第20話 人工の星空の下で


 1-Cの出し物『鬼退治ボール投げ』。


 参加者は野球ボール大の球を5個手渡され、それを鬼の仮装をした的役の生徒に投げて当てるという典型的な的当て系ゲームである。

 ちなみに幼児用ボールなので当たっても全く痛くない。


 そして――他にない要素として、この鬼たちは普通にボールを回避するのだ。


「くそっ! 当たれええええええっ!」


 紫条院さんに良いところをみせようと、早朝ランニングで鍛えた肉体でボールを投げてみるが、鬼のお面と腰巻き+赤色の全身タイツで仮装している男子生徒は最小限の動きでひょいっとよけてしまう。


「はい、そこのプラカード持って入ってきた先輩! 5球全部ミスで失敗です!」


「くそ、異様に難しい……! 客に賞品渡す気ないだろ!?」


 アナウンス役の女子生徒に失敗を告げられ、俺はつい文句を漏らしてしまう。

 

 鬼たちは1mほどの円から出てはいけないというルールがあるのに、微妙な身のよじりやダンスみたいな動きでことごとくボールをかわしてくる。

 どこの達人だよ。


「じゃあじゃあ、次は私がやります! 新浜君の仇は取りますから見ていてくださいね!」


「お、おお、凄いやる気だな紫条院さん」


 浴衣姿があまりにも艶やかな少女――紫条院さんは普段よりさらに色香が増しているにもかかわらず、小学生男子のようなテンションで宣言する。


 受付からボールを受け取ると、むっふー!と意気込みよくボールを構え、投げる。


(あ……ダメだこれ。ボールが鬼の頭のかなり上を通過する……ん?)


 ワンミスを察した俺だったが、そこで何故か鬼役がぐっと腰を落とす。

 そして足のバネを全開にして垂直にジャンプし――紫条院さんのボールが顔面にヒットする。


「あ、当たり! 浴衣の先輩一投目当たりです! って今の何!? なんか自分から当たりにいかなかった!?」


 アナウンス役が困惑し、周囲からも注目を浴びた鬼役は鬼のお面の下で沈黙し……やがて腕を組んでぷいっと顔を逸らす。


(こ、この鬼役! 俺の時は『意地でも当たってやるか!』みたいな勢いだったくせに、美少女の紫条院さんが相手だから自分で当たりにいきやがったな!?)


 しかしまあ……気持ちはわかる。

 こんな桜の精霊かと思うような和美人の紫条院さんが楽しそうにボールを投げてきたら、俺だって回避するという職務を全うできる自信がない。


「わあ、見てください新浜君! 私が投げたボールが全部当たります……! 私って天才だったのかもしれません!」


 紫条院さんがウキウキで投げるボールは、ことごとくあらぬ方向へ飛んでいる。

 だが鬼役はまるでゴールキーパーのように、手を伸ばし、頭を突き出し、時にはハイジャンプして己が身にボールを当ててくる。

 ……お前サッカー部入れば?


「ゆ、浴衣の先輩五投全部命中……って、相手が美人だからっていい加減にしなさいバカ男子ぃ! こんな早い段階で賞品取られてるんじゃないわよぉぉぉ!」


 そうして、キレたアナウンス役の女子が乱入して、鬼役の首根っこを捕まえて揺さぶり始めたので、その場は騒然となった。




「ふふふっ! すっごい楽しかったです! お祭りのゲームって輪投げでも射的でも本当にワクワクしますよね!」


 浮かれまくった様子の紫条院さんが実に楽しそうに言う。

 宣伝という口実で各クラスを回り始めてからずっとこんな調子だ。


(ここまで子どもみたいな顔はなかなか見ないから新鮮だな……なんだかテンション上がった子犬みたいで普段とは違った可愛さがある)


『水の遊びワールド』では水ヨーヨー釣りに熱中していたし、『クイズ大会』でも積極的に早押しして一生懸命答えていた。


 『ダンボール製2m像展』では初代ガンダム像を見て「見てください新浜君! こ、これアーバレストです!」と有名なSFミリタリーアクションラノベに出てくるロボットと間違え、制作チームから「あれも名作だけど違うっっ!」とツッコミを貰ったりもした。


 しかし、こうして移動している間は必ずプラカードを掲げて宣伝を怠らない真面目さは実に紫条院さんらしい。


「ああ、確かに祭りってどんなゲームでも妙に楽しいよな! なんかこう山の上で食べるラーメンがめっちゃ美味しいのと同じで!」


 そして、俺も少なからず浮かれていた。


何せ、文化祭を紫条院さんと歩いているだけでも夢のようなのに、憧れの少女は俺と一緒に遊び回ってこの上なく楽しそうにハイテンションなのだ。

 気分が高揚しないはずはない。


「あっ! 新浜君! 次あれに行きましょう! 準備で見かけるたびに気になってたんです!」


 そして、各クラスの出し物を制覇する勢いの紫条院さんが次に指さした先には、『完全手作りプラネタリウム』という看板があった。


 


「……その……思ったより狭いですね……」


「あ、ああ……まあ手作りのドームだしな……」


 受付の男子生徒に「うん? 二人か? 今体育館でライブやってるからガラガラだし、貸し切りでいいよ」と言われ、俺たちは教室内に作成された半球状のプラネタリウムドームの中に案内された。


 しかし中は椅子が円状に設置してあるものの男子が完全に立てるほどの高さがなく、俺と紫条院さんは真っ暗なテントで二人っきりでいるのと大差ない状態だった。


 うわ……今ちょっと肩が触れた……!

 それに女の子のもの凄く良い匂いが……っ。


 そんな精神衛生上よろしくない状態の中、外から「それじゃ始めまーす!」という生徒の声が響き――


 暗闇が、一気に幻想的な星空へと変貌した。


「わぁ……!」


「うぉ……すごいな……!」


 どうやら投光器も手作りのようだが、相当工夫したのかでドーム内に投影される星空は強い輪郭で輝いている。

 よく見るとドーム自体も投影された映像を滑らかに映すために極めて綺麗な曲線で構成されており、よほど計算したのがうかがえる。


「すごい……すごい綺麗です……手作りでここまで出来るんですね……!」


 紫条院さんが感嘆の声を上げるが、俺も同じ気持ちだった。

 もちろん博物館などで行うプラネタリウムには敵わないが、高校生が低予算で作り上げたとは思えないほどに、満天の空は確かに輝き非日常的な光景を作り出している。


「綺麗だな……まるで若さの光だ……」


 ついそんな、おっさんくさい言葉が口から漏れた。


 このクラスの生徒たちはこのクオリティを得るために相当努力しただろう。

 その大人になると発揮できなくなる高校生ならではのバイタリティをまざまざと見せつけられて、少々眩しい。


 この見事な星の光一つ一つが、若さという反則的なエネルギーの輝きに見える。


「もう、何を言ってるんですか新浜君!」


 星空の輝きに興奮しているせいか、紫条院さんはすぐ隣にいる俺へさらに身体を近づけて言う。


「たまにそんなふうにおじさんみたいな言い方をしますけど……新浜君も私もまだ高校生なんです。これから何にだってなれますし、どこにだって行けるんですよ?」


「それは……そうなのかな……」


 本当にそうなんだろうか。

 知識と経験は前世そのままで肉体と心の若さだけが高校生となった俺は、今世において今のところある程度上手くやれていると思う。


 けど、たまに不安になる。

 俺がもう一度進む未来は……本当に変えることができるんだろうか?


「……そんな顔をしないでください」


 気付けば、紫条院さんの顔が俺の瞳を覗き込むように近づいていた。 


「手を伸ばせば未来は変わることを、実際に見せてくれたのは新浜君じゃないですか」


「え……?」


「私たちのクラスの出し物は……あの迷走していた会議のままだときっと良いものにならないで、クラスのみんなも今みたいに頑張ろうって気持ちはなかったと思います。けど……そんな流れを新浜君が変えてくれました」


 息がかかってしまいそうな距離で、紫条院さんは続けた。


「私は、本当に感動したんです。流れがどうなるのかをただ見ているだけじゃなくて、新浜君は無理矢理にでも流れを変えることに挑戦して成功させた。大げさかもしれませんけど……頑張って未来を変える実例を見せてくれたんです」


「俺が、未来を変えた……」


「そうです! そんな未来を変えるほどのパワーがあるのが新浜君なんです! だから……何を不安に思っているのかわかりませんけど元気出してください! 私でよければいつだって力になりますから!」


「紫条院さん……」


 不思議だった。

 さっきまで抱いていた一抹の不安が溶けるように消えていく。

 ただ一人の少女から言葉を受け取っただけで。


「それに……未来が変わったのはウチのクラスの出し物だけじゃないのも忘れないでくださいね」


「え……?」


「私は今、とっても楽しいです。けど自分のクラスが団結も熱意もない状態だったら、私はこんなに浮き立つ気持ちで文化祭を迎えていませんでした。だから……改めてお礼を言わせてください」


 お互いの視線がごく近くで絡み合う中、紫条院さんはそっと言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう新浜君――私にこんなにも楽しい文化祭をくれて」


 言って、薄紅色の浴衣を着た少女は人工の星空の下で花咲くように微笑んだ。


 天に描かれるどの星座よりも眩い、俺にとっての一番星の輝きだった。

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