第26話 自分を王子だと思い込んでいるイケメンが因縁つけてきた

 ※改稿を行いました。(21/1/6 AM1:20頃)

  改稿理由については近況ノートの【「陰キャな人生を~」26話、27話、28話改稿のお知らせ】を一読ください。https://kakuyomu.jp/users/keinoYuzi/news/1177354055549240881

21/1/6 AM1:20頃以降に初見の方は上記を読む必要はありません。

   

  



 文化祭が終わり浮ついたムードもなりを潜めた校内で、俺の足取りは軽かった。


 タコ焼き喫茶でのトラブルを回避するために酷使した体は翌日にかなりの筋肉痛になったが、若い肉体の回復力によって2日と経たずに痛みはなくなってくれたのだ。


(終わったなあ……想像以上に楽しかったけどやっぱ激務すぎた。風見原の奴が任命した役職は文化祭実行委員アドバイザーなんて名前だったけど、実質ほぼ全面監督だったし)


 文化祭の後夜祭でうっかり寝てしまったのも、その蓄積した疲れが一因だ。


 次の日になって知ったけど、あの時は紫条院さんが俺を少しでも長く寝かせるために皆が帰る中一人教室に残ってくれたんだよな。


 その優しさに惚れ直したけれど、紫条院さんを待たせてすやすや眠っていたことには申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


(それにしても紫条院さんに起こされた時は眠り足りないせいですごく寝ぼけていて、記憶が曖昧なんだよな。なんだか変な夢をみたような気もするし、寝ている間すごく温かくて幸せだったような……?)


 後日、紫条院さんに改めてお礼を言った時に「俺ってどうやって寝てたんだっけ? 床にごろ寝していたにしては頭に柔らかいものが当たっていたような……」と聞くと紫条院さんは何故か頬を染めて口をつぐんでしまった。謎だ。


 まあ、なにはともあれお祭りは終わり、期末テストが近づくとともに校内は勉強のムードへと移行していた。


 そしてそんな時期に――その世界観が違う男は俺のところへやってきたのだ。




「お前、身の程をわきまえろ」


「は?」


 時は昼休み。

 廊下で俺にツカツカ歩み寄ってきた男子生徒は、唐突に意味不明なことを言い出した。


(誰だこいつ? やたらとイケメンだけど……)


 そいつへの第一印象は『少女漫画に出てくる俺様系イケメン』だった。


 高身長で態度は尊大で、相手をごく自然に下に位置づける視線。

 全体的にオラオラした雰囲気で傍若無人という言葉がぴったりだ。


「なんだその反応は? お前が新浜なんだろう?」


「いやそうだけど……お前誰だよ」


「……なに? まさかお前、俺を知らないのか? まったく……これだから雑魚は

辟易する。無知にも程があるだろう」


 はあああああああああ?

 友達でもない別クラスの男子の名前なんて知るかアホ。


「俺は2年の御剣隼人だ。御剣家の長男と言えばいくらなんでもわかるだろう」


(御剣……? もしかしてあの御剣家か?)


 この土地では有名な有力者の家で、子会社や関連会社を多く抱えた御剣グループというものを運営している元締めだ。

 そしてこいつは、そのお坊ちゃまということらしい。


(前世の高校時代でもそういう金持ちの息子が学校にいるとは聞いていたけど……まったく接点なかったな。こんなにムカつく性格をしていたとは)

 

 そう言えば今世でも銀次や他の男子がチラっと話題にしていたような気がする。


 確か家が金持ちというだけじゃなくて、勉強もスポーツも何でもできて女子からの人気もある完璧超人だとかなんとか。


(中身も完全に俺様系だな……しかも学校カースト最上位か)


 ただでさえ高身長かつ美男子なのに、実家が地元に本拠地を持つグループ会社であり文武ともに優秀。学校内における最高クラスの存在と言っていいだろう。


「それで? 身の程云々ってなんのことだよ」


「春華のことに決まってる」


 なっ……! おいこらてめえ! 

 何呼び捨てにしてるんだこの野郎……!


「あいつに近づくな。お前が一緒にいていいランクの女じゃない」


「はあ? なんでお前にそんなことを言われないといけないんだ?」


「言われないとわからないのか? お前なんかが春華と一緒にいるだけで罪悪なんだ」


 御剣とやらはまるで馬鹿な子どもに常識を教えるように言う。


「いいか。お前みたいな顔も頭も金もない奴は『下』だ。俺や春華のようにその全てを持っている人間は『上』だ。最上の宝石にそこらのハエが止まっていたら誰だって駆除しようとするだろう?」


 俺様系なのはすでに理解していたが言ってることが傲慢というレベルではない。

 まるでファンタジー小説で庶民の主人公を差別する悪役名門貴族だ。

 

「だから紫条院さんに近づくなって? 紫条院さんの彼氏でもないお前にそれを言う資格なんかないだろ」


「ふん……いずれ俺の女になる。春華は俺が落とす」


「ははあ……なるほど。モーションをかけ続けているけど全く反応してくれずにイライラしているわけか」


「……っ お前……!」


 俺が聞こえよがしに呟くと、御剣は苦虫を潰したような顔で俺を睨んだ。

どうやら完全に図星だったようだ。


 告白した奴は周囲の男子から妨害される――妹曰く『キモいルール』が敷かれている紫条院さんだが、周囲が何も言えないようなカースト上位の奴ならば彼女に近づくことができる。


 そしてそのカースト上位に属するこいつはおそらく紫条院さんに自分へなびくように言ったのだろうが、ホワホワと受け流されて業を煮やしていたのだろう。


「ともかくお前の要求への答えはノーだよ」


「……は? 何を言ってる? 俺の要求をお前みたいな雑魚が断っていいわけないだろうがっ!?」


 いやいやいや、何を言ってるはこっちの台詞だよ。


 どういう思考回路してんだこいつは。

 もはやヤバイ人でしかないぞ。


(あー……いや、社畜時代にもたまにこういう人種は見たな。社長の息子ってだけで役員やってる奴とかエリート街道を歩いてきた超高学歴な奴とか……)


 ここまで特権意識丸出しの物言いをする奴は流石に珍しいが、俺の社会経験上でも時代錯誤なほどに自己中心的で上から目線の奴はいた。

 そう、例えば――


『俺の親父は役員だ! そんな特別な俺が新入社員だからって係長ごときに指示されてたまるか! 親父と同格に扱うのが当たり前だろ!』


『金持ちで上級日本人の俺に雇われているお前ら底辺日本人どもは、奴隷の自覚を持てよ! 男は俺の兵隊で女は俺が囲っている妾も同然なんだからな!』


『俺はアメリカのM大出てんの。わかる? お前らみたいな有象無象とはランクが違うんだからさ、そこんとこはいくら学歴のない頭でも理解してよ』


 ……とまあそんな感じだったな。


 彼らは自分を上級な存在――言うなれば貴族であり、周囲の人間は下級な愚民だと信じ切っている。


(顔が良くて女子にもモテるだけでも絶大な発言力を持つのに、勉強やスポーツもできるとなれば学生レベルじゃ誰も文句は言えないな。そりゃここまで高慢ちきな性格にもなるか)


 挫折や叱責がゼロの環境に身を置いてきた奴が傲慢に育つことはよくある。

 とはいえここまで傲慢不遜なやつも珍しい。

 もはや貴族を越えて自分を王子か何かだと思ってるようだ。


「知るか。お前は自分が偉いと思ってるかもしれないが、俺は全然そうは思わない。だからお前の言うことは聞かない。以上だ」


「お前……! 雑魚のくせによくも俺にそんな口を……!」


 スクールカーストの力学で、おそらくそうやって凄めばそこらの生徒は貴族に睨まれた農民のように言いなりだったのだろう。


 だが俺はそんなもので動じない。


 学生の頃はイケメンな顔や優れた運動神経の持ち主は神に選ばれたスターだと恐れ戦いていたが、社会に出てそんなものはさほど重要なものじゃないと知ったし、お前みたいに無礼な奴の相手は慣れている。


「礼儀知らずの雑魚が……! おまえと春華が文化祭で一緒にいたと聞いて勘違いをしないように警告しに来ただけだったが……まさかここまでの愚物とはな!」


 ああ、なるほど。

 なんでいきなり俺のところに来たのかと思ったら、文化祭で俺と紫条院さんが一緒にいたことが引き金か。


 ゲーム的に言えば、文化祭というイベントを紫条院さんと過ごしたことでフラグが立ち、前世で接触がなかったこいつが俺の前に登場したわけだ。


「お前……俺と勝負しろ」


「……は?」


「競うものは何でもいいが……ふん、ちょうど期末テストが近いのでそれにするか。スポーツよりかは公平だろう?」


「え、なんだそれ……何でそんなことしなきゃいけないんだ?」


 てっきり激昂して殴りかかってくるかと思いきやテスト勝負ときた。

 自意識が高すぎる奴の思考回路はよくわからない。


「お前は愚劣すぎる。自分が雑魚なことも俺みたいな『上』の存在がいることもわかっていないゴミだ」


 害虫を見るような視線を俺に向けながら御剣は続けた。

 

「お前みたいな世の中のルールがわかっていない奴は一度目に見える形で敗北させて、立場をわからせる必要がある。愚昧な雑魚を俺自ら教育してやろうと言ってるんだ」

  

 言っている言葉の一つ一つが本気ではあるようだ。

 

 ああ、いや……なるほど。

 勝負とやらを持ちかけてきた意味がわかってきた。


 俺がいくら凄んでも震え上がらないから、何らかの勝負で俺を徹底的に負かして、敗北感を背負わせて屈服させようという腹か。


「そして……賭けるのは春華だ」


「へ……?」


「敗者は二度とあいつに近づいてはならない……そういうルールだ」


「はあああああああ!?」


 ニヤリと笑みを深めながら告げてきたのは爆弾のようなペナルティだった。


こ、こいつ! 俺への『教育』とやらと邪魔者の駆除を同時にやるってか!?


「お断りだよ! そんな勝負誰が受けるか!」


「黙れ。お前の意思なんて聞いていない」


 ……は?

 何言ってんだこいつ?


「お前に拒否権なんてあるものか……! 俺が勝負すると決めた以上逃げられやしない! お前は俺と期末テストで勝負し、敗者の定めに従い二度と春華には近づけなくなる! もはやこれは決定事項だ!」


「な……何をわけのわからないこと言ってるんだお前!? お互いの合意がないと勝負も賭けも成立しないだろ!?」


「お前の合意なんて必要あるか! 俺の決定に勝るものはない!」

 

 本気でそう思っているようで、一切のためらいもなく御剣が言い放つ。


 メチャクチャというレベルではない。

 100%自分が正しいと信じ切っており言葉が通じない。


「まあ、精々無駄な抵抗をしてみろ。俺が負けるなんてありえんがな」


 薄く笑い、話は終わりとばかりに御剣は廊下を大股で歩いて去っていく。

 そして俺は余りにもアレな展開に絶句するしかない。


「……何なんだあいつは……」


 前世の社畜時代でも『俺がそう決めた! ただ従え!』という物言いの奴は珍しくなかったが、流石に約束やら契約やらのお互いの合意が必要なものを一方的に決める奴はお目にかかったことはない。


 まあ、『その書類は新浜が「俺が期日までに仕上げます」と言ったから任せました!』とか約束を捏造する奴はいたが。


(さて……どうするこれ……?)


 期末テストは当然ながら二年生全員が受けなくてはならないので強制的に俺と御剣の点数は出てしまう。


 だが俺はあいつの勝負とやらに一切頷いていないので、たとえあいつに負けても『紫条院さんに二度と近寄らない』などというルールを守る必要はない。

 なので勝負なんてガン無視でも構わないのだが……。


(まあ……あいつが勝ったら鬼の首を取ったように騒ぐだろうな。してもいない約束を振りかざして紫条院さんの側から俺を排除しようとするだろう)


「どうせ負けてもペナルティなんてないけどウザくはある……なら勝ちを目指してみるか?」


 たとえ勝ってもそれであいつが大人しくなるとは思えないが、少なくともあいつが騒ぎ立てる理由を失わせることはできるだろう。


(それに……正直アイツはムカつく)


 この場から去る時、薄く笑う御剣の顔に浮かぶのは圧倒的な自信だった。

 自分が負けることなんて万が一にも考えていない勝ち組の顔だ。

 

(クソ失礼な物言いにイカれてるほどの傲慢さ……俺の一番嫌いな人種だったな)

 

 俺は前世では負け組だった。


 小さい時から勉強でもスポーツでも恋でも誰かに勝ったためしがない。

 だから何かに挑む=負けるというクセがついてそれが当たり前になった。


 だからずっと、勝負というものを忌避していた。


 けれど――今はあいつに吠え面をかかせてやりたい気持ちでいっぱいだ。 

 

「よし……決めた。せっかくノーリスクの挑戦権を貰ったんだ。勝負には応じないけど喧嘩は買ってやる」


 負け続けた負け組の俺が、勝ち続けている勝ち組に挑むのだ。


「そして、戦うからには勝つ」


 誰もいない廊下に、俺の勝利への宣誓が小さく響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る