陶酔からの初心
つぶやきサイトで傷の舐め合いをする余裕なんてない。
ほのかが待ってると思うと、集中力が増した。
音声のノイズになる部分を抽出して、グラフの突起部分を削っていく作業。地味だけど、これをしないととても聞けるモノになりはしない。
俺は今回、初めてEDMなるものに挑戦していた。
最初、フリーのループ素材を繋ぎ合わせることから初めて、それから自分で作った。
サンプリングとはまた違う。電子音の塊をぶつけ合う作業だ。何も面白くは無い。
でも、聴かせたい旋律を見つけた時、鳥肌が立った。
自画自賛が聴く度にループしてくる。繋ぎ合わせて、加速させていく。
自己陶酔。ああ、不味いぞ。ノイズさえ愛おしい。だが、これでは聴かせられない。
自分が作ることで、高揚感が増した。万能感が俺を支配する。
未完成品なのに、誰かに聴かせたい。そんな衝動をぐっと抑えて、自分の心を沈める。
このパソコンと、認めてくれるネットの少しの人だけで良かった。リアルでの幸せなんかいらない。ここで自己満できる。完成された承認欲求と自己愛の無限ループ。
そこからほんの少しだけ、自分の手の届く範囲を超えて手を伸ばせば、何でも手に入ると思っていた。だから千夏のために曲を作ることも、簡単にできると思っていたんだ。
だけど、自分の中で良かったモノをダメ出しされることに、俺は慣れて無かった。
「ダサい、ノれない」
千夏に何度も言われた言葉だ。だから今、アコギのインスト弾きを捨てて、電子音ノリノリのダンスナンバーを世に送り出してやる!
「ふふっ」
思わず、画面越しに笑ってしまう。
ほのかも絶対驚くだろう。妹だから、同じくノリノリの曲が好きに決まってる。
アルペジオゴリ押しのしっとりした曲調などおさらばだ!
「俺は今、新しい境地にいる。ありがとう千夏。おまえとの試行錯誤の日々は無駄では無かった!」
「んー?せんぱーい、できたぁー?」
「起きたか。良いタイミングだな。丁度今、完成したところだ」
「先輩がぶつぶつうるさいんで、目が覚めちゃいました。パソコン画面に向かって独り言とかやばい人ですよ?」
うるさいぞ後輩。今黙らせてやる。よし、動画サイトにアップ完了!
「新曲、載せたぞ!」
「ほんとですかっ!聴きますっ!今すぐ聴く!」
さて、驚け、跪けよ俺のファンよ。
感想を直にもらえるのも幸せだ。この後輩は俺にどんな言葉をくれるのだろうか。
「うっわ!音でっか!」
イヤホンがほのかの耳から落ちる。
音量調整失敗したか?いや、そんなことはない。
「せ、せんぱい?」
「なんだ?」
「これ、せんぱいの曲ですよね?」
「間違いなくそうだが、どうかしたのか?」
「い、いえ・・・」
落とした片方のイヤホンをつけずに片耳だけで聴くほのか。
両耳で聴いて音の奥行きとか臨場感を楽しんで欲しいのに、片耳だけじゃもったいないな。でも、あれ?顔をしかめて、どうかしたのか?
「せんぱい・・・」
「どうした?」
「悩みでもあるんですか?」
「唐突だな。悩んでるやつがそんなにハジケてる曲作れるわけないだろ?」
「ハジケ過ぎですよ・・・なんか、変わっちゃいましたね。自己主張強すぎて聴いてて疲れると言いますか・・・」
え?何を言ってるんだろう。次々と飽きさせない作りになってるはずだ。体が自然にリズムを刻むはず。
「ダメだったか?」
「好みの問題かもしれません。わたしは、先輩の作る音のストーリーが好きです。でも、この曲は登場人物が多すぎて、わたしには合わないみたい、です・・・」
「音の、ストーリー・・・」
電子音は具合悪い時に聴くとうなされると聞いたことがある。寝起きのこいつにはちょっと刺激が強かったのかも知れない。
この曲だって、展開が盛り上がるし、面白いはずだ。まさか、重低音のブリブリ具合が苦手だったのだろうか。ちょっと主張が激しいか?
「姉の、千夏だって、こんなの望んでなかったと思います。先輩の曲は、これまでずっと、優しいアコギでしたよね」
「そのアコギ曲をダメ出しされたんだが」
「曲は良いんですけど、歌詞がダメって言ってました。わたしもそう思います」
「なんだよ。じゃあ、自分で歌詞考えてくれればいいじゃねーか」
「歌詞だけ変えること、できるわけないじゃないですか。歌詞も含めて先輩の曲、なんですよ?」
「あっ・・・」
「姉は、ずっとせんぱいを信じていたんです。せんぱいが納得できる曲と歌詞ができるまで、ずっと、ずっと待ってました・・・」
「千夏が、そんなに・・・?」
「姉は、せんぱいの曲をもっと広めたかった。でも、インストだと限界があります。もし歌詞がついたらもっと色んな人に聴いてもらえるかもって・・・!」
「・・・・・」
「わたしは、せんぱいの曲が好きです。インストだけでも、好きです。もし歌詞がついたら、なんて考えたことは無いです。だって、せんぱいは最初から歌詞をつけることなんて、考えてないですもんね?」
「そりゃそうだ。インストはインストだ。あれは歌詞が無くても壮大に曲のストーリーを楽器隊だけで奏でるやつだ」
「ですね。だから、歌詞なんていらないんです。先輩は曲を作って歌詞を並べるよりも、もっと高度なことをしてると思います」
いきなり褒めるなよ。照れて笑っちまうじゃねーか。
「褒めてたいのか貶したいのか、どっちなんだよ」
照れ隠しで怒り口調になってしまう。
だが、それすら見透かしたように、ほのかが笑う。
「褒めてますよ。ずっとそのままでいてください、せんぱい」
着飾っていた鎧が、虚栄心が、全て崩れ落ちた気がした。
くっそ、くっそ・・・!こいつはっ!
俺のやりたかった音楽を続けろと言っているのか。
あんな、再生数も少ない、評価もされないものを。それでも、俺が1番伝えたかった音楽を。
「おまえ・・・」
動機の根源、作りたかった最初の熱い想いを思い出してしまう。
ダメだ・・・涙なんてっ!こいつの前で泣くなんてさぁっ!
「はいはい。泣いていいですよ?やっぱり、無理してたんじゃないですか」
「泣かねーよ!」
「ダメですよ。ちゃんと泣いてくださいね?ファンに心配される、どうしようもない作曲者さん」
ふわっとほのかに抱きしめられる。椅子に座っていた俺は動けない。甘えるわけにはいかなかった。でも、その優しさと温かさが、目頭を熱くさせる。
「ぐすっ・・・俺はぁ、信じで、いいんだなぁっ?」
「ファンの言うこと、信じられませんか?」
「まだ、脱線ずるがも、しれねーぞ?」
「そしたらまたわたしが抱きしめますから。こんなことしてくれるファン、いないでしょう?」
「おまえだげだよぉッ!」
「・・・よっぽど参ってたんですね」
情けない、ただただ情けないだけの俺。
そんな俺のファンだと言ってくれるこいつのために、曲を作りたい。そんな想いがずっと心の中で熱く沸るのだった。
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