姉も来たのかよ

バンッ!!


「ちょっと!何よあの曲!チャラくて耳が痛くなるわっ!」


勢いよく入ってきた新手がピタッと静止。カクカクカクカクカクカクと壊れた首振り人形のように震え出す千夏。


俺は絶賛、頭をほのかに抱きしめられ撫でられている状況。ほのかの肩口から千夏を見る。


あ、まずい。マッズーイめんどくさい。


「ひそひそ(寝たふりしててください)」


「ひそひそ(椅子に座ったままでか?)」


見なかったことにしよう。目を閉じればほら、見えない方が興奮するというある種のプレイが楽しめるぞ。っていかん。落ち着け俺。


「ちょっと、あんた!ほのかと何してんのよ!」


「先輩はマスターベーション終わって疲れてるの。寝せてあげてよ」


「ま、ますたー、べーしょん?」


マスタリングだよ!横文字弱すぎかっ!いや、こいつ絶対わかっててわざと言ってるよな?


「そう、定期的にやらないと曲作りにも影響するアレよ」


ツッコミ不在!助けて神様!


「そ、そんなのひとりの時にやることなんじゃないの?なんで、そんなに泰斗のこと・・・いつの間にそんなに仲良くなったの?」


「あれー?せんぱいと仲良くなっちゃダメだった?おかしいなー。姉貴に振られたって言ってたせんぱいを慰めてたんだけど、話が違うなー」


振られたなんて言ってねーよ!!!


ってちょ、おまっ、苦しっ!力っ、強っ!!


「泰斗を離しなさい。なぜあんたがベタベタくっついてるの?ほのか」


口調が怖いわ!めっちゃ千夏怒ってるよ!ナンデ!?なぜ姉妹で喧嘩してんだ?


「なぜって、せんぱいのファンだから、だけど?」


「ふ、ふーん。ファンね。こんなやつにファンがいたなんて驚きだわ。それで?わたしは泰斗とユニットを組んでるの。1ファンの分際でわたしと泰斗の邪魔をしないで」


え?そのユニットまだ続ける気あったんだ。俺の中では消滅してたんだけど・・・ってそれは大嘘つきか。千夏のおかげで、ちゃんとノれる曲を作ろうっていうきっかけにはなってるし、俺の中で諦め切れてなかったんだろうな。


「・・・・・・ひそひそ(せんぱいはひとりのほうがかっこいいです)」


耳元でこの後輩は何を言いやがるのだろうか。完全な不意打ちでおそらく耳が赤い。だが、ダメだ。寝てるふりをすることに集中しろ、俺!


しかし、なぜだろう。ほんと、ひらめきというものは不意に降りてくる。


歌詞が、俺の頭に浮かんでしまった。


俺の頭の80%が曲作り処理に傾く。


「ほら、言い返せないじゃない。あんたはただ、できた曲を聞いていればいいだけなのよ。クリエイティブ感覚の人っていうのはね、次々と新しいことを生み出していないと気が済まないタイプが多いのよ。泰斗はそれに当てはまるわ。あんたはそれをただ消費する1ファンに過ぎない。でも、わたしは、違う」


「ちが、わない・・・姉貴は泰斗に期待してるだけでわたしと変わらない。確かに、わたしは何も作れないし、できないよ。それで悔しいと思ったこともないから、せんぱいの気持ちはわからないかもしれない。


でも、わたしがちゃんと見てるよって伝えることでせんぱい元気になるなら、ずっとそばにいる」


「迷惑よ。そんなの泰斗が望むわけない」


「ひそひそ(ちゃんと泣いてくれて嬉しかったです。今日は帰りますね)


俺はその時、頭の中でメロディーに乗せて歌詞を叩き込む作業をしていて、反応が遅れた。


目を瞑っていても、なぜだかほのかが満足して離れて行ったのがわかった。


「今日はほのかの負けでいいから姉貴も、帰るよ。先輩がまた新曲作ってくれるみたい」


「眠りながら作曲!?ってどうしたのよ。ニヤニヤして気持ち悪いわね」


「いいの。1ファンで、いいの」


「喧嘩吹っかけたはずなのに、・・・不思議な子」


2人の声が遠くなっていき、俺は眼を開いた。頬と耳にはあいつの声と体温。全然落ち着かん。ムラムラしてくる。だが、すぐにやらなきゃいけない。


「忘れないように、早く!」


くるっと椅子をパソコンに向かわせて、俺はテキストを開く。


名前は何にしようか。まぁ、いいか。全部歌詞を打ち込み終えてから、最後に考えよう。

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