第11話10 私にできること 2

 その日も花はよく売れた。

 リザは自分の部屋で、オジーが持ってきてくれた硬貨を数えていた。

 売り上げの半分はオジーの家族に渡し、残りから更に半分をニーケに渡す。

 オジーもニーケもいらないと言っていたが、リザは聞かなかった。温室を作ったり、苗を集めたり、市場の権利を買い取ったり、全てリザ一人ではできなかったことばかりだ。

 リザも得た金で安い布を買い、オジーの母に習って自分の服を作った。何しろ王宮から届くものは古着ばかりで、それも実用に向かないごてごてしたドレスばかりだったのだ。

 わずかな儲けでは平民の着るような服しか作れなかったけれど、着やすい木綿の布地にリザは満足だった。

「リザ様、オジーが絵具と紙を買ってきてくれました」

「あら嬉しい!」

 ニーケの差し出した品を見て、リザは喜んだ。絵具も紙も、ちょうどなくなりかけていたからだ。画材は王都の南の専門店街に行かないと売っていない。

 リザはこの頃、花の絵を描いてオジーが作ってくれた額に入れ、店に並べるようになった。

 すると、その絵にもわずかな値が付き、店を出すたびに一枚、二枚と売れていく。これはリザには非常に興味深いことだった。

「オジーの話によると、リザ様の絵をめてくれる人が多いそうですよ」

「でも、リザ様。あんまりオジーと仲良くしないほうがいいかと思います」

 オジーはリザより三つも年下だが、職人の常で年上との付き合いが多いため、体つきは細いのに最近とみに大人びている。

「どうして?」

「オジーは最近、年上の庭師とお酒を飲んだりしているそうだし、女の人のいる酒場に出かけて遅く帰ったり」

「女の人がいたらだめなの?」

 男女の機微にうといリザは不思議そうに首を傾げた。

「よくわからないけど……それより、ねぇ、ニーケ。私、考えたんだけど……」

「なんでございますか?」

「これからは毎週市場に出られないかな?」

「えっ?」

 ニーケは驚いて目を見張った。最近のリザは、とにかく色んなことを考えついては実行に移そうとする。

「だから、これからは毎週お店に出てみたい。この頃はお花も増えたし、小さな鉢に株だってたくさんできたわ」

「それはそうですが、でも」

「それから、今度から私、裏ではなくお店の表に立って呼び込みをするわ。だっていつも裏方なんだもの」

 裏方と言うのは呼び込みや金銭のやり取りではなく、店の奥で花に水をやったり、売れた花を包装する役割のことだ。

「でもそれは、リザ様の身の安全のためです。今だって人の少ない時期を選んでいるのですから」

「誰も私なんかに関心を払わないわよ。もっとお金持ちそうな綺麗な女の人がいっぱいいるのに」

「ですが、世の中にはお金を持っていない若い女性を狙う悪い人もいると聞きます。油断はできません」

 ニーケは慎重に言った。

「大丈夫よ、オジーだっているし。なんなら私も男の子の格好をすればいいわ。幸い私の髪はそんなに長くない」

 貴婦人のように毎日洗えないので、リザの髪はいつも肩までしかない。ただ、王都では珍しい黒い髪だから、市に出る時は帽子をかぶることにしている。

早速さっそく次の市に、私は出るわ!」

 リザは宣言した。

「でも、次の市が立つ日には、広場に芸人が来るらしく、人が多くなるといいます。やっぱりやめた方がいいかと……」

「じゃあ人々はそっちを見るわね。かえって目立たないと思う」

「……それでも、万が一あちらに知れたら」

 あちらと言うのは王宮のことだ。

「知れたってどうと言うことはないわ。兄上は私に無関心だし、たとえ死んだってせいせいすると思うわよ」

「そんな! それに、は……」

 ニーケは言葉を濁した。

「ニーケ」

「も、申し訳ありません!」

 リザのまじめな声に、ニーケは慌てて目を伏せた。こんなことは珍しいのだ。

「いいのよ、ニーケ。あの方は、私のことなんてきっと忘れているわ。そんなことくらい、とっくにわかっているわよ」

 リザは努めて明るく言った。

「そんな!」


 五年前、リザが王宮へと連れられて行った翌日のこと。

 朝靄の中、リザを離宮まで送ってくれた背の高い男性は、非常に気がかりそうにリザを見ていた。

 何度もすまないと謝り、呆然とするニーケにエルランドだと名乗り、リザのことをくれぐれも頼むと言い置いて去って行ったのだ。

 そして、その日の夕刻、リザは体の異変に気がついた。初潮だった。

 ニーケは「おめでとうございます。これでリザ様も大人になられたのです」と言ったが、リザは自分の体から流れるものに違和感しか感じなかった。


 大人になったってしようがないわ。

 私にできることなんかきっと見つからない。こうして、息をひそめて静かに暮らすだけが精一杯のカラスなのに。

 あの方は子どもの私だけ知って、そして出て行ってしまった。

 

 その日からエルランドは、二人にとって「あの方」となった。リザがエルランドの名を呼ぶことは決してなかったのだ。

 しかし、リザはやがてゆっくりと進み始めたのだ。

『全て言いなりになるのは嫌だ』

 あの言葉を繰り返し心に刻んで。


「ニーケ、私はもう十四歳の子どもじゃないわ。放って置かれても、こうしてなんとか暮らしてる。少しだけど世間も知ったわ」

「……リザ様」

「いいのよ、私はもう少しだけ私の世界を広げたいの。だから、次の市場に私は立つわ」

 リザの言葉に迷いはなかった。


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