※7交代?※

11月11日 時間は7時30分を少し過ぎた頃。


「•••そろそろ黒岩隊長起こした方がいいかな?」


井上は中村にそう聞いた。


「そうですねー。反対番も来ますし。そろそろじゃないですか?行ってきますよ。」


フットワーク軽く中村がそう答えた席を立とうとした瞬間井上は間髪入れずに言った。




「大丈夫。言い出したのは俺だから言ってくるよ。」



井上は1階の車庫のすぐ裏にある救急隊仮眠室まで向かった。


ここの消防署は消防隊と救急隊は別々の仮眠室をあてがわれていた。


消防隊は事務所のすぐ側の仮眠室。

救急隊は1階の車庫側の仮眠室。


救急隊の出場件数が消防隊に比べて多く、いつでも寝ている時でも素早く出場出来る様になのかその配置になっていた。この消防署ができて49年ほど経過するがその当時から変わらず件数が多いということなのか。




井上はできる限りのんびり階段を降りていった。


仕事中とはいえ寝ている人を起こすのはなかなか気が向かないものであった。



ガラガラガラ。



仮眠室のドアを開けるとそこには朝出勤してきた反対番の松田智之係長と会話をしていた。



「おはようございます。」


井上はそう、声をかけた。


「おう!おはよう!」


松田係長はそう明るく答えるとまた、黒岩隊長との会話に戻っていった。


黒岩隊長は少し前には起きていたのだろう。





井上と目線を合わせると少しその表情を変え自分を起しに来たのだろうという事への返信をした。




(•••大丈夫だったな。事務所に上がって残りの仕事でもやるか。)


井上はそんな事を思いながら仮眠室を後にしようとした。



「あ、井上ちょっと待って。」


黒岩はそう言って声をかけた。


「これで何か飲んでてよ。書類やってもらって悪いね。」


そう言いながら、黒岩が長年愛用しているであろう、黒の小銭入れを渡してきた。


「ありがとうございます。黒岩隊長は何飲みますか?買っておきますよ」


「おぉ。ありがとう。そうしたら、温かいブラックコーヒーにでもしようかな。」



「わかりました。事務所に置いときますね。」



井上は軽く頭を下げて仮眠室を出て行った。

消防は24時間の勤務のため、上席者がよく飲み物を奢ってくれる事があった。

給料の安い下っ端にとっては非常にありがかった。

特に忙しい夏場などは飲み物をかなり欲する。


職場に戻って来れば持参した飲み物等々あるのだが、出場が連続したりすれば飲み物を買って飲む時間や暇などなく、合間合間をみてうまく休憩を取る必要があった。



井上は事務所に上がると中村に声をかけた。



「隊長から。何飲む?」



「あ!買ってきますよ!」


中村は目線をモニターから外さずに答え、すっと席を立とうとした。



「大丈夫だよ。仕事、続けててよ。•••んで何飲む?」


「すみません。そしたらダイエットコーラいいですか?」



「•••はいよ。」



事務所の別の出入口。来客者の出入りするドアを出てすぐのところにある自動販売機向かった。



井上は迷わず、温かいブラックコーヒーとダイエットコーラを買った。



ガコン!ガコン!


自動販売機は大きな音を立てて飲み物を、吐き出した。




(さて。何にするかな。)



代わり映えのしない自動販売機のラインナップに悩む。

毎日のように購入しているためかなり飽きてきており、何を飲むか悩む。



ガコン!



自動販売機は最後に温かいブラックコーヒーを吐き出した。


結局、いつも同じ。


悩んでも、飲みたい物や好みが変わるわけでもなく、結果悩む時間がもったいないだけであった。




「•••買ってきたよ。」


井上はそう言って中村の事務所にそっとダイエットコーラを置いた。



「ありがとうございます。」


「飲んでから再開しようよ。」


井上は中村にそう話しかけながら、自席に座りコーヒーのプルタブを上げた。



「はーい。」


中村は背もたれに大きく背中を逸らし、ダイエットコーラをの蓋を回した。



プシュー!!!


炭酸の抜ける心地よい音が人気の少ない事務所に響いた。



「朝からよく、コーラなんて飲めるなー。」


井上なコーヒで身体を満たしてからそう、中村に声をかけた。


「えー?でも、このコーラカロリーもないですし真っ黒だからブラックコーヒーみたいなもんですよ。一緒!」



へっへへへ


と中村は笑いながら答えた。




「なんだかよくわからんよ。」




井上はそんな中村のお調子者感をよそ目に仕事に戻った。




それから、パソコンと格闘しながら書類作成をしながら、他の事務処理も続けた。


少しづつ他の職員が事務所に上がってきて申し送りの準備やら帰宅の準備をし始める。


そして、本日勤務の職員も出勤してくる。

朝のこの時間が一番職員の人数が多い時であった。



救急隊の5人の席の隣は救助隊の席であった。

救助隊は片班10名の大所帯。

全員が同時に勤務することはないが大体、7,8人はいる。

それが両班となるとかなり多い。

それにあの目立つオレンジ服。


かなり威圧感があった。


実際、救助隊はかなりの体育会系、序列がはっきりしてきた。


井上がはそんな救助隊を見ながら歌複雑な感情をいつも持っていた。




「おはよう。書類悪かったね。」



黒岩は身だしなみを整えてやっと事務所に上がってきた。


「何か残ってる?あればやるよ。」


救急係長席に座りながら自席のノートパソコンの画面を開きながらそう2人に聞いてきた。



「何にもないですよ。このままなら、定時に上がれますかね。」



井上はチラッと黒岩の方をみてそう答えた。


「そうか。いつも悪いね。ありがとう。」


そんなやりとりをしていると1班の松田智之係長が事務所に上がってきた。



「おはよう!」


手に少し大きめな手帳を持ち、特徴的な黒縁の眼鏡をかけて少し大きめな声で事務所に入ってきた。


身長はどれくらいだろ?180cmは無いだろうけど、その恰幅の良さからかなり大きな印象を受けた。



「おはよう。まっちゃん。なかなか、疲れたよ。」


黒岩は松田の顔を見るとまいったね。

というような表情をして話しかけた。



「忙しかった?何件?」


「9.3の12件?だったかな。まいったよ。夜も全然寝られなかったからな。」


前に聞いた話だと2人は同期の同い年らしい。

同期が反対班にいると何かと仕事もやりやすいだろう。

いつも2人は朝仲良く話をしていた。




時間は8時5分過ぎ。




(••••さて、あとは車両の運行日誌を書いて。)



運転手である機関員は車両の運行の記録もつけるのが決まりになっていた。


運行日誌。


大切な書類の一つであったか出場件数が多くなればなるほど、自筆で書く量が増え非常に負担になる書類であった。



(どこから書いていなかったかな?)



井上はそう考えながら運行日誌を、書こうとした瞬間。





「ピーポーピーポーピーポー!!!

救急中央1救急出場。中央区西町1丁目。救急急病。

救急中央1救急出場•••」




事務所にけたたましい指令トーンと一緒に女性の無感情な合成音声が救急隊の出場を告げる。



「くろゃん!大丈夫。こっちでいくよ。みんなもう上がってくるところだったし。」

松田はそう満面の笑みで言った。


松田のその一言がなにより嬉しかった。

本来の勤務時間は8時30分。



ただ、勤務隊の資機材の準備やらてんけんやらあったので、こさそれぞれの交代時間はそう少し早めに設定されていた。

それは決まり事というよりは、ローカルルールのようなものであった。



消防隊、救助隊の交代時間は8時20分

救急隊の交代時間は8時15分

ただ、これもケースバイケースによると。




「いいのー?ちょっと早いけど。」


「大丈夫。車両の鍵だけもらうよ。」


「ありがとう。助かるよ。」


黒岩はそう答えて自分の右腰に付いている救急車の鍵を外して松田に渡した。




中央市消防本部に置いて、現場活動隊の救急隊員は各自車の予備鍵を、持っていた。

それは現場活動の際に車両を離れる際、アイドリングをしたまま施錠をして傷病者の近くに行くためであり、盗難防止等々の安全対策であった。



「そしたら、個人装備だけ下ろそうか。」


黒岩はそう笑みを含んだ笑顔で言った。


「はい。」



井上と中村は同時に返事をし、そのまま車庫につながる階段を小走りで降りていった。



「こっち番でいくよー!!みんな大丈夫??」



一足先に車庫にいた松田は自分の個人装備を救急車に積み込みながら今日の救急隊のメンバーに行った。



今日の1班のメンバーは

係長の松田 智之(まつだ としゆき)

機関員は主査の木村 剛(きむら つよし)

隊員は主事の斉藤 直也(さいとう なおや)というメンバーだった。


他の2人は交代前であったが、こんなこともあろうかともくもくと準備をしていた。



井上は運転席の個人装備を下ろしながらすぐ近くに自分の装備を持って待機していた、木村に声をかけた。



「木村さん。いつもすみません。ありがとうございます。」



「なに!大丈夫だよ。お高い様だし。でも、明日忙しかったら交代前頼むね!」


木村の色黒の肌からわざと歯を見せるようにニヤッと笑い応えた。



「もちろんです。ありがとうございます!」



木村は現在39歳。話によると20歳から救助隊員であり、35歳の時に肩を怪我してから救急隊を目指したのだとか。

その後に、救急救命士の資格を消防署で取得して現在、消防司令補という階級でいる。

経歴をみるとかなり優秀な人であった。




8時7分


井上がチラッと見たでデジタルの腕時計が時刻を示していた。

なかなか早いな。




ピーポーピーポーピーポ!!!!!



隊員を入れ替えた救急車が甲高い音を鳴らし赤色灯を辺りに反射させながら出場して行った。




ふーっ••••



井上はその出場する救急車を見送りながら大きく息を吐いた。


仕事中、それこそ出場待機中となる。

いつどんな時でも救急車の要請があれば出場する。

そんな緊張感を持ちながら24時間の勤務をしているとかなり疲れる。


勤務時間はまだ残っているものの、出場車両の隊員を交代した後はかなり気持ちが落ち着き、疲れがどっと押し寄せてくるものだった。



さてと、残りの仕事をしないと。

明日も仕事をだから早く帰りたいなぁ。



井上はそんなことを考えながら車庫から事務所につながる少し長い階段を登っていった。

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