茶色の便箋

佐々木実桜

『拝啓、君へ。』

大好きな友達に、お世話になった先生方に、思いを込めて綴った手紙。


三年間を思い返しているうちに零れた涙を拭いながら、少し震えてしまった字を笑いながら。


「楽しかったなぁ、三年間」


色々あった。本当に、色々。


みんなに話したいこともできたし、他人には言えない秘密もできた。


失った語彙力で言うと、単純に「濃い」高校生活だった。


色んな事に興味を抱き、色んなことで傷つき、色んなことを学んだ。


夢にも出会えたし、とにかく、間違いなくかけがえのない日々だった。


そんな日々を彩ってくれた友人や先生に感謝の意を込めて書き始めた手紙だった。


便箋は昨日のうちに買ったもの。


無地の茶色の便箋。


ちゃんと数えて買ったはずが、全員に書き終えたのに一枚だけ、余っている。


誰かを忘れていることはきっと、ない。


あるとすれば、無意識に誰かを数えてしまっていたことくらい。


誰か。


私の高校生活を彩ってくれた、誰かがいるとするならば、それは。


「書いても、いいのかな・・・」


私の高校生活を描くとするなら、絶対に欠かすことはできない存在。


三年間、片思いし続けた人。


「書くだけならきっと、大丈夫だよね。」


私はペンを握り直し、震えないよう必死に綴り始めた。




「やばい、卒業の実感ないよ~」


「もう当日やん、きついって」


アホ毛が立たないように精一杯整えた髪は外に出たとたん風に吹かれて崩れてしまった。


少しでも可愛く見えるように、でも怒られない程度に、化粧をした。


「気合入ってるやん」


友人にはそういわれたけど、気合は入るだろう。


大好きな人たちに会える、最後の日。


もう会わないだろう人もいるんだから、気合満タンだ。


クリーニングしたての制服も、着るのは今日で最後。


入学当初はダサくて着ていられないなんて思っていたが、三年も着ていれば愛着が湧いてくるものだ。


式は、滞りなく行われた。


途中から、涙があふれてしまった。


せっかくの化粧も涙で腫れた目と浮腫んだ顔に負けてしまった。


それでも涙は止まらなかった。


解散の合図とともに各々写真を撮り始めた。


「な、写真撮ってくれへん?」


勇気を振り絞ったら、声が裏返ってしまった。


「ええよええよ、ここでいい?」


「うん!」


「お、写真撮るんか、俺撮るで!」


私の気持ちを知ってくれている彼の友人は少し茶化しながら写真を撮ってくれた。


「もうちょい寄って寄って!」


当たった肩から伝わる熱で今にも燃え尽きてしまえそうな、そんな気持ちだった。


「お、めっちゃお似合いやん!流石他県組!」


茶化された言葉にふと現実に呼び戻された。


他県組。


そうだ、私も彼も、別の県に引っ越してしまうから。


「ねぇ、」


「ん?」


ポケットには、宛名の記されていない茶色の便箋。


「ううん、なんでもない!三年間ありがとうね!」


「こちらこそありがとう、めっちゃお世話になった気がする」


そういって笑った彼は、誰かに呼ばれて去ってしまった。


茶色の便箋は、ポケットに収まったまま。


そうして、私は学校を出てしまった。


駅につくと、向かいのホームに彼はまだ居て、そして、私がついた瞬間に電車が来て、今度こそ、終わった。


終わってしまったのだ。


私の三年間の恋はこうして幕を閉じた。


続いてきた電車には乗れなかった。


乗れる顔ではなかった。


友達はそんな私のそばで、ただ話を聞いてくれた。


「ずっと、好きだったもんね」


その一言で涙腺は決壊してしまった。


あぁ、終わってしまった。


短い人生の中で、これほど好きになれる人はきっともう現れてはくれないと思うほどの人だった。


「好きだったなぁ」


本当はだったなんて使いたくない。


だけどこの恋はここで終わらせなければいけない。


手紙のこと、友達には言わなかった。


「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる。流石に今の顔で出かけれへん」


少し笑いながら紡ぎだした言葉を信じてくれたかは分からない。


それでも送り出してくれた友達に感謝しながら、駅のトイレに向かった。


着いてもなお流れる思いの粒にうんざりしながら、ポケットから取り出した思いをのせた紙切れを一人、破り捨てた。


『ずっと、好きでした。』










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