第12話11 私にできること 3
リザが出ると決めた市の日まで、あと三日となっていた。
できるだけたくさんの花を出せるよう、毎日庭に出て花の世話をする。そして、時間を見つけては美しく咲いた花を写生した。図録に影響を受けたリザの花の絵はあまり大きくはないが、綺麗なだけでなく、細密画と言ってもいい
それが珍しいのか、今まで描いた絵はほとんどが売れたのだった。
その日もリザは温室で絵を描いていた。
あとひと月もすれば冷たい風が吹き始めるだろう。王都はそうでもないが、北や東の地方の冬は厳しいと聞く。
リザが注意して調べたのは東の地方の情報だった。本を買うほどの余裕はないので、町の人や旅人の話が頼りだが、東の地方の情報は少ない。新しい領主のうわさも然りである。
「考えたってしようがない。私できることは今これだけなんだから……花びらの縁の曲線は繊細に、ほんのり紫を足して……、葉っぱは緑だけでなくて
リザは花の特徴を
複雑な形に重なり合った花や葉を紙の上に再現するのは難しく、根気のいる作業だ。筆先が止まらぬよう、生き生きとした描線で描いていく。
いつしかリザは描くことだけに熱中していた。
午後の日差しはどんどん濃くなっていくようだ。
「リザ様!」
ニーケがばたばたと駆け込んできたのは、リザがそろそろ筆を置こうかと思った時だった。
「どうしたの?」
滅多にないことに、落としそうになった絵筆を水入れに突っ込んでリザは振り向いた。
「たった今、王宮からお使いが!」
「あら、そう?」
ニーケは驚いているが、どうせいつもの安否確認だ。前回来たのは二ヶ月前だから、もう少し間があると思ったが別に構わない。
「では着替えるわ。お待ちいただいて。お茶なんか出さなくっていいわよ。どうせ飲まないし、すぐにお帰りになるし」
立ち上がってリザは温室を後にする。
「は、はい」
リザの着替えに手伝いはいらない。なんでも自分でできるからだ。持っている服の中で一番様子の良いものに着替えると、髪を整えて客間──と言っても、ただの古ぼけた居間だが──に入った。
そこにいたのはいつもの安否確認要員ではなく、五年前と同じメノムという兄の侍従だった。
「お久しぶりでございます。リザ様」
「こんにちはメノムさん。私はこの通り元気よ、兄上にもそう伝えてくださいな。ではごきげんよう」
このメノムと言う男をリザは好かなかった。かつて十四歳だったリザを、虫でも見るような目つきで見たからだ。褐色と言うのは暖かい色なのに、なぜこの男の目はこんなに冷たいのだろうと、リザは思う。
あの方とは大違いだわ。
「お待ちください。本日は陛下よりお
痩せた男は眼鏡の奥からリザを見下ろした。彼の
「言伝? なんでしょう?」
妙な
メノムはわざとらしく咳ばらいをして
「申し上げます。リザ姫には、これより二月の後、王国の次席公爵、シュラーク公爵家に嫁ぐように、と言う陛下からのお言葉です。五日後に迎えをよこしますので、それまでに身辺整理をせよとの仰せでした」
「え⁉︎ どう言うことですか? 私はすでに嫁いだ身の上です! あなたも知っているでしょう?」
予想もしなかった事態に、リザは声をあげた。
「リザ姫の夫である、イストラーダ領主、エルランド・ヴァン・キーフェル閣下からは、数日内に離縁届けが届く手筈になっております。これによってお二人の離縁が成立いたします。おわかりですか?」
「りえん……?」
何を言われているのか、すぐには理解できなかった。
「左様。ですので、姫にはこの後、王宮で公爵家にふさわしい教育を受けていただき、二月後の結婚式に向けて準備を整える手はずになっております」
「……りえん……離縁届け?」
リザは呆然と繰り返す。
「詳しくは陛下にお尋ねくださいませ。では私はこれにて。五日後にお迎えにあがります」
メノムはそう言うと、立ち尽くすリザを置いて去っていった。
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