第11話 成績が上がったら憧れの少女に勉強を教えることになった件


(お、あったあった。順位は……10位か。過去に戻ってから一ヶ月しか勉強期間

がなかったにしてはよくやったほうだよな)


 うちの学校はテストのたびに成績優秀者の名前と順位を廊下に貼り出しており、そこに掲示されていた結果に俺はそれなりの満足感を味わっていた。


「えっ、ちょっおい! どうなってんだ新浜!? お前中間テストベスト10に入ってるじゃねーか!」


「ああ、割と勉強したしな」


 参考書を広げて勉強なんて本当に久しぶりだったが、高校レベルの勉強はやればやるほど結果が出るのがいいところだ。


「いや、何をさらっと言ってんだよ! というか俺と一緒に真ん中より下をウロウロしていたお前はどこ行ったんだ!? この裏切り者ぉぉ!」


 テスト結果に喜びや悲嘆の声が入り交じる騒がしい廊下で、銀次はキレ気味に叫ぶ。どうもこいつの点数はかなり悪かったらしい。


「別にお前と一緒に平均点以下同盟を組んだ覚えはないぞ。今回はたまたま勉強する気になれる日が多かったんだよ」


「クソが! 最強系主人公みたく『こんなの大したことないよ』的なこと言いやがって! 俺はこれでお袋にめっちゃ怒られるのが確定して――」


「わぁ……! すごい! すごいです! 新浜君こんなに勉強出来たんですね!」


 いつの間にか隣に来ていた紫条院さんが目をキラキラさせて俺を褒めてくれた。


 それは嬉しいのだが――その一言で周囲のざわめきがピタッと止まったことに彼女は気付いていない。


「いやいや凄くないよ。前回は赤点ギリギリでかなりヤバかったし」


「いえ、すごいです! 私なんか張り出し順位外のかなり下で……」


 がっくりと肩を落とす紫条院さんの唯一の弱点が勉強であり、いつも平均点ギリギリだったはずだが今回はさらに悪かったらしい。

 

「お、おい……! どうして紫条院さんがお前に……こうっ……近いんだ!?」


「ああ、図書委員で一緒なんだよ」


 やや混乱した様子の銀次が俺に耳打ちしてくるが、周囲の目もあるのでさらっと無難に返す。


「あの……それでちょっとお願いがあるんですけど……」


「お願い?」


 言いにくそうに紫条院さんが切り出す。


 周囲からチヤホヤされがちな紫条院さんだが、何でも自分の力でやろうとする傾向があるので頼みとはまた珍しい。


「その……えっと……ライトノベル禁止令から私を救って欲しいんです!」


「へ……?」




「実は……最近たくさんライトノベルを読むようになって……おかげでめっきり成績が下がってしまったんです……」


 時は放課後。

 俺たちの他に誰もいない教室で俺は紫条院さんから昼間の説明不足な頼みの補足説明を受けていた。


「それでお父様から『次の定期テストで総合平均点を超えないとあの漫画みたいな小説は禁止だ!』と言われてしまって……」


「え……そんなに読んでたのか? 月何冊くらい?」


「ええと……40冊くらいです」


「多過ぎだろ!? そりゃ禁止令も出るよ!」


 そんな数を読んでたら勉強がおろそかになるのは当然だ。

 まさかそこまでハマっていたとは……。


「はい……ついつい熱中してしまいました。完全に私が悪いんです……! おかげで最近授業中もフラフラして板書もまともに出来ていないで、テスト前もろくに勉強できませんでした! 恥ずかしくて穴があったら入りたいです……うう……」


 いつも笑顔な紫条院さんは珍しく凹んでおり、がっくりと肩を落としていた。

 本人には悪いが、そんな姿もまた小型犬がしょんぼりしているようで新鮮な可愛さがある。


「けど……真面目な紫条院さんにしては意外だな。時間も忘れてハマってしまうなんて」


 紫条院さんはぽやぽやしているようで非常に生真面目で、趣味にハマりすぎてやらかすなんてらしくない。


「そんなことないですよ。集中力の問題で勉強は苦手で……机に向かう決心がつかなくて雑誌をめくったりしている内に時間が過ぎて『うわー! 私ったらなんて愚かなことを!』と自己嫌悪……なんてこともよくあります」


「そうなの……か?」


「そうなんですっ。私のことを何でもできるなんて言う人もいますけど、私はそんな理想の人間からはほど遠いです。人一倍勉強しないとすぐ授業がわからなくなるし、休みの日にはうっかりお昼まで寝ちゃうし……」


 普段から特別視されることに不満があったのか、むー、と頬を膨らませて見せる紫条院さんがとても可愛い。


「隠れポンコツ属性まであるなんて……俺の理想の人がさらに魅力的に……」


「? 何か言いましたか新浜君?」


「あ、いや、なんでもないよ。それでつまり、俺に勉強を教わりたいってことでいいのかな?」


「はい、そうなんです! 本当にこんな理由で恥ずかしいんですけど……恥を忍んでお願いさせて頂きます!」


「え、いや、頭なんか下げなくていいから! 俺なんかで良ければいくらでも教えるから!」 


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 俺が承諾すると、紫条院さんは救いを得たように顔をぱぁっと輝かせた。

 ああもう……そんな子どもみたいに純粋に喜ばないでくれよ可愛いから。


「でも、なんで俺に? もっと頭が良い奴もいるし誰だって紫条院さんが頼めば喜んで勉強を教えると思うけど……」


「え? いえ、確かに他に成績が凄い人はいますけど……大して親しくもない私がいきなり勉強を教えて欲しいなんて言っても困るだけでしょうし……」


 相手が男である限り、紫条院さんから頼まれれば誰しもテンションMAXで引き受けると思うが……やはりまだ自分の魅力を正しく認識していないようだ。


「それに――並んで勉強するのによく知らない人と一緒だと気が休まらないです。その点新浜君は一番親しい男子で私より賢くて、とても安心できます」


 辛うじて真顔を保ったが、『一番親しい男子』のあたりでハートが撃ち抜かれて、心奥から爆発する歓喜を抑えるのに膨大な理性を要した。


 いいぞ……いいぞぉ……! 好感度は着実に上がっている!


 本人はおそらく全くラブの意識がない発言だろうから浮かれてはいけないが、心が喜びに舞うのがどうしても止められない。


「ん、んんっ……! そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあ早速やっていこうか」


 後を引く心の乱れを無理矢理押し込めて、俺はさも余裕のあるように振る舞ってみせ――


「はい、それじゃお願いします『先生』!」


「ぶほっ……!」


 純真無垢な笑顔で言われた『先生』の響きに、心はまたも激しくシェイカーされてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る