第42話41 城の暮らし 2

「ここで何をしておられるのです?」

 アンテはきつく尋ねた。

「散歩よ」 

 リザはさらりと受ける。

「決まったところをお使いくださいと、申し上げたはずです」

「ええ。でも何にもすることがなさすぎて退屈だったから。今日はお天気もいいし」

「風は冷たいです。お風邪でもお召しになったらエルランド様が悲しまれます。さぁお戻りを。決して外になど出ませぬように」

「アンテ。それではリザ様がおかわいそうだよ。お館様はリザ様に行ってはいけない場所以外は自由にしていいとおっしゃられたはずだ」

「あなたに私の苦労はわからないのです、コル。私はこのお城に間違いがないように気を配らねば」

「それは私だってそうさ。お前はよくやっているよ。でも良いリザ様は良い奥方様じゃないか。都からこられたのに、私たちの畑仕事にまでご興味を持たれるのだから。なぁ」

 目を向けると、畑に出ている男達は皆、帽子を取ってリザの方を見ていたが、コルの問いかけにおずおずといた調子で頷いた。

「それは単に珍しいからです。さ、中に!」

 アンテがやや強引にリザの手を引っぱり、ニーケが慌てて割って入った。

「あの! もう少し丁寧に」

「アンテ、不敬だよ。リザ様、私が一緒に参りましょう。ファルカ、ここを頼む」

 コルは一番近くにいた青年にそう言った。青年はリザを見ながら頭を下げる。

「さてさて、リザ様はご本を読まれますか? お城には図書室もあるのですよ」

「図書室? 図書室があるの?」

「はい。蔵書は多くはありませんが、エルランド様が集められたり、都から取り寄せたりされたのです。我々にも解放されています」

「でも私……本を読むのは好きだけど、教養がないからあまり難しい本は読めないわ」

「どんな本を読まれるのですか?」

「お花のことが書かれた本とか。外国の絵が載っているのが好き」

「探せばあると思います。早速行ってみましょうか?」

「ありがとう」

 図書室は湿気を防ぐためか、二階の北にあった。

 そこもやはり石壁の重厚な部屋だったが、外に向いたところに大きめの窓があって、風通しを良くすると共に、採光の役目を果たしていた。

 コルは本は多くないと言ったが、王宮の図書室への出入りを禁止されていたリザにとって、そこは素晴らしい知識の山だった。

「ここに自由に出入りしていいの?」

「はい。城下のものも許可を取ればいい仕組みになっております。主に午後からですので、リザ様は午前中にお使いください」

「ありがとう。楽しみだわ」

 そのやりとりをアンテは面白くない様子で見守っている。

「他に、行きたいところはございますか?」

「このお城の天辺てっぺんはどうなっているの?」

「物見台となっております」

「上がってもいい?」

「ご案内しましょう。見晴らしがいいですよ」

「コル、あそこは突風が吹いて危ないわ!」

 アンテが口を挟んだ。

「大丈夫。まだ冬じゃないから、風はそれほど強くない。それにこの城の女主人なら一度は見ておくべきだよ。この国の東の守りをね」

 コルは図書室から伸びる廊下を進み、奥──つまり、東側の階段を登った。アンテは黙って後ろからついてくる。

 四階を登る際、リザは足を止めた。

「ここにエルランド様のお部屋があるのね」

「ええ。ございます。東の中央の一番広い部屋でございます。そしてその北隣には……本当の」

「アンテ!」

 コルが鋭くアンテをさえぎった。

「何があるの?」

「四階はほとんど使われていなくて、空き部屋や倉庫が多いのです。さ、こちらです。階段が急なのでお気をつけて」

 不揃いな石の段を登って出た場所は、大空が天井の広い空間だった。

「わぁ!」

 少し冷たい風をうけてリザの髪が踊った。

 出っ張ったところにはに歩哨ほしょうが立って、東を睨みつけていた。彼らは、リザ達に会釈をするだけで持ち場を離れようとはしなかった。一時間交替制だという。

「あれが東の国境地帯です」

 城の東の壁は、南北に伸びる高い城壁の一部となっていた。つまり、これより先は自由国境なのだ。

 そこはただただ広かった。

 茶色い岩山に所々に見える森や谷がある。壁の真下には堀に引き込む川が白く流れていた。遠くに見える青い色は湖だろうか?

「あの向こうに異国があるのね」

「ええ。ここがミッドラーン国の最東です。東の国はこれより三日の行程を旅したところに、最初の街があります」

「そこから人はくるの?」

「ええ。今は戦争はしておりませんから。しかし、厳しい検閲があります。エルランド様はその責任者なのです」

「大変そうだわ」

 リザは再び視線を遠くに遊ばせた。


 あの方は今どこを旅しているのかしら?


 リザは薄青い空を見上げて彼を想う。

 そして、早く会いたいと思っている自分に少し驚いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る