姉妹揃ってせっかち

「せんぱい!今日も新曲待ってますよー」


朝、登校途中で後ろから声をかけてきたほのかが俺を容赦なく煽ってくる。


待て、俺は怪物か何かか。そしておまえは悪魔か。昨日の夕方まで一緒に時間を共有して新曲を上げたはずなのに。おかしいぞ?


「昨日の新曲はコメントに『黒歴史確定!浮気者!』って書いといたんで、大丈夫です!」


「何も大丈夫じゃねぇな。よし、ブロック安定だ」


「わたしのサブ垢が死にましたね。ふっふっふ。やつは四天王の中でも最弱、です!」


「4つもアカウントあんのかよ!本垢どれだよ!」


「教えるわけないじゃないですか。せんぱい、もしかしてコメント欄全部わたしの自演だと思ってます?」


「自演じゃないよな?生粋のどこの誰かもわからないちゃんとしたリスナーいるよな?ほら、この英文でコメントしてくれてる人っ!」


「『cooooool‼︎』ってこれ誰だろう?調べないと・・・悪い虫は排除・・・


「なんか言ったか?」


「いいえー」


ほのかから一瞬不穏な空気を察知したのだが、気のせいだったみたいだ。


「そういえば千夏のやつ、なんか怒ってたけど大丈夫だったか?」


「あー、姉なら余裕です。あんなの怒ってるうちに入らないんで、気にしたら負けですよ?」


「そんなもんか?」


「そんなもんです。・・・っと、噂をすれば・・・校門で待ち伏せとか何してんの?」


生徒が吸い込まれていく校門に、こちらを向いて立っている女子が1人。


金髪ロングの千夏さんはただでさえ目立つ。隠すのが難しいから、もう本人は開き直っている気がする。


千夏はむすっとした顔で、あんまり調子がよろしくない疲れた表情をしている。


もしや、昨日の俺の新曲を聴いて、パリピでアゲアゲになって眠れなくなったのだろうか。


「泰斗・・・その・・・おはよう」


「なんか元気無いな」


「実は昨日、遅くまで泰斗の曲の振り付け考えてて・・・」


「昨日遅くまでドシンドシンってうるさかったのはそれかっ!」


ほのかからツッコミが入る。いや、うるさかったらうるさいって言えよ。言わないってことは、喧嘩でもしてんのかこいつら。


「ほのか、わたしはそんなドシンドシンなんて音が出るほど重く無いわよ?」


「おまえ、シンガーソングするんじゃなかったっけ?つーか、ダンスなんて踊れたっけ?」


「歌って踊れるアイドルの方がいいかなって。・・・ちょっと、ほのか何よその目」


「ふーん。ふふーん。曲調がガラッと変わったから、それに合わせようとしてる・・・必死だねー」


「ユニット組んでるんだから、曲調に合わせるのは当たり前でしょ?わたしは自分の引き出しを増やしたいの」


千夏は俺に事前に何の相談もないのだが、できることから、できそうなことからチャレンジしてくるのは素晴らしいと思う。その発想が突拍子も無さすぎてついていけない俺が悪いのだ。


俺と何かをしたいって気持ちはすごく伝わってくるのだが、曲作りしか協力できないから、何かアドバイスをするにしても気が効いたことが言えないし、難儀なもんだ。


「へぇー」


なんとも気の抜けたほのかさんのへぇーである。


姉のやる気を落とすような無粋なことはしたく無いのだろう。でもだからって、これから何ができるのかを楽しみにしてるわけでも無いような感じに見て取れた。


まぁ、千夏はまだ実績が無いからな。カラオケで周りから歌が上手いと言われる程度だから、自分の歌声をネットに載せているわけではないし、まだ何もしていないのと同義だ。


「ダンスもいいけどさ・・・おまえのやりたいことってそれなのか?」


「シンガーソングがいい」


「良かった。顔出しとかやめてくれよ。まぁ、歌じゃなくて、ただチヤホヤされたいだけなら別に構わないけど」


「どうして、顔出ししちゃいけないの?」


俺に縋るような目をした千夏を、ほのかが一瞥し、溜息をつく。


「せんぱい、このボンボンは周りから恨みを買うことが多いのです。早く行きましょう?」


「おまえ教室違うだろ」


「待って、まだ話の途中よ!」


ほのかのやつ、わざと話を逸らしやがったな。


千夏はまだわかっていないのだ。ネットの誹謗中傷の怖さを。その点、ほのかはわかっているから、わざと触れる話題でもあるまい。


千夏は確かにそういう荒事に対して無知ではある。だから、こいつの口からどんどんやりたいことや伝えたいことが生まれてくるのだ。それを止めるようなことはしたくない。それは、ほのかも同じ気持ちのような気がした。

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