第75話74 実りの時 6

「私……私は」

 リザは一生懸命、自分の中にあふれるものと向き合っていた。

 五年前、破れたヴェールを上げられた時に見た金緑の瞳、寄り添って布団に入った時の安心感、そっと唇に触れた温もり。

 離縁を受け止めたくなくて王宮を逃げ出し、再びエルランドに出会ったときの激しい戸惑い。

 真摯な優しさは、ただの気遣いなのだと思い込もうとした。

 そして、美しく直情的な挑戦者に感じた恐れと、わずかな反抗心。

 それらが示すものはたった一つだ。


 恋心。


「私は、エルランド様がウルリーケ様と一緒の部屋に入った時、すごく悲しかった」

「嫌な気持ちになってくれたのか?」

 エルランドは少し嬉しそうに尋ねた。

「ええ、とても……それで部屋に帰ってお月様を見上げていたら、突然それが焼きもちなんだと気づいた」

「……」

「私はウルリーケ様に嫉妬していた」

 リザは顔を上げた。

「リザ、それは?」

「私はエルランド様のことが……好き」

「……リザ、本当に?」

「好きなの」

 そう言ってリザはエルランドの膝の上で伸び上がった。池の青を映した彼の瞳は、希少な宝石だ。

「瞳が好き、声が好き、大きな手と体が好き。つまりその……全部好きよ!」

「……」

 応えは熱烈な口づけだった。

 それは、リザが今まで経験したことのないほどの強烈な触れ合い。自分が女だと否応なく意識させられるものだった。

 弾力と湿り気のあるそれは、とても熱い。リザの小さな唇に吸い付き、上下二枚のそれをねぶりあげてこじ開ける。

「ん……む」

「入らせて」

 返事を待たずに侵入した彼の熱は、リザの口腔を横暴なくらいに蹂躙じゅうりんした。奥のほうに縮こまるリザの花びらを探し当て、吸い上げて絡まる。それは出たり入ったりを繰り返し、リザの口元を盛大に濡らした。

 渇いた犬が水を飲むような音がリザの頭いっぱいに響く。恥ずかしくて甘い音が。

 リザが好きだと言った手が、小さな尻を鷲掴み、自分の方へと強く引く。二つの体がぶつかり合うように触れ合い、こすれ合った。

「う……ううう」

 先に根をあげたのは、意外にもエルランドの方だった。

「もうダメだ!」

「……ん?」

 リザの上気した頬、とろとろと濡れた唇は、長い間抑圧された男にこの上ない媚薬となる。

「……これ以上は無理だ」

「おしまい? もっとしてもいいのに」


 くそ! 無邪気に殺し文句を!


 エルランドは喉の奥でうめいた。

「俺がもたない」

「もたない? 何が?」

「あなたは平気なのか? 何も感じないか?」

「……そう言えばちょっと変な気分……かな」

「どんな気分?」

「なんだか不思議で熱いの。特にお腹の下が変」

 リザはエルランドの上で腰を揺らせた。どうにもそのあたりが妙な感じなのだ。

「り、リザ。俺の上で動くな! あっ!」

「あっ! ごめんなさい! 痛かった?」

「そ、そうではなく……いや、確かにこれはしんどい。だから、もう……」

 エルランドはリザの両脇に手を差し入れて持ち上げ、自らも体を起こした。そのままもう一度軽く口づける。

「……ああ、綺麗だな」

 池から舞い散る光がリザの瞳に飛び込んだのだ。

「俺もリザの目が好きだ。その石は瞳に合わせて選んだ」

「じゃあ、おあいこね」

「そうだな。この国で男が女に相手と自分の瞳の色の宝石を送るのは、守りたい、愛しているという意味だ」

 白い毛皮の合わせの下で、青と緑の宝石がキラキラと輝いた。

「ありがとう……大切にする」

 その時、薄曇りの空から舞い落ちるものがあった。

 雪だ。

「ああ、ついに今日だったか」

 エルランドは自分の中にうずむ熱を覚まそうと空を見上げた。

「初雪?」

 リザは雪のひとひらを掌に受けた。それは綿のようにふわりと直ぐに溶ける。

「ああ、これからゆっくり降り積もる。イストラーダの冬は厳しいぞ、人々はじっと耐えて、そして時には戦う。リザ、あなたには辛いだろうが」

「へいき。私、逆境には強いのよ。十九年も頑張ってきたんだもの」

 リザは初めて自分の過去を肯定する気持ちになっていた。

「我慢するなんて普通のことだわ」

「そうだな。リザは立派な辺境領主だ。二人ならどんなことでも乗り越えられる」

「うん」

「リザ……愛してる。俺にあなたの五年を埋めさせて欲しい」

「……ぜんぶ満たして」

 後から後から綿雪は二人に舞い落ちる。

 リザの黒い髪に、それはひどく美しく見えた。


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