第66話65 宴の夜 4

 リザはその夜の宴の間じゅう、微笑んでいた。

 ナント侯爵と踊ってから、コルと踊り、エルランドが他の婦人と踊っている間に、いたずらっ子のように申し込んできたセローとも踊った。

「リザ様と踊れるなんて夢のようです!」

「さっきはニーケと踊っていたみたいだけど」

「ええ。ニーケさんはとても可愛らしい人ですね。でも今の俺の相手はリザ様です」

 そのニーケは心配そうに壁際からリザを見ている。急に様子が変わってしまったリザの様子から何かを感じ取ったようだった。

「お館様はどうせ、コルさん以外と踊るなって言ったのでしょう?」

「どうしてわかるの?」

 リザは驚いて尋ねたが、セローはわからいでか、というような顔で笑った。

「心配ならずっとそばにいればいいのに。いくらこの城で初めての盛大な宴だと言ってもねぇ」

「意味がわからないわ。セロー」

「なんでもありませんよ。でも、リザ様、少しお疲れのようですよ。昼間から大騒ぎでしたからね。俺がゆっくりお席に誘導しますからお席でお休みください」

 セローは巧みに曲の終わりでリザを着席させた。コルがすぐに横に立って守ってくれる。

 確かにリザは疲れていた。しかしずっと顎を上げて微笑み続けた。

 エルランドは主催らしく、何人かの婦人と踊っていた。彼は女性達に非常に人気があるようで、娘達ばかりか、年配の婦人からも舞踏を申し込まれている。

 踊っていない時は、商人達や他領の騎士に囲まれ、流通や防衛の話をしているようだった。いずれもリザが口を挟める内容ではない。

 踊っている時も喋っている時も、エルランドは何回かリザの方を見ていた。リザはそれに気がついたが、気にするなと首を振った。唇にともした微笑みを絶やすことなく。


 真夜中が過ぎる頃、コルが心配そうに声をかけた。

「リザ様、辺境の宴はお行儀よくお開きということがありません。疲れたらそれぞれ勝手に部屋に引き上げるか、男どもの何割かは広間の片隅で酒瓶を抱えて眠るのです。ですからどうぞ、もうお部屋にお引き取りを」

 客の数は半分くらいになっている。その多くは男性だが、ウルリーケは自分の侍女たちと共にまだ残っていた。背後の壁にはアンテが控えている。

「いいえ。私もいるわ。だって、まだお客様がいらっしゃるのに、女主おんなあるじが先に休むのはよくないのじゃないかしら? 私にはそのくらいしかできないんだもの」

「そんな決まりはありません。リザ様はお昼もご気分が悪そうでしたし、今も決してお顔の色がいいとは言えません」

「あら、変ね。紅をたっぷり塗ってもらったのに」

 リザはわざと明るく言った。

「いいえ。この爺やの目はごまかせません。さぁ、ニーケと共に、お部屋へ」

「……わかったわ」

 いつになく強い口調のコルに、リザもようやく腰を上げた。

「リザ!」

 エルランドがすぐに気がついて足早にやってくる。

「部屋に戻るのか。遅くまで付き合わせてすまない。今夜は立派に役目を果たしてくれた。ありがとう。明日は無理せずゆっくりするといい」

を果たせたのならよかったです」

 リザはエルランドの顔を見ないようにして言った。

「……リザ?」

「おやすみなさい。エルランド様、皆様」

 尋ねるような眼差しを避けながら、リザは客達に向かって丁寧に頭を下げ、コルとニーケと共に大広間を後にした。


「リザ様、何かございましたか?」

 廊下を進みながらコルが心配そうに問いかける。

「何かって?」

「ナント侯爵と何やらお話ししていたでしょう?」

「ええ。貴族の習慣のことなどを少し」

「どんなことを言われたのです?」

「……エルランド様には強い後継ぎが必要だって」

「後継ぎ」

「ええ。領主には跡継ぎが必要なのでしょう?」

「それはそうですが……」

 コルはリザがなぜ他人事のように話すのか尋ねようとしたが、部屋の前に着いてしまった。

「じゃあ、おやすみなさい。コル、今日はどうもありがとう」

「いいえ。明日はゆっくりなさいませ。すぐにお湯を持たせますほどに」

「ありがとう」


 疲れたな……。


 真夜中も大きく過ぎているのに、もの思いが過ぎてリザはどうにも眠れそうになかった。

 以前無頼ぶらいの男達に襲われた時もそうだったが、心身が疲れ過ぎるとなかなか眠れないものだ。

 真新しいドレスはニーケが丁寧にしわを伸ばし、干してくれていた。何か言いたそうなニーケをリザは疲れているだろうからとすぐに部屋から出してしまったが、暗い部屋でもそれは、ぼんやりと輝いているように見える。


 こんなきれいな服を着ていたって、やっぱりカラスはカラスね。

 エルランド様もコルも、役目として私の相手をしてくれたけど、他の方は近寄っても来なかったわ。セローはふざけてるだけだし。

 ナント侯爵様は、はっきりとは言わなかったけれど、きっと私の出自を知っている。

 お母様の身分が低すぎて、公式には認められなかった王女だということも、五年も放りっぱなしの花嫁だったってことも。

 きっと、ウルリーケ様も、他の騎士たちもそれを知っている。だから、だれも私に声をかけて来なかったんだ。

 そして多分皆が、私がエルランド様の妻でイストラーダの女主として、ふさわしくないと思っている。

 やせっぽちのカラスに強い後継ぎは望めないって。


「あの時──」

 昼間、狩りが始まる前に、エルランドと二人で散歩した森の中。


 あの時はとても楽しかった……空を見上げて、エルランド様が何かを言いかけて……。


『リザ、近いうちに俺はあなたに……』


 リザは上半身を起こした。

「そう言えば、あの時何をおっしゃりかけたんだろう……」

 あの後すぐにウルリーケがやってきて、狩りが始まってしまった。

 

 もしかしたら、ウルリーケ様のことを伝えるつもりだったのかなぁ。


 現に、その後、彼らは抱擁ほうようを交わしていたのだ。

 リザは大きなため息をついた。情けなくて泣こうにも泣けない。どころか自分を笑ってやりたい気分だった。

 耳を澄ますと、階下もだいぶん静かになったようだ。リザの部屋は大広間の真上だから、音が壁を伝って登ってくるのだ。

 その時、廊下から足音が聞こえてきた。重い音は男のものだった。

 エルランドが部屋に戻ってきたのだ。

 その時どうして廊下に出ようと思ったのかわからないが、気がつくとリザは廊下に飛び出していた。

 リザの部屋から見て、南がエルランドの部屋になる。その向こうが階下から続く中央の階段だ。

 最後の段を上がった足音がしたかと思うと、それは南の方向に歩いていく。広い背中はエルランドのものだ。しかし、彼は腕に何か金色の大きなものを抱えていた。

 ウルリーケであった。

 鼻にかかった甘える声がして、それに応じる低い声が聞こえたが、何を言っているかまではわからない。

 そうして二人は南の突き当りの部屋──ウルリーケの客室へと消えていった。

 

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