第77話76 略奪者 1
それは鉄樹の、第一回目の輸送隊が帰還する途中に起きた。
鉄樹その他の木材を満載して運搬し、王都で金や必要な物資に替えてイストラーダに戻る道中で襲撃されたのだ。
その辺りは村と村の間で、見通しの悪い丘陵地帯に伸びる、街道で一番
普通ならそんなところは昼間に通り抜けるのだが、
襲われたのは、輸送隊がようやく再出発しようとした直後だった。
応急処置を施し、少し遅れていた最後尾の馬車の真後ろから、突然十人余りの賊が馬で襲いかかってきた。
輸送隊を護衛していた兵士たちが直ちに応戦したが、その隙に別の大きな一団が手薄になった先頭の馬車数台を取り囲み、御者や馬車に乗っていた村民に斬り付け、馬車ごと奪ったのだ。
護衛部隊の隊長はザンサスだった。
彼は二十人ほどの兵士を率いていたが、盗賊は別働隊も含め、その三倍の人数がいたと言う。おそらく車軸に予め傷をつけ、襲撃しやすい場所で折れるように細工をしたのも、
死人こそ出なかったものの、兵士にも村民にも十名近くの重傷者が出た。ザンサス自身も御者を庇って手傷を負った。
知らせは鳩によって、直ちにイストラーダ城に届けられた。鳩が飛べるぎりぎりの時間だった。
リザは、陶器の絵付けを学ばせるために集めた十名の村娘たちと、小広間で夕食を取っていたが、そこに真っ青になったコルが駆け込んできた。
「リザ様! 大変でございます!」
「どうしたの?」
普段なら取り乱すことのないコルの顔中に汗が噴き出ている。
何か恐ろしいこと起きたのだと、リザは瞬時に悟った。
「ここから一日半ほど先の街道上で帰還途中の輸送隊が襲われ、怪我人も多数出ている模様です! 荷馬車や積荷も奪われました!」
「なんですって?」
リザは持っていた陶器を放り出して立ち上がった。器の壊れる音が静まり返った室内に響く。
イストラーダに来る時にリザも体験したが、ここから王都への二日の工程は村がない。東の街道筋で一番
「幸い死人や、かどわかされた者はいないようですが、かなりの重傷者がいてザンサスも負傷したと」
「ザンサスまで! なんてこと……エルランド様はご存じなの?」
「既に私の一存で、お館様には鳩と人馬で伝令を送っております。しかし今、エルランド様がおられるのはここから一番遠い鉄樹の谷なのです。どんなに急いでも、お戻りになるまでには三日はかかるかと」
「……そう。わかったわ……」
不思議なことに、その時のリザの腹の奥には覚悟ともいえる感情が生まれていた。
「わかった! コル、すぐに負傷者をこちらのお城に収容するわ。空の荷馬車はある? それとお医者さまは?」
そういえば、この村に一人だけいた老医師は最近引退したと聞いている。
「老医師が一人いたのですが、数ヶ月前に……息子のいる王都に行ってしまったのです。エルランド様が、輸送隊と一緒に若い医師を王都から呼び寄せる手はずになっていたのですが、今はまだ……」
「そう……そうなの」
つまり、今現在ここに医師はいないということだ。
「しかし、ある程度の
コルはすぐにでも出立したい様子だった。
「私も行くわ! ニーケ、支度を!」
リザは叫んだ。
「なりません! リザ様にはここでご領主さまの
「でも!」
「大丈夫です。リザ様、こういう時こそ冷静にならねば。私と兵士数人で怪我人を収容して戻ってきます。残りの兵には、城の警備も
コルの柔らかな
「……わかった。気をつけて行ってきてね。悪い人たちがまだ残っているかもしれないから」
「大丈夫です。この爺も昔はちょっとした戦士だったのですぞ」
リザに片目をつぶて見せて、コルはあわただしく出て行った。
「みんな聞いていたわね? 大変なことになったわ。皆さんの中で怪我人の手当てができる人はいる? 他の方でもいいわ」
リザは、緊張の面持ちで聞き耳を立てている娘たちに尋ねた。彼女たちの中には、身内や知り合いが輸送隊に加わっている者もいるのだ。
「私ができます!」
「私もここに残って手伝います!」
二人がすぐに立ち上がると、周りから次々に声が上がった。
「私も! お母さんも呼んできます!」
「わ、私のお婆さんは村で一番薬草に詳しいです!」
「ありがとう! すぐに来てもらえるようにしてくれる? ……というか」
リザは、そこではたと考え込んだ。
「もしかしたら、悪い人が今度はこちらを狙ってくる可能性もあるかも……?」
ほとんどの積荷や金を奪われた輸送隊を、この上襲撃してもなんの益もない。むしろ、手薄になったこの城か、森の奥の鉄樹の集積場を狙ってくる可能性が高いのではないだろうか?
でも、コルならそんなことお見通しよね。
でも私を怖がらせないようにと思って、あえて言わなかったのだわ。だから、この城に兵士を残して少ない人数で出て行った……。
「……リザ様?」
「ニーケ、ああいった人たちは、人をだますのがとても上手なのよ」
リザは以前の苦い経験を思い出している。
「多分お城の守りが手薄になってるって、悪い人達は思ってる。お城は守れても、村まで割く人員はないはずだわ。ひょっとしたら城壁の外の家が襲われるかもしれない……鉄樹のありかを教えろとか、なんとか言って……」
「私知ってます! エルランド様が来る前は、そんなことがよくあったって、お父さんが言ってました!」
一番年上の村娘が叫んだ。
「小さな村が襲われて、わずかな蓄えを根こそぎ持って行かれたそうです」
「うんわかった」
リザは大きく頷いた。
「そうだわ! 壁外のみんなを城壁内に避難させられないかしら? ターニャ?」
イストラーダに来る時にも見たが、今では壁の外にもたくさんの新しい家が建っている。町が発展するにつれて、村は城壁外に広がっていったのである。
「で、できると思います。城壁の外に住んでいる人は二百人くらいです。壁内の家に分かれて入ったら、外よりかは安全かも」
「じゃあターニャは、兵士さんや、村の代表の人達と相談して、城壁外の人達に知らせを送って、できる限り早く城壁内への避難誘導を指揮してちょうだい。何人か手伝って!」
「わかりました!」
ターニャと娘達数人がすぐに出ていく。
「ニーケは大広間を片付けて、怪我人を寝かせられるように、毛布や敷布をかき集めて。この部屋のものも全部持って行っていいわ。私も運ぶ!」
「ただ今すぐに!」
静かだったイストラーダ城は、あっという間に騒然となった。
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