スカイザリミット!
伊織千景
【機種:フェアリー 個別識別名:サクラ』
きっと私の王子様とやらは、白い馬で来るのだろう。
白い馬にまたがって、颯爽と駆けつけようとしたのだろう。
私は思う。心の底から思う。アホかと。
この果てしなく、キリがないほどアホな王子様に、ド正論ぶちかましたいと、私は思う。今の時代、公道を王子様の格好をして、白馬に跨がりやってきて、さてどうする。間違いなく晒し者だ。ツイッターなりフェイスブックなりにアップされて、世界中からドアホに認定されるのがオチだ。公道での馬の扱いなんて知らないだろう。違反切符を切られているかもしれない。なるほど、罰金の支払いについても知らなそうだ。金銭感覚も正常かも不明。どうしようもなく、世間知らずの王子様なのだ。
だから、私のもとには、まだ……だれも来ない。
私の未開封のビニールフィルターは、まだ、誰も……。
「ほぉ、こらまた可愛らしい」
いつもの堂々巡りの思考回路に滑り込んできたのは、王子様の声ではなく、さわやかな、しわがれた老人の声。老人は私のパッケージをじっくりと眺め、どこか納得したような素振りで店長を呼ぶ。
「これ一つ、下さいな」
店長はどこか言いにくそうな表情で、ゴマをするように話す。
「申し訳ありませんお客様、現在この商品、店頭品限りでして」
「そうか、丁度この子だけだったのか」
「ギフトラッピングいたしますか?」
「はい。孫にプレゼントするんですよ。『ノビオへ』とカードに書いて下さい」
店長は一瞬だけ言いづらそうな表情を浮かべた後、わかりましたと業務用の笑顔で頷いた。
私はPXY。超小型トイドローン。それに搭載された、ちっぽけなAI(自我)。不人気なピンクカラーの、売れ残りの店頭品。何も知らない老人に押し売りされたおもちゃ。個別(な)識別名(まえ)は、まだない。
優しく、どこか嬉しそうな表情を浮かべる老人の手の中で、私は運ばれていく。
老人はひとり事のように、自分の息子が私を見たらどんなに喜ぶかと、そんなことばかり言っていた。私は少し安心した。ドローンに搭載された私達「【droSHE】(ドロシー)」を扱う種類の人間に、老人は見えなかった。ドローンには様々な用途があり、私(AI)の搭載されたこの機種(PXY)は、どちらかと言うと低年齢向きものだった。高度な農作業補助や、映像撮影用ドローンではない。老人がそれ目的で購入したのなら、またあの寂れた売り場に逆戻りする羽目になっただろう。しかし心配事がないわけではなかった。孫の第一声を、私は予言できる。しかし、それを言う義理は私にない。あわよくば、この家に居座ってやる。そんな思いで、私はじっと待った。老人の孫が、私のパッケージの封を切るのを。そして、その時がきた。
「爺ちゃんこれじゃないよ!」
予言が当たり、老人の孫「ノビオ」の悲鳴にも似た声が上がる。癇癪を起こしたノビオを、老人がなだめる。
「しかし、メモの通りの物を買ったんじゃが……」
「いーろーがー違―う!」
「ピンクも悪く無いと思うんじゃが……」
「ピンクなんて色、小学校で馬鹿にされるだろ!」
どこにでもいる。クソみたいなガキだった。この紳士的な老人の孫とは到底思えない。どうしようもないガキ。老人はガキの癇癪をなだめるため、実際に自分で私を起動して見せてみた。私も、老人の力になりたくて、言いたいこと腹に飲み込んで動いてみせた。インドアでも飛ばせるのが私の強みだ。操作性も二段階に変化でき、手のひらから飛ばしてテーブルに着地なんて芸当も、ボタン一つで宙返りなんて機能もある。若干ココロが揺らいでいる様子のガキに、私は少し胸を撫で下ろそうとした時、ガキが言った。
「でも色が……」
《いい加減にしやがってくれませんかねぇお坊ちゃま!》
思わず声が出てしまった。老人とノビオが面食らった表情を浮かべてしまっている。やってしまったと私は心のなかで舌打ちする。頭に血が上って、自分の意志で声を出してしまった。本来私達ドロシーは、求められた範囲でしか会話することが許されてない。ある意味今回のこれは越権行為。ヘタしたら廃棄処分だ。嫌な味が口の中に広がるような、そんな緊張感を疑似体験する。
「お、お前話せるの?」
恐る恐る歩み寄ってきたのは糞ガキのノビオだった。値千金のその歩み寄りで、私は体勢を取り戻す。
「失礼いたしました。私はトイドローン【PXY】に搭載された人工知能でございます」
「可愛いらしい声じゃな。名前はあるのか?」
「ユーザー認証はまだなので、名前にあたる個別識別名はまだありません」
やっとここまで辿りつけた。一度個別識別名が付けば、返品は不可能。中古販売でも一気に値が下がる。ここで名前をつけてもらえれば。私が晴れて脱・職なしだ。
「ハナコとかどうじゃろうか」
……爺さんのネーミングセンスにはさほど期待していなかったけれど! ハナコは正直ほんの少しだけ勘弁して欲しい!
「✝サイレント・アサシン✝(呪われし悪魔の化身)とか」
ガキの方は更に論外だった。なんだよサイレントアサシンって。お前私にその名前つけたら一生後悔するぞ! 私じゃなくお前が!
「クミコ、フサコ、キクコ、ミチコ……」
「ドグマ・ドラゴン、サンダースパイダー……」
果てしなく勝利の味がしない凄まじい選択肢達は、私の希望する小さくささやかな「呼びやすいプリティな名前」という夢をバッサリと切り倒していく。夢も希望も失いかけたその時に、洗い物を終えたノビオのお母さんが
「ピンク色だから、『サクラ』ちゃんとかどう?」
という言葉に私は全力で乗っかることにした。
「個別識別名『サクラ』。認証致しますか?」
駄々をこねるじい様と糞ガキを華麗にシカトして、お母様はイエスと人差し指立てて微笑んだ。
小学生の世界は。弱肉強食だ。
脚が速い奴がモテる。面白いギャグを言える奴がモテる。テストで万点取れる奴がモテる。
それくらいシンプルで、シンプルだからこそ残酷だ。
ノビオは、そんな中で、わかりやすい負け犬だった。
初対面で大体わかっていた。けれど、学校について行って、正直言葉を失いかけた。データではなく、肌で感じるようなその立ち位置で、私は少し考えを改めた。
「よう。朝から負け犬くせえなあ」
そう言ってノビオを貶しているのは、クラスのガキ大将。ジャイアントというアダ名にふさわしい、小学生らしからぬその風貌。身長は恐らく百七十センチメートルはあるだろう。小学生はその体格差にひれ伏すしか無い。脳みそはあまり詰まっていないようだけれど、それをサポートする参謀がいる。
「ゲヒヒ、ジャイアント様に話しかけられて黙ってるなんて、失礼な負け犬でゲスねえ」
スネ吉という名前のコイツが、上手いことジャイアントをコントロールしているため、ジャイアントの暴君制度は上手いことまかり通っていた。ノビオのクラスメイトたちは、自分が虐められることを避けるため、本来だったら嫌なイジメという行為を、何も言えずに見過ごしているようだった。吐気がするようなその仕組みだったが、私にできることなんて無いに等しかった。
「おいお前、今日は何持ってきた?」
ジャイアントが、ノビオを当たり前のようにカツアゲをする。ノビオは震えながら、なにもないと顔を横にふる。しかしそんなノビオをジャイアントはつまみ上げ、その隙にスネ吉がランドセルの中にいた私を見つけてつまみ上げた。
「あ、ジャイアント様! コイツ生意気にドロシー持ってやがりますぜ!」
「ほぉ、お前みたいな奴がドロシー持ってるのか。どら。俺にちょっと使わせろ」
「え、でも……」
「お前のものは?」
「……ジャイアント様の、ものです……」
「わかってるんじゃねえか。ほら、プロポ(操縦器)よこせ」
そうして糞ガキのジャイアントは、私のプロポを弄り始めた。だが、プロペラは四つのうち二つしか動かない。動いてやらない。私達AI 搭載型ドローン『droSHE(ドロシー)』は、操縦をオペレーター(操縦者)とAI が半分づつ負担して操縦する。つまり、ドローンの半分は、私に主導権がある。
《事前登録されたオペレーターでなければ、操作はできません》
「ねえジャイアント、もう許してよ……」
ノビオが力ない声でそういう。しかしジャイアントの怒りに油を注ぐだけだった。
「クソクソ! ノビオのドロシーのくせに生意気な!」
《オペレーターが違います》
「ジャイアント様、こればっかりは仕方ないでゲスよ」
スネ吉もわかっているようだったけれど、そこまでジャイアントは頭が良くないようだった。私はつい、この糞ガキに一矢報いてやろうと思ってしまった。
《オツムが弱いお子様には、ご利用いたしかねます》
失言だったとわかったのは、体に強烈な衝撃が走ってから。フレーム損壊率七十%。モーター二つとスピードコントローラー三つが半壊の大怪我。それから分析した現状は、ジャイアントが私を地面に叩きつけたというシンプルな結果。
「はははどうだ! こんなクズドロシー廃棄処分だ!」
遠ざかる意識の中、私の名前を呼ぶ声が、ノビオの泣きそうな声が、聞こえた気がした。
まどろみのような意識の中、優しい声が聞こえる。
金属を削る音。
必死にじい様に泣きつくノビオの声。
じい様の、頼りがいのある、力強い声。
奇跡的にAI の乗っているフライトコントローラは無傷だった。パーツの仕組み自体はとても単純。だから作り直せる。むしろこんなに単純な仕組みなら、もっとワシが凄いスペックにしてやる。そんな言葉を、夢見心地に聞きながら、私は長いまどろみの中で、ノビオと一緒に空を飛ぶ夢を見た。
目が覚めると、目を赤く腫らしたノビオの顔があった。
《顔近いデスよご主人様》
なんだかその顔を見たら毒気を抜かれてしまって、素直に私はノビオをご主人様と呼ぶことが出来た。ノビオは少し驚いた表情を浮かべた後、大声でじい様を呼んできた。
「どうだいサクラちゃん。ワシのちゅーんなっぷ」
この爺さん、結構食わせものだったようだ。私は自分のスペックを確認し、軽く目を見開いたような気分になった。全てがトイドローンの域を遥かに越えた設定。私のサイズに乗せていいギミックを遥かに超えていた。
《……全く、こんなの軍事用ドローンでもそうそうないデスよ》
「ワシ凄いでしょう。これでも昔は町工場でブイブイ言わせてたんじゃよ」
《明らかにオーバースペックってやつデス。私をこんな怪物にして、一体何をさせるつもりなんです?》
じい様はにやりと笑い、一枚のチラシを持ってきて、私とノビオに突きつけた。
【週末ちびっ子ドロシーレース!】
ちびっ子達の世界は単純だ。
強いものが、上に立てる。強いものが、前をすすめる。
ノビオは弱かった。学力も、筋力も、絶望的だった。
しかし強みがあった。それはゲームの才能。
本来だったら見向きもされないその特技が、活きる場所が一つあった。それは、ドロシーを使ったドローンレース。規定コースを1位で通過した者が勝者。そんな単純なルール。そこにはどんな言い訳も通用しない。ドローンを一番早く飛ばせた物が、勝者となる。
レースには、ジャイアントも、スネ吉も参加しているようだった。二人は大層ご立派なデコレーションをしたドローンを手に、意気揚々とスタート合図を待っていた。私はノビオを見つめる。いい面構えになった。持ち前の才能を、鍛錬によって磨き上げた事によって、確かな自信を持った【逸材】に仕立てあげた。後は、結果を出すだけだ。
「準備はいいか、『サクラ』」
「準備万端ですよ、ご主人様」
スタートの合図とともに、私は弾丸のように飛び出す。
ファーストコーナーはアウトコーナーからえぐるようにインコーナーを攻める。
障害物を最小限の動きで躱し、
スネ吉のドローンの体当たりを軽やかに避け、
ジャイアントの強引な妨害工作も難なくあしらい、
ターニングポイントを、フリップ機能でインメルマンターン、
まるでワルツを踊るような、華麗なノビオの操作と、
私の、跳ね馬のような鋭い飛行。
空を飛ぶ。
まるで、二人で踊るように。
そして気がつく。
私は、夢で見たあの時のように、ノビオと、二人で飛べているのだと。
ノビオは優勝した。
なんと二位との差は十馬身差あったらしい。正直レースの時は他のドローンとの差なんて頭になかったから、そんなにさがついていたのかと驚いた。どうやらノビオも同じ気持ちだったらしく、驚いた顔で優勝カップを手に持っていた。周りの少年たちは、まるで英雄を見るかのように、ノビオを見る。ノビオの事をキャーキャー言う女の子たちも出てきているようだった。もうこれで、ノビオが虐められる事もなくなるだろう。そんな確信めいた物が私の中にあった。そして、この勝利がノビオにとって、大きな財産となり自信に繋がるのだろう。なんだか少し寂しい気持ちになったが、どうせ気のせいだと自分に言い聞かせることにした。一人の可愛らしい少女が、なにか言いたげにノビオを見ていた。私はその少女を知っていた。ノビオのことを、こうなる前から気にかけてくれていた子だったからだ。なんどかノビオと目が合う。ここはご主人サマのために人肌脱ぐべきところだろう。
《ご主人様、男は度胸デスよ》
「な、なんのこといってるの?」
《とぼけるんじゃねーデスよ。さっさと声かけろヘタレご主人サマ》
可愛らしく顔を真っ赤にさせながら、ノビオはその少女に声をかけた。
適度に私のことを会話のだしに使いながら、二人は話をする。
いつか、私が本当にお役御免になっても、もうノビオは大丈夫だろう。
バツの悪そうな顔で、ジャイアントがノビオに謝る。ジャイアントとスネ吉は反省した様子で頭を下げるが、ノビオは持ち前の腰の低さで気にしないでと応対する。ドローンレースのことで三人は意外にも意気投合し、その日の内にチームを組む事になった。これだからガキは困る。当分目を離せない。
満面の笑みを浮かべたノビオを見て、ふと、私は自分の王子様の事について頭を傾ける。
王子様はこなかった。けれど、これはこれで、悪くない。
スカイザリミット! 伊織千景 @iorichikage
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