第57話56 客人 2

「リザ、すまないが部屋を移すことになった」

 エルランドがリザにそう言ったのは、客人が来るその日の朝のことだった。

「お部屋を? どこに?」

「上だ。俺の北隣の部屋となる」

「……私だけ?」

「いいや。ニーケとターニャも近くの部屋だ。二人ともリザ付きの侍女とする」

「そうしてくれるの? ありがとう」

 リザはほっとしたように言った。アンテから、別の階になると言われていたので、本当は心細く思っていたのだ。

「必要なものはアンテが用意してくれた。今すぐに移れるか?」

「ええ。荷物はこの部屋にあるものだけだから、私たちだけで運べるわ」

「いや、リザは何もしなくていい。男手をよこすから、ニーケ達でまとめるように」

「はい」

「かしこまりました!」

 ターニャはリザ専属の侍女になれると聞いて有頂天だった。最近ではニーケと同じく、リザに献身的に仕えてくれるようになっている。


 その部屋は、エルランドの部屋の北側にあった。

 部屋は並んでいるが、扉の位置はかなり離れている。これはエルランドの部屋が相当に広いからだろう。

「実は俺も整えられてから、入るのは今日が初めてなんだ。アンテがウィルターに頼んで入用な品を購入してくれたし、パーセラ殿が納入前に品物が良いものか検分してくれたはずだ」

 そう言って二人が中に入ると、室内は相当に広く、ふた部屋続きで手前が広い居間になっていた。

 中央には大きめのテーブルと椅子が四つ。壁際には飾り棚や書見台などがある。それらの家具はエルランドが少しずつ揃えたもので非常に立派なものだった。

 壁には下の部屋から持ってきた織物がかけられ、真ん中には暖炉もある。そして一番奥の壁にはアーチ型の木製の扉が付いていた。

「奥は?」

「寝室だ」

 エルランドが扉を開けると、居間より少し狭い部屋があって、中央に四本支柱の大きな寝台が置いてあった。寝台には精巧な彫刻が施され、綺麗に磨かれてあったが、天蓋には薄布がかけられているだけだ。寝台の両側に大きな窓が二つあって、下の部屋よりは明るい。しかし、それにも頑丈そうな鉄のさんと木製の扉がついているだけで、とばりなどはかかっていない。

「立派なお部屋ね」

「……いや、確かにそうだが……なんだか思っていたのと違うな」

 エルランドは首を捻った。

 家具は最高級品だが、織物や敷物は下の部屋から上に上げただけのようだったし、古い灰が残っている暖炉の台にも、寝室のテーブルにも花一つ生けられていないし、装飾的なものは一つもない。

「俺は貴婦人の部屋などあまり知らんが、もっと花や綺麗な置き物で埋め尽くされていると思ったんだが。これからまだれるのかな?」

 これでは、昔通ったことのある娼館の部屋の方が、余程女らしい品々が置いてあった、とエルランドは思った。無論そんなことはリザに言いはしないが。

「そう言えば、パーセラ殿は布類が足りないと言っていた。多分すぐに持ってくるだろう」

「今のままでも十分綺麗だわ。急なことだったのに、こんなにたくさん用意してもらったなんて、アンテにお礼を言わなくちゃ」

 しかし、リザは嬉しそうに部屋を見て回っている。

「こんなに広い部屋を全部自分のものにしていいの? あら? こんなところにもう一つ扉があるわ」

 リザは寝室の南側の壁に目立たないもう一つの扉があることに気がついた。

「あれ? 開かない。この奥はどうなっているの?」

「……その向こうは俺の部屋だ」

 エルランドはやや口ごもりながら言った。

「エルランド様のお部屋? 直接つながっているの?」

「ああ」

「でも、入れないようになっているのね」

「そうだ。でもそれはリザがではなく、俺が入らないように……の意味が強い」

「……?」

「俺が急に入ったらリザが驚くと思うからだ」

「そんなことはないと思うけど……」

「いつかは行き来ができるようになればとは思っている……ただ、ゆっくりやろうと決めたから」

「そう? それがエルランド様の考えなら」

 よくわからないながらもリザは素直に頷いた。


 そして今、リザとエルランドは、ナント侯爵とウルリーケを南側の部屋に案内した。廊下の先にある大きな扉の前には、待ち構えていたアンテと侯爵家の召使達が立っている。

 侯爵と娘の部屋は斜め向かいになっており、立派な扉が備わっていた。

「こちらのお部屋でございます。どうぞお入りください。すぐにお茶をお淹れいたします」

 アンテがうやうやしく言った。

「この階に来たのは初めてね。エルランド様のお部屋はどちら?」

 ウルリーケは無邪気に尋ねた。

「この棟の中央になります。ゆっくりおくつろぎあれ」

「あら、一緒にお茶をいたしましょうよ」

「いや、これから到着する客たちの出迎えがありますので。それでは、ナント侯爵閣下、ウルリーケ嬢、後ほど階下にて。行こうかリザ」

「はい、失礼いたします」

「感謝するよ。キーフェル殿、リザ姫」

 こうして、イストラーダ城は本日最初にして、最大の客を迎えることができた。

 騎士や商人など、王都から来る客はまだまだ到着する予定だ。城に宿泊できるのは一部だけだが、領主夫妻として内門に立ち、彼らに歓迎の意を示さないといけないのだ。


 今夜は晩餐の宴になるのね……私、ちゃんとやれるのかしら?


 リザは領主夫人として行う初めての公式行事に、目もくらむ思いだった。


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