第19話 文化祭を、君と


 文化祭当日。

 外部参加もOKなだけあり、校内は大勢の人で混み合っていた。


 外来のお客もこの学校の生徒も、焼き串やクレープを片手に次はどこに行こうかと楽しそうに歩き、そこかしこで出し物の呼び込みをやってる声が響く。


 ただただ喧噪のみがそこにあり、まさに祭りという雰囲気だ。


「それにしても……異様に立派になったなウチの出し物……」


 ふと廊下から我がクラスを眺めると、まず目につくのが看板だ。

 2m近くあるその木材は何個もの木材片をステープルで合体させたものだが、一目ではそうとわからないようニス塗りやヤスリがけが工夫されている。


 そしてその上に踊るのは――『和風蛸焼喫茶 おくとぱす』という堂々たる筆文字。

 なんか滅茶苦茶達筆だった。


「店名がいくらなんでも安直すぎないかこれ……」


「あーそれ? 店名を話し合う前に赤崎君が勝手に決めて勝手に作ったらしいよ」


 俺の呟きに応えたのは、クラスメイトのショートカット少女・筆橋だった。

 以前はさほど話す仲じゃなかったけど、この文化祭のアレコレを通して多少は気安くなった奴の一人で、元気で裏表のない明るさは男子からの人気も納得できる。


「赤崎君だけじゃなくてみんなかなり頑張ったよねー。おかげでかなり盛況だし私も感無量って感じ!」


「ああ、確かにみんなよくやったよな……」


 俺の最初の計画ではそこまで店のセットに労力はかけないつもりだったのだが、いざ出し物が決まるとクラスメイトたちはノリ良く突っ走り、どこに出しても恥ずかしくないクオリティに仕上げた。


 入り口には立派な看板だけでなく瓦を模した軒先とのれん、そして床に敷かれた赤い毛氈が客を迎える。

 内装は木目調の柱や障子・すだれで和民家風になっており、いつの間にか作られたぼんぼりなどの置物や、紙風船や鶴の折り紙などの小物ワンポイントもセンス良く配置されている。


「しかし凄く盛況だな……満員御礼だ」


 法被はっぴとねじりはちまきを身につけた調理班が忙しくタコ焼きを作り、浴衣を着た女子たちと着流しを着た男子たちが忙しなく給仕をしているが、客はどんどん入ってきて息つく間もないようだ。


「うん、新浜君の読みどおり他のクラスと商品がかぶってないし、大ハズレロシアンタコ焼きも凄く売れてるみたい。ああいうゲーム的なものってお祭りだとやっぱりウケるよね」


「しかしそれにしたって多過ぎのような……? まあいいことなんだけど」


「そうそう、いいことだって! あ、それと業務連絡その1なんだけど、塚本君が彼女さんが転んで膝をすりむいたとかで保健室にすっ飛んで行ったから山平君にシフト入ってもらってるよー」


「了解っと。まあそれくらいならすぐに戻ってくるだろうし、あいつの文化祭デートにも影響ないだろう」


 塚本は準備段階からそこを気にしてたからな。大人の思考としては僅かな青春に美しい思い出を残して欲しい。


「文化祭デート羨ましいよねぇ……選ばれた一握りの高校生しか味わえないレアイベントだよ」


「いいよなあ……まさに青春が爆発してる感じだ」


 漫画やアニメでは定番だが、意中の女の子とキャッキャウフフしながら文化祭を回るなんてリアルではまさに見果てぬ夢だ。


「あ、それと業務連絡その2ね! 風見原さんが新浜君に今からシフト外の仕事をお願いしたいんだって」


「は……シフト外の仕事……? なんのことだ?」


「私も『何それ?』って聞き返したんだけど、『まあ、一言で言うならお礼です』とかよくわからないことを言ってて……とにかく玄関ホールに行けばもう一人お願いしているクラスメイトがいるからそこで話を聞いて欲しいみたい」


「全然聞いてないけど……まあ、そういうことなら行ってくるよ」


「うん、なんか新浜君にとって最重要なミッションとか言ってたよ?」


 ますますわけがわからないが、とにかくそのもう一人のクラスメイトとやらをいつまでも待たせているわけにもいかず、俺は筆橋に別れを告げて1階へ向かった。


 しかし……何なんだ一体……?




「あ! 新浜君! こっちですこっち!」


「え? 紫条院さ――――」


 聞き慣れた声に反応しかけた俺は、言葉を失った。

 なぜなら玄関ホールに着いた俺を出迎えてくれたのは、和装束の天使だったからだ。


(浴衣……紫条院さんの浴衣姿……!)


 俺は意識が飛びそうになる衝撃をこらえ、その艶姿に魅入った。


 桜柄のピンク色の浴衣は少女らしい華やかさを彩っており、紺青に白い桜の模様が散る夜桜イメージの帯が素晴らしいアクセントになっている。


 長い黒髪を結い上げてバックでお団子にしており、いつも隠れている真っ白なうなじがあまりにも眩しい。髪に挿してあるガラスビーズで藤の花を模したかんざしも、やや大人な雰囲気でとても艶っぽい。


(綺麗だ……綺麗すぎる……)


 小野小町もかくやという和美人ぶりに、何もかもが魅了される。

 激烈な感動が胸を満たし、涙すら溢れそうだ。


「ふふっ、文化祭で浴衣を着ることをお母様に話したら、『ならこれを着て行ったらどう~?』ってウチにあったものを貸してくれたんですけど……どうですか?」

 

「ああ、綺麗だ……」


「え……」


「すごく似合ってて、綺麗すぎる………………はっ!?」


 魅了されてピンク色になった脳が心の声をそのまま口から出力していることに気付き、俺は青ざめた。

 し、しまった……つい可愛すぎて頭がバカに……!


「あの、その……あ、ありがとうございます……」


 公衆の面前で俺にキザな台詞を言われたのが恥ずかしかったのか、紫条院さんは着ているピンクの浴衣より頬を紅潮させた。


 ごめん紫条院さん……そんな赤くなった顔も可愛いとか考えている自分がいる……。


「え、ええと! 俺は風見原からクラスの仕事って言われて来たんだけど、紫条院さんもそうなのか?」


「は、はい! そうなんです! 二人でこれを1本ずつ持って歩いてタコ焼き喫茶の宣伝をしてきて欲しいって!」


 照れ隠しを兼ねて尋ねた俺に紫条院さんが見せてくれたのは、さっきから紫条院さんが持っていたプラカードだった。

 『2-B 和風タコ焼き喫茶! 味は6種類! テイクアウト可!』というシンプルな宣伝が書いてある。


(なるほど……あのすごい客の数は紫条院さんがこの玄関ホールでプラカードを掲げて宣伝していたからか……)


 さっきから艶やかすぎる紫条院さんに集まる視線の数が男性・女性問わずものすごい。

 美人、赤ちゃん、動物はコマーシャルの基本だが、ここまでの美貌だとその効果もやはり凄まじいことになるんだな……。


「ん? 二人で宣伝……?」


「はい! 二人でプラカードを持って校内のあちこちを歩いてくる仕事です! 出し物をやっている教室とかにも積極的に入ってアピールして欲しいって言われました!」


 …………あれ? 

 俺と紫条院さんが二人で色んな出し物を見ながら、文化祭を歩き回る……?

 え、いや、それじゃまるで……!


「あ、それと風見原さんからこれを新浜君にって」


「え……?」


 紫条院さんが手渡してきたのは簡素な手紙だった。

 俺は動揺して乱れる心を抱えたまま、それを受け取って広げる。


『紫条院さんとは合流できましたか? はい、お察しのとおり文化祭デートです。私の無能さのせいでゴミみたいな結果になるはずだったクラスの出し物を救ってもらったささやかなお礼です。宣伝なんてそっちのけでイチャイチャしてください』


 ちょ、おまええええええええ!?

 ど、どうして俺が紫条院さんのことを好きだってことを……!


『どうして新浜君が紫条院さんのことを好きだと知っているかですか? ここ最近新浜君をずっと見ていたからとか言えばサブヒロインっぽいですが、まあ普通に二人の勉強会を目撃しただけです』


 み、見られていただと……!?

 俺と紫条院さんのあの勉強会を!?


『いくら恋愛に疎い私でもあの勉強会での新浜君のラブオーラを見れば察します。そういうわけで仕事という口実をプレゼントしますので、ゆっくりしてきてください。ふふっ、私って実行委員としてはアレでしたがキューピッドとしては有能すぎません?』


 手紙はそこで終わっていた。

 まあ、その、なんだ……言いたいことはいくつかあるが……。


(ありがとうっっっ!! ありがとう風見原! マジのガチで有能だ……!)


 お前ってば『自分より仕事できる人がいると矢面に立ってもらえて実にありがたいですね。おかげで私は秘書的なポジションでいられます』とか笑顔で言ってアドバイザーの俺にクラスの指揮を丸投げしていたけど……全部許した!


「あの、風見原さんからの手紙は何て書いてあったんですか? アドバイザーの新浜君しか読んじゃダメって言われたので中身は見てなくて……」


「あ、ああ! 一人でも多くの客をウチに誘導するために、クラスの代表としてプラカード持って他の出し物に突撃してこいって! でも妨害と思われないようにあくまで客として行くのは忘れずにってさ!」


「わあ、それは重要な仕事ですね! ふふっ、私もしっかり頑張ります!」


 純真無垢な紫条院さんが、俺の言葉をすぐに信じてテンションを上げる。

 うーん、このピュアさよ。


「それじゃあさっそく行きましょう! 私、どうせなら色んな出し物に行って楽しんでみたいです! あ、焼きソバは絶対食べますよ!」


 浴衣姿が美しい少女がお祭りのワクワクに花咲くような笑顔を浮かべ、俺は周囲の喧噪が聞こえなくなるほどに魅入ってしまう。


「ああ、そうだな……せっかくだから楽しもう」


 そうして、俺たちは連れ立って歩き出した。

 プラカードを免罪符にして、ただ純粋にこの文化祭を楽しむために。


 ああ、この1日は――前世と違って忘れられない日になりそうだ。

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