※4ある消防署の話※
「・・・ふー。」
井上 直紀はこの日の当務の9件目の救急出場を終え自らが運転する救急車の運転席で一息ついていた。
外は暗く救急車を停めている駐車場には他には一台の車もない。
少し離れたところにある横断歩道の信号機の点滅をぼーっと見つめていた。
11月10日。時間は23時30分を少し回ったところ。1当務が朝8時30分からの24時間勤務なので残りはあと9時間ほど。
出場したら所属する消防署に帰るまでが・・・とは言うものの救急隊は忙しく消防署に無事に帰るとは限らず、傷病者を医療機関に搬送後、医療機関の駐車場で一服することが多々あった。
トントン・・ガチャ。
駐車してある救急車をノックしてからすぐに助手席のドアを開け乗り込んでくる男がいた。
「・・・終わったよー。」
黒岩 康。彼は井上が所属する中央消防署第2班救急係の係長であった。
見た目は小柄ではあったがその風貌は今年45歳になろうというものを感じさせず、エネルギッシュな人であった。
「お疲れさまでした。」
出場した事案の傷病者を医療機関に搬送し、その医療機関医師より傷病名等々一筆もらって事案が完結していた。
その書類を消防署に帰ってデータ化して決裁をする。それが救急出場の一連の動きであった。
「隊長。傷病名は胃腸炎ですか?」
救急車の後方より、身を乗り出して聞いてくる若者がいた。
中村 宏幸。彼は高校卒業と同時に消防職員として採用され現在の4年目の職員。
その後、県の消防学校が行う救急課程を修了し、救急標準課程として救急隊に配属されていた。
救急隊員歴はまだ1年目という職員だった。かれは救急隊として経験を積み、救急救命士を目指すつもりであった。
「そうね。この時期にあの症状だしね。」
黒岩隊長は軽く首をストレッチするように首を回してから、書類を中村に渡した。
「・・・さて帰ろう。」
黒岩は間髪いれずに言葉と一緒にシートベルトを着けた。
「はい。」
「・・・・」
井上は一言だけそう答えると慣れた手付きで一連の動きを取り救急車を発進させた。
「・・・・」
夜の町。それこそ道々を通る車の数も少なく、静まり反っている。
帰りに救急車に積載されている無線機から同じ消防本部に所属する車両の出動指令小さく流れていた。
もちろん、消防車や救助工作車の出動指令を含まれているのだが専ら流れてくるはどの救急車を出動させるか指示する無線の無機質な合成音声であった。
「・・・・帰ったら寝ような。」
助手席に座った黒岩は誰に向けて行ったのかわからないがそう呟いた。
「はい。」
井上は一言だけそう、答えると左折をして所属の消防署の車庫に救急車を進めた。
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