第27話26 不吉な知らせ 3
夜は白々と明け
あの後、エルランドは王と密かに取り引きをした。
自分とリザの離縁、そしてリザとシュラーク公爵との再婚を取り止めてもらう代わりに、今後五年間、王国に納める税を通常の東辺境規定税の倍を支払うと言う取り決めだ。もちろん物納である。
これはエルランドがヴェセルを、
彼を本気で怒らせたら、必ず反乱が起きると言外に脅しをかけたのだ。
ヴェセルの父の代でほとんどの国境紛争を収めたのに、ここでぶり返してしまっては、またしても大きな出費になるし、せっかく賢王の息子に生まれ、良き継承者と呼ばれている自分の名誉に傷がついてしまうだろう。
それに比べたら、シュラーク公爵との縁組を捨てる方がまだマシと考えたのだろうよ。
公爵はもののわかる男だと言うし、
エルランドは内心で
だが、約束を文書にして署名まで持ち込むのに、散々時間がかかってしまったのだ。
侍従メノムは少しでも王に有利な文言に
そして、夜明け前にようやく、王の署名と
遅くなってしまったが、これは始まりにすぎない。
全てはこれからだ。
あの娘から信頼してもらうためには。
そう、まずはリザの信頼を得るところからだった。
明け方密かに部屋に戻ったエルランドは、すぐさま部下たちに取り囲まれた。彼らは寝ずに主人を待っていたのだ。
「エルランド様!」
「ザンサスがいないな、どうした?」
エルランドはすぐさま部下の不在に気が付いた。
「それが……セローの鳥が伝文を持ってきました。この部屋には窓がないので、念のため
伝文はセローに任されている伝書用の鳩からもたらされたものだ。
そこには短く、そして驚くべきことが示されてあった。
『二人行方不明。後を追う』
「行方不明だと?」
エルランドは呆然と呟いた。
俺から逃げだしたのか……。
「すぐにお知らせしようと思ったのですが、エルランド様の居場所がわからなかったので、とりあえずザンサスをラガースの宿に戻しました。奴の馬ならそろそろ到着する頃かと」
「わかった。俺たちもすぐに出発する!」
「は!」
エルランドの部下は一切質問をしない。彼らは一分もたたずに部屋を引き払い、王宮を後にした。
リザ! 失いたくない!
俺は、俺はまだあなたに何も伝えていない!
馬を駆り立てて、町に向かう。往路の半分の時間でラガースに戻ったエルランドは、宿の前で待ち構えていたザンサスを見つけ、馬を飛び降りた。
「二人は?」
「セローが追っています。俺は連絡役で残りました」
「詳しく聞かせてくれ」
「はい。俺もセローが宿の主人に言い置いたことを聞いただけですが、エルランド様がここを発った翌日の朝早く、二人は宿を抜け出したようです。部屋に二人分の宿賃が置かれていたと。セローの推測では二人は何者かに追われていたようで、俺たちからバレるのを恐れたのかもしれないということで」
「セローが二人がいないことに、気がついたのはいつだ?」
「多分、二時間ほど経ってからかと。夜明け前、まだ暗い内に出て行ったようです」
「東だな」
エルランドは断じた。セローも気づいているだろう。
「だが、妙だな。今は夕刻で、いくら二時間前に出立したと言っても女の足だ。しかも一人は怪我人。セローが馬で追いかけて追いつけない筈はない」
「旧街道を行ったとか?」
「セローならそのくらいのことに気がつく。引き返したとしても、今頃は見つけている筈なのに。確か、次の村までは歩いて一日くらいのところだったな」
「はい。ハーリの村があります。あの者達の足なら、到着できないかもしれませんが」
「……」
そんなに重い旅支度はしていなかったから、その村に当てがあったのかもしれない。
しかし、怪我人を抱えて歩き続けられるだろうか?
悪い予感がエルランドの心を重くした。
「あのう、これは関係ありますでしょうか?」
ザンサスが見せたのは、リザの人相を書いた捜索願いである。宿の帳場に貼られていたものだ。
「……そんなに似ていないが、あるな」
「では、娘の方が主人ではなく、従者の少年が手配されている人物ってことでしょうか?」
「そうだ」
「なるほど、お尋ね者なら、どこかに隠れてセローをやり過ごしたかもしれないですね」
「そんな知恵が働くといいのだが……」
離宮が主な生活圏だったリザは、貧しいが世間知らずだと言うことは容易に想像がつく。
考え込んでしまったエルランドにザンサスが遠慮がちに尋ねた。
「お伺いしても良ければ……いったいあの娘達は何者なんですか? エルランド様とどんな関わりがあるのです?」
「妻だ」
主の短く苦い応えに、騎士達は驚いて顔を見合わせた。
「俺は妻を探しに行く」
そう言うと、エルランドは身を
「絶対に見つける。どうか無事でいてくれ」
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