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視界が激しくスパークする。遅れて生命維持装置にヘルメットに様々な方向からけたたましいまでの警告音が鳴り響く。規格が異なっているのか、どうやら外側は内側の物と相性が悪いらしい。深く潜りすぎたせいでオーバーヒートを起こしたのか、私は悲鳴一つ上げられずに光の奔流の中をなされるがまま揺れていた。
とっさの動作が出来ない我が身が疎ましい。腹部を刺し貫かれた時と今とではどちらがピンチなのだろう。とりあえず視界だか脳で発生している光が収まる気配はない。このまま処置が施されなければヤバい事だけは分かる。
「二葉ちゃん!」
そして、私に危機が迫ればカズハが陰に日向に助けてくれる事も……分かっている。
カズハは私の頭部からヘルメットを無理やり引っこ抜いてケーブルも引き抜いた。シンプルで雑な解決法だけどそれが功を奏して生命維持装置は復旧を始めた。私の視界ももう光を見ていない。真っ赤に染まるカズハの顔を映している。
「アンタのそんな顔初めて見た」
「だって……二葉ちゃんが私のプライバシーを全部見ちゃうんだもの! 絶対に知られたくない事、全部! こ、こんなに恥ずかしい事……無いもん!」
今カズハが感じているのは恥じらいか、怒りか。なんて感情豊かな表情。こんなの普通の人形じゃ出来ない。やっぱりカズハも私の……お姉ちゃんなんだ。
「ハハハ……」
「二葉ちゃんこそ……」
「……何よ」
カズハは一転して意味深な笑みを浮かべる。冷泉のネコ目のようにまなじりを釣り上げては顔を寄せ――
「どうして泣いているのかなぁ?」
「……は?」
重い両手を何とか持ち上げて頬に触れる。いつの間にかそこには二つの流れが出来ていて……。
「お姉ちゃん、って言ってくれたの。嬉しかったなぁ……」
「……アンタまさか⁉」
冷静に考えれば当たり前の事だ。ヘルメットはホムンクルスと人間とを繋ぐ送受信機。私がカズハの深い領域に潜ったと言うのであれば、その逆もあって然るべき……であれば……。
「ねえねえ二葉ちゃん、もう一回! もう一回だけ『お姉ちゃん』って呼んでくれない? お願い!」
「……嫌だ!」
「えーいいじゃない。私の寿命もうほとんどないんだよ。ここまで来るのに結構苦労したの二葉ちゃんも見たでしょ。なんとか間に合ったんだからさ、ご褒美くらい欲しいなぁ」
「うるさい! 機械のオーバーヒートでそこまでは見ていない! それにカズハが私のために働くのは当たり前でしょ。アンタは私の奴隷なんだから」
「そんな事言って寂しかったくせに。お姉ちゃんは二葉ちゃんの事全部見ちゃったよ。凄いね二葉ちゃんの人生真っ直ぐだけどスカスカ。もっと色んな人と友達にならないと人生寂しいよ」
「寂しくて結構よ。私の人生余計な人間関係は欲しくないのアンタも知っているでしょ! それに……」
「それに?」
お互い、その先の言葉は言わずとも分かる。私にはカズハ、カズハには私。一人の少女から生まれた私達はつまるところ不可分な存在でお互いどうしようもないくらい影響を及ぼし合っている。
でも……「私にはカズハで充分」なんて言葉で私達の関係を止めてしまうのは違う。私は進む事を、カズハは私を進ませる事を望んでいる。先へと進めない二人の姉のために私が言うべき言葉は……。
「……」
我ながら絞り出すようなか細い声。他人を相手に言葉に本心を乗せることがこんなに不安な事なんて初めて知った。改めて、いつも全力で愛情を示してくれたカズハの強さがまぶしい。
だからこそ、今度は私の番。道具が自らを「お姉ちゃん」と定義しがむしゃらに尽くしてくれた事に感謝を。弱くてあらゆることから逃げてきた私だけど、ここは正面から向き合いたい。
「お姉ちゃん……今まで……ありがとう……」
今更だけど、私はあなたの「妹」でいられて幸せだった。その気持ちは果たしてカズハに伝わっただろうか……。
「二葉ちゃん……」
カズハの矮躯が腹部に飛び込んでくる。当然激痛が走る。それに加えて涙に鼻水に涎に、彼女の顔面から溢れるあらゆる体液の感触が患者衣越しに伝わってくる。傷口になんてもの塗り込んできやがる。
でも……不快じゃない。今私はとても満足している。この小さい温もりが私の居場所。私を守ってくれたゆりかごだった。それが分かったことが人生最大の幸せだ。
それから私達は体中の水分を出しつくすように泣き明かした。生命維持装置の異常に気付いた職員たちが駆けつけても私達は無視して泣き続けた。みっともないけど感情が溢れて止まらなかったし、ようやく姉妹になれた事を誰にも邪魔されたくなかったのだ。
その日私は初めてカズハを自分の腕で抱きしめた。青白いはずの彼女の体はこの世の何よりも温かくて柔らかい、愛情の質感を感じた。
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