第26話25 不吉な知らせ 2

「あんた……もしかして王様に文句を言いに行くのか?」

「そうだ」

「本気かい? 殺されるかもしれないぜ」

「殺されはしないさ。これでも戦士だ。戦い方は知っている」

 エルランドはこともなげに言った。命の危険にさらされたことなど、一度や二度ではない。

「わかった。もう暗いからこれを持っていきなよ」

 そう言ってオジーは、窓際に置かれたランプを差し出した。

「あんたが、嘘つきでないんなら、リザ姫様を大切にしてやってくれよ。あの方は今までずいぶんな目にあってきたんだ。俺たちはずっと一緒に育ってきた身内のようなもんだ。リザ様が逃げる時、何もかもうまくいかなかったら、俺が嫁にもらうって言ったんだぜ」

 オジーは戦士を挑発的するように言い放った。

「それは困る。リザ姫は俺の妻だからな。だがオジー、感謝する。お前のおかげでリザは生きてこられた」

 エルランドはベルトから短剣を抜いて少年に渡した。

「全く……俺はいつもこんなものしか持っていない」

 以前、リザと別れるときにも小さな小刀を与えたことを思い出す。あの小刀はどうなったのか。彼の不実を恨みに思って、捨てられてしまったのかもしれない。

「我が妻、リザが長い間世話になった」

 長身の戦士は少年に頭を下げた。

「この剣、すげぇな。こんなの初めてみたよ」

 短剣といっても重みのある実用的な剣をオジーは嬉しそうに眺めた。

「では行く」

「気をつけなよ」

 もはやオジーには目もくれず、エルランドは身を翻し離宮を飛び出していった。


 そして──。

 約一時間後、エルランドは王の私邸でもある白蘭宮びゃくらんきゅうの中にいた。

 護衛の騎士や侍従が体を張って止めようとするのを、自分の首に大剣を押し当てて押し通ったのである。

「今夜陛下に会えなくば、この喉ここで掻っ切る!」

「お待ちください! この宮を血で汚すのは……っ!」

「ならば速やかに陛下にとりつげ! 陛下にお会いできたなら、この身を拘束しても良い!」

 部屋の中央で仁王立ちになりながら、エルランドは及び腰の護衛士や侍従達をめつけた。

 ここにいつもの筆頭侍従メノムはいない。おそらく王が休んでいるところまで、報告に走っているのだろう。

「陛下! 陛下! 夜分に無礼は承知しております。イストラーダ領主、エルランド・ヴァン・キーフェル、夜明けまで待てずにまかり越しました。申し上げたいことがございます!」

 エルランドは厳重に閉ざされている、大きな扉の前で怒鳴った。

 返事はない。しかし、しばらくしてから扉が開き、メノムが現れた。彼はきちんとした服装はしていたが、顔が引きつっている。

「……陛下がお会いになるとおっしゃられております。ただし、武器を全て差し出していただき、尚且つ両手を縛らせていただきますが、よろしいか?」

「かまわん。好きなように縛れ」

 エルランドは大剣を投げ出し、上着も脱ぎ捨てた。すぐに護衛士たちが彼の両手首を後ろ手に縛り上げる。両膝を床につかされる屈辱的な姿勢だったが、かまわなかった。

 そのまましばらくじっとしていると、やがて扉の開く気配がした。ヴェセル王だ。

「何事だ。キーフェル。こんな時間に無礼ではないか。謁見は明日の朝のはずだったろう。我が宮で騒ぎ立てた罪は重いぞ。とがめは覚悟しているだろうな」

「もちろんです。ですが、我が言葉を最後までお聞きになってから、よろしくご判断いただきたく」

「ずいぶんな言い草だな……申せ」

 ヴェセルは余裕を見せて奥の大きな椅子に座った。

「さて、私の唯一のくつろげる時間を邪魔した納得できる理由を聞かせてもらおうか」

「は。感謝いたします。きっとご理解いただけるかと」

「……」

「では、早速」

 エルランドはこちらを見下し、微笑むヴェセルに目を据えた。

「リザ姫は王宮のどこにもいませんね?」

「なに⁉︎」

 途端に王の背中が伸びる。

「私が自ら確認いたしましたが、王宮のどこにも、あの離宮にもリザ姫はおられませなんだ。それに先刻私が申し上げた今までお届けした手紙も金子も、やはり誰かに掠め取られていたようです。どちらも姫の手には渡っておりません」

「な……何を証拠に」

「実は私の配下が、リザ姫をある場所で保護したようです。つい先ほど知らせが届きました」

「なっ……なんだと⁉︎ リザ……リザはどこにいるのだ⁉︎」

 ヴェセルはついに椅子から立ち上がった。

「言えません。しかし、それによると、リザ姫は新たに結婚させられることをいとうて、離宮から逃げ出したようです」

「そんなことは嘘だ!」

 ヴェセルは叫んだ。

「嘘ではありませんよ。リザ姫は、男装し、ボロボロの服を着て怪我をしているところを俺の部下が助けたのです。もちろん、この国の末の王女だとは知らなかったようですが。不審に思って調べたところ判明したと。侍女も一緒です」

 適当にハッタリを混ぜてエルランドは状況を説明している。嘘とは、小さな真実を所々に織り込むことによって、一層現実味が出るものである。

「……」

「この王宮のどこかに、リザ姫を貧しいまま、孤立させたかった人物がいるようですね」

 エルランドは、その張本人が王本人だとは言わなかった。まさかそこまで堕ちているとは思いたくなかったのだ。しかし、誰かが王にそうするように仕向けたことに確信を持っていた。


 おそらくに。

 

「これ以上は申しますまい。誰かが私の妻に不当な仕打ちをしていたことが明らかとなった今」

「……どうすると言うのだ。私は今すぐそなたを拘束できるのだぞ」

「お好きにどうぞ。しかし、王に一つだけお聞き届けたき儀がございます」

「な、なんだ! これ以上まだあるのか!」

 秋の夜に汗を流しながらヴェセルが喚く。

「姫とシュラーク公爵閣下との縁談をお取り止めください」

「なんだと⁉︎」

「今ならまだ公式に発表されてはいないはずですから、公爵家の名誉は守られると存じます。もちろんタダでとは申しますまい」

 エルランドは王の返事を待たずに畳み掛けるように続けた。

「もし我が願いをお聞き届けいただきましたなら、今後五年の間、俺が姫を置き去りにしていた期間と同じだけ、国税を二倍納めましょう。しかし、この願いが聞き届けられないのなら、この場で私を捕らえ、お斬りください。ただし!」

「……」

「その後のことは正直わかりかねますが……」

 エルランドの目は爛々らんらんと燃えていた。自分がこの五年間、捨て地イストラーダにどのように尽くしてきたか、王は知っているはずだった。

 だから、自分が王宮で殺されれば、共に苦労した兵士や領民が黙ってはいないだろう。また、彼が鍛え上げた傭兵達は各地に大勢いる。エルランドと彼らとの信頼と繋がりは強固だ。だからこそ彼から取り上げられたのだ。エルランドが不当に殺されたことを知ったら、ただではすまない。やっと収まった国境紛争なのに、今度は国内の騒乱を引き起こしてしまう。

「ぐ、ぐぅう……」

「なにとぞ、この場でご判断を。我が陛下」

 王から離れた床の上で両手を縛られて這いつくばりながら、それでもエルランドは王を圧倒していた。金緑の瞳が王を射竦める。

「さぁ陛下、いかに?」

 エルランドは勝利を確信していた。


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