第43話42 城の暮らし 3

「さぁ、もういいでしょう? お部屋にお戻りを」

 アンテが今度こそリザを階段に押し戻そうとする。体格もいいが力も強い。これが辺境の女なのだ。

 しかし、リザはその腕を振り払った。

「次は厨房を見たいの。アンテ、案内を頼みます」

「厨房など、あなた様が見に行くところではありません」

「それは見てから決めるわ」

 リザも頑張って言い放った。

 ニーケは、今まで面と向かって人に逆らったことのない主が、果敢に言い返しているところを、はらはらしながら見ていたが、その肩に誰かが手を置いた。コルだ。

「一緒にご主人様を見守りましょう」

「は……はい」

「いつも私に食事を作ってくださる人たちを見たいの」

 リザは穏やかに、しかし、きっぱりとアンテに伝えた。ニーケが拳を握り締めた時、意外にもアンテがあっさり折れた。

「……左様でございますか。わかりました。では参りましょう」

 そして、後ろも見ずにすたすたと階段を下り始める。リザは慌てて後を追った。再び長い階段をどんどん下りていく。

 厨房は一階の奥の方にあった。

「こちらですわ、リザ様。どうぞお好きなだけご覧くださいませ」

 アンテはいやに丁寧に頭を下げ、既に少し開いていた両開きの扉を大きく開ける。途端に熱気と、いろんな食材の混じった匂いが流れ出てきた。

「さぁ、どうぞ」

「ありがとう」

 アンテは、ぱんぱんと手を打ち合わせて進み出た。

「みんな! 奥方様が厨房を検分にいらっしゃいましたよ! ご挨拶を!」

 アンテの声で、忙しく立ち働いていた女達が一斉にこちらを向いた。その中にはターニャの姿もあった。リザと目が合うと、彼女はこそこそと柱の影に隠れてしまった。

「検分だなんて……そんなつもりでは」

「フラビア!」

 アンテは奥から急いで出てきた女に声をかけた。

「リザ様、これが料理女のまとめ役、フラビアです」

「こ、こんにちは。ようこそいらっしゃい、ませ。奥方様」

 赤ら顔の太ったフラビアがぎこちなく小腰を屈め、辿々たどたどしい挨拶をした。

 その様子にリザは、いつものように呼び方を訂正することもためらわれるような、いたたまれない気持ちになった。

「こんにちは。お仕事の手を止めてごめんなさい……いつも美味しい食事をありがとう。それを言いたかっただけの」

「それは……どうも……ありがとうございます」

 女たちは一斉に顔を見合わせていた。

 ──いつもたくさん残すのにさ。

 そんな声がふと耳に入る。

 リザが顔を向けても、何人もの料理女が立っているので、誰が呟いたものかわからない。しかし、そこに立つ女達が、一様にあまり嬉しくなさそうな顔をしていることは伝わった。

 確かにリザは毎回食事を食べ切れないでいる。こちらの料理の量が多い上に、冷たくなって硬くなった肉やパンで、すぐにお腹がいっぱいになってしまうのだ。


 確かに食べ残すことはよくない。

 みんなこんなに一生懸命に作っているのに、私は悪いことをしているのかしら。


「いつもありがとうございます。リザ様はこちらの方々に比べると、体も小さく少食だと思いますので、これからは少し量を減らしてもらえると助かります」

 隣からそう言ってくれたのはニーケだ。先ほどの呟きは彼女にも聞こえていたのだろう。

「だ、そうですよ。みんな聞いたわね。奥方様の御命令です。明日からはお食事の量を減らすこと。わかったわね!」

 アンテの指示に、皆は一様にのろのろと頭を下げた。そして、もう後も見ずに自分たちの持ち場へと散っていく。

「お気がすまれましたか?」

 アンテは勝ち誇ったように尋ねた。

「ええ。もう十分わかったわ。あなたの采配さいはいが完璧だと言うことが。手をわずらわせてごめんなさい」

 リザはそう言って厨房を後にした。


 翌日から、リザの食事は小鳥の餌かと思うほど少なくなった。

「リザ様、これは!」

「いいのよ。もっとひどい時もあったわ。このスープは冷めても美味しいわよ。いただきましょう」

 そう言ってリザは一切れのパンと野菜、冷たいスープだけの朝食を終えた。

「そろそろ本格的に冷えてきたわね」

「この肩掛けは暖かそうですわ」

 ニーケは戸棚から大きめの毛織物を出してきて、リザの薄い肩を包んでやる。エルランドが用意させた物だろう。

「さぁ、今日もお城を見て回りましょう。図書室にも行かなくちゃ!」

 スープを飲み干したリザは、元気よく立ち上がった。

 ここでも生きていくには、自分から立ち向かわなくてはならないのだ。


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