第76話75 実りの時 7。

 二人はどんどん森の奥へと入っていった。

 途中苔むした大きな岩があって、その背後に回るといきなり開けた場所に出る。

「ここは?」

 リザはり出した材木の山に目を丸くした。馬から降りて見ると、材木はリザの身長の二倍は高く積まれている。

「切り出した木材の集積場だ。見つかりにくいところに作った」

「これが鉄樹?」

 積まれた材木の中に一際目立つ黒い木材の山がある。

「そうだ。これが鉄樹の丸太」

 鉄樹はそれほど太くは育たない。太くてもエルランドの太もも程度だ。しかしその樹肌は真っ黒で、その名の通り鉄のようだった。

「黒い……」

「ああ。それに固いぞ。これ一本伐り倒すのに、大の男が二人がかりで一時間近くもかかる」

「他の木はそんなにかからないの?」

「そうだな、同じ太さの広葉樹なら十分、針葉樹なら十五分ってところか。倍以上の効率の悪さだな。だが、その値打ちはある」

「燃料として優秀なのね」

 リザは黒い樹肌を撫でながら言った。

「ああ。これを荷馬車一台分王都まで運べば、一つの村が一ヶ月は食っていける。それほど高く売れるんだ。買うのは主に貴族や大商人達だが」

「だから街道の整備が重要なのね」

「やっぱり俺のリザは賢いな。そうだ、これだけの量なら一財産だ。だが、この冬は荷馬車二十台分は伐採できる。すでに第一陣は王都に向かって荷を運んでいる。これは第二陣のものだ」

「そんなに伐り倒して大丈夫? なくなったりしない?」

「当然植林はしている。だが鉄樹の成長は遅い。だからイストラーダはこれだけには頼れないんだ」

「……私が絵付けした陶器は助けにならないかな?」

 リザはふと思いついて言ってみたが、エルランドは難しい顔をした。

「リザを職人にしたくはない。職人は技術を持った優秀な人達だが、俺はリザをそんな風に使いたくはないんだ」

「うん……でも、私はやってみたい。ねぇ、お試しだけでもいいから、鉄樹を王都に運ぶのと一緒に私が描いた陶器も少し持って行って、ウィルターさんに市場へ出してもらってもいい?」

「それくらいなら構わないが……」

「ありがとう!」

 作陶さくとうは季節はあまり関係ないし、質の良い粘土なら豊富にあるから、もし商品として認められれば、少しはこの地の助けになるかもしれない。リザの夢は膨らんだ。

 丸太の山の間をゆるゆると進むと、森の中に小さいが頑丈そうな小屋があった。まだ新しい。

「これは?」

「材木が奪われないようにする見張り小屋だ。今年新しく建てた。夜間は兵士が泊まり込んで交代で見張る」

 そう言いながらエルランドは小屋の戸を開けた。

 中は意外に広くて清潔で、衝立の向こうには兵士が使うのだろう、大型の寝台が置いてある。薪が整えられた小さな炉や調理器具まであった。床は冷えないように厚地の敷物が敷き詰められている。

「居心地が良さそうね」

「今日いろいろ新たにそろえさせた」

 エルランドは炉に火をおこしながら言った。

「今日? お泊まりに来る兵士さんのために?」

「違う。リザのために」

「……え?」

「さすがに夜までは過ごせない。でも、今からしばらくここは俺とリザだけの場所だ」

「……」

「昨日からずっとリザを抱くことだけ考えていた。豪華な部屋でなくてすまないが、リザ」

「はい」

「今、俺の港になってくれないか?」

「港……いいわ。でも一つ約束して?」

 リザは抱くという言葉の意味をそのまま受け止めている。

「なんなりと」

「もしこれから先、私が要らなくなっても、イストラーダのどこかに置いてね?」

 瞬間、エルランドの金緑の瞳が火を噴くようにきらめいた。

 彼はたった二歩で、無慈悲なことを平気で言ってのけるリザの腕を引き寄せる。

「リザ」

「なぁに?」

「俺の『愛している』は、そんなに軽いものじゃない。リザを要らなくなることなんてない」

「え?」

 長い腕に腰と肩を保定され、リザは身じろぎもできない。

「俺はな、そんなに物に執着しないたちだが、絶対に失いたくないものが二つある。それはな。リザとイストラーダだ。俺はこの二つとも絶対に手放さないし、生ある限り愛し、守って見せる!」

「……」

「あなたはもう、俺のものだ」

「……んっ!」

 ぶつかるような口づけがリザを襲った。


    ***


 それから続いた嵐のような時間をリザはよく思い出せない。

 ただ、身体中に触れられ、唇を這わされて、何度も高みへと誘われた。自分が何を見て、どんな声を発したかも定かではない。

 身体が酷く濡れ、ある一点が敏感になって一番高く昇りつめ、そこで一度意識が途切れている。ただ、その後に突然やってきた突き刺すような痛みのことは後になっても覚えていた。

 気がついたら、リザはエルランドの上で眠ってしまっていたのだ。

「あれ? 私……寝てた_」

「眠っていたのは十分くらいだよ。気分は?」

「よくわからない……けど、ちょっときまりがわるいわ」

 リザは感じたままを言った。まるで子猫のように、大きくて熱い胸の上に収まっている。二人とも生まれたままの姿だ。

「体が辛いだろう?」

 あの瞬間リザは酷く痛がっていた。

 実を言うと、エルランドは処女を抱くのは初めてだったのだ。

 今まで彼が相手にしてきた女たちは、玄人か、刹那のたわむれと割り切れる女ばかりだったので、酔わし酔わされることはあっても、気を遣うことはなかったのである。

 リザは初めてだった上に、この体格差だ。酷く辛かったに違いないと思うと、今更ながら自分がけだもののように思える。

「ううん。足の間が少し変な感じがするけど、へいき」

「へいき? あなたの平気は信用できないな」

「平気よ。優しくしてくれたのでしょう?」

「……俺にしては随分抑えたつもりだが……最後は夢中にさせられたから」

「夢中? なにに」

「わからない? リザに、リザの体に、リザの心根に。全部」

「そう……このことはこれで終わりなの?」

 そこが一番気になるリザは正直に尋ねた。

「今日のところは。でも、これで終わりじゃない」

「うん……」

「まだ俺を疑ってる?」

「ううん」

 リザは大きな胸に頬を寄せ、酸っぱいような、苦いような香りを胸いっぱいに吸い込む。

 それは不思議な感覚だったが酷く安心できた。


 人の体は、こんなにも温かいものだったのね……。


「いつまでもこうしていたいが」

 りざを抱き込みながらエルランドが呟く。窓から差し込む光はやや黄色味を帯びていた。

「ええ、もう直ぐ日暮れね……あ!」

 起き上がろうとしたリザは、へなへなと敷布に崩れ落ちた。腰から下に力が入らないのだ。

「あれ? 今まで平気だったのに」

「動かなくていい。安心しなさい。俺が全部やってやる」

「う、うん……うん?」

 エルランドはそっとリザを下ろすと、素早く自分の身を整え、炉のそばで温めていた鍋を持ってきた。

 鍋には温まった水と布が入っている。彼は恥ずかしがるリザの抵抗をものともせずに体を清めると、服を着せ、靴を履かせてやった。

「もう帰るのね?」

「帰りたくはないが。皆がリザを心配するだろう。森の外れにコルが迎えにきているはずだから、リザは疲れたと言って、部屋でゆっくりしているといい。そう言い含めておく」

「わかったわ」

 エルランドが密かに戻った少しの間、二人は今までの時間を埋めるように親密に過ごした。

 リザは朝、城から歩いて城壁の外のエルランドの家に向かう。彼は村はずれに部屋を借りているのだ。

 ウルリーケには不審がられないように、陶器の絵付けをしてくれる娘を広く探しているのだと説明してあった。

 エルランドはリザとともに食事をし、馬で森を駆け、午後は森の小屋で長い間愛し合った。


 そして二日後、エルランドは再び山に戻る。こうして、夢のようなひと時は終わりを告げた。

 しかしリザはもう空虚ではなかった。新たな気持ちで彼の帰りを待つのだ。

 イストラーダの女主として。

 

 略奪者が現れたのは、その五日後だった。



**********





こちらではR18的な描写は控えております。


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