほう、この家に?」


「はい、何か贈ろうかなとも考えたんですけど私が全部準備してお昼のおもてなししたほうが感謝の気持ちが伝わるかなと思って……」


 その言葉を聞き、私は自分の娘が社長令嬢という環境に呑まれずに真っ当な育ち方をしていると知って安堵した。


 贈り物も良いが、それより自分で料理を作ってもてなして、感謝の気持ちを伝えたい――そういう感覚はとても大事だ。


「ええ、凄くいいアイデアだわ! 私も手伝いたいところだけど春華が自分でやりたいのならそうしなさい! ねえ、あなた?」


「ああ、もちろんだ。しっかりもてなしてあげなさい」


 今回のテストにおいて春華の成績上昇は著しい。

 それが全てその友達のおかげならば……その手腕は素晴らしいどころか正規の家庭教師代を払って良いほどの仕事をしてくれている。


「そこまでしてもらったのなら、ウチとしても何かお礼をしないわけにはいかないしな。私はちょっとその日に用事があって家を空けているが、昼過ぎには戻ってくるから挨拶くらいできそうだ」


 春華がそこまで世話になったのであれば一言お礼を言いたいし、一体どんな子なのかも興味がある。 


「良かったです! ありがとうございますお父様!」


「ははは、私は娘が友達を招く程度のことに反対する器の狭い男じゃないぞ!」


 ふう、今日はいい日だ。

 娘にとても可愛らしい笑顔で『ありがとう』と言って貰えるなんてな。


「……んん? あら? 文化祭で活躍した子って確か、おと……あっ」


「? どうした秋子?」


「ふふ……いいえ、何でもないわ時宗さん」


 おかしな奴だな。

 今の言葉のどこに意味ありげな笑みを浮かべる要素があるんだ?


「じゃあ、その友達に土曜日だって伝えておきます! では、私はちょっと当日のお昼とお菓子のメニューを考えるのでこれで!」


 言うが早いか、春華はドタバタと自分の部屋へと戻っていった。

 おうおう、ずいぶんとやる気だな。


「はは、若い女の子同士の友情はいいものだな。お互いにずいぶんと想い合ってるじゃないか」


「ふふ……ええ、仲睦まじいわねぇ」


「む、どうした? 俺の顔を見て含み笑いなんかして」


 なんだかさっきから妻が挙動不審だ。

 妙にニヤニヤしていたり、笑いをかみ殺したりしている。


「いえ、なんだか私もそのお友達に会うのが楽しみになってきたの! 土曜日が待ち遠しいわぁ!」


「おう、そうか。俺は会えるかわからないから、今後も春華のことをよろしくお願いしますと言っておいてくれ。あの子はちょっとほわほわした所があるから君が支えてやってくれとな」


「ぶふっ……っ! い、いえ、そうね。そう言っておくわ」


「?」


 突如こらえきれない様子で噴き出す妻を見て、私はわけがわからず首を傾げた。

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