3―4

『二葉ちゃん‼』

『こっちは何とか制圧……』

「現場付近の五体は斑熊をベースへ。その後すぐに交代要員と入れ替わりなさい」

『膨れネズミが多すぎるよ!』

『弾切れ⁉』

「ベースへ引き付けるように後退しなさい。シェルターまで行ければ汚染動物をいくらでも殲滅できる。怪我で使い物にならなくなった個体もついでに逃げなさい。補充要員を申請する事を忘れずに」

『でもそれだとシェルターの拡張工事の人員もいなくなっちゃうんじゃ……』

「知るか。どのみち今の状況じゃ拡張工事なんて夢のまた夢よ」

 簡易テントの中で私とホムンクルスたちのやりとりをいぶかしげに見つめる同僚たちの視線が注がれる。全く、私の事を見ている暇があったら――

「B班の状況は?」

「三メートル級の汚染動物を仕留めたが対応したホムンクルスは全滅。サンプルの回収は出来ないな」

「あっそ。だったら私の手持ちの個体を五体出すわ。サンプルをベースまで回収する」

『分かった!』

『待ってて、すぐに片付けて戻るから』

「ちくしょう! 俺の部隊が――」

「C班どんな状況なのよ?」

「例の鹿に似た奴だ。五体やられた。残りの一体も右腕もがれてとてもじゃないが……」

「草食相手にもっとマシに指揮出来ないの⁉ 無駄遣いしやがってくそったれ……」

『私なら支援できる。あの子に耐えるように指示出して!』

「あと三分耐えるように指示を出しなさい。私のが一体合流する。弾薬は十分にあるんでしょ」

「そんな欠損個体に構うよりもベースから新しいホムンクルスを補充した方が早――」

「欲しいのは情報よ。いくらあいつらが安いからって経験値が無ければ意味ないでしょうが。無駄遣いは結構だけど、それに見合う成果は出しなさいよ!」

 斑熊発見から二週間が経った。今までも森を切り開いていたら大型に遭遇する事は合ったけど、あれをきっかけに毎日のように遭遇率が上がっている。三日前からは二メートル級が作業現場に度々現れては被害を出すまでに。森の奥で変化が起きたのは間違いない。シェルター政府はこれを新暦史上例のない危機と判断し、大規模な山狩りを実行する事を決断した。

 作業員とホムンクルスの七割を森の中に投入し、目につく汚染動物を片っ端から狩るという作戦と呼べるかも怪しい単純極まりない指示だけど、現に雪崩のように敵が迫ってくるのだから応戦しなければいけない。私達はそれぞれ三〇体前後のホムンクルスを率いては森に設営した拠点で指示を飛ばしていた。

「A地点無力化完了。残存した二十三体を帰投させる」

「待って、五体だけ残してちょうだい。このペースだと五時間後くらいに次のが現れるかもしれないわ」

「C地点も無力化したが全滅だ。サンプルの回収は無理だな」

「うちのを向かわせる。B地点は三分で片付く。何で現場に肉を残して平気なのよ。それが原因で他の肉食が寄って来たらどうするの‼」

 どうしろって、と同僚がブツブツ嫌味をこぼす。ああこれだからどうしようもない政治犯は嫌いなんだ。能力が無いのはいいけど、そのやる気の無さで三〇体をまるまる無駄にしやがった。

『二葉ちゃん、こっちは片付いた』

『怪我も大丈夫。すぐに片付けに入れるよ』

「よし! 二〇体はB地点の片付け。十体はC地点の片付けに向かって」

 ヘルメットにはホムンクルス達の動きが目まぐるしく表示される。奴隷として生まれた彼らは本来この森で生まれた生き物よりも縦横無尽に動き回り、命を奪い、奪われる。圧縮された生命のサイクル。彼らの視界を乗っ取って映る色彩は緑を真っ赤に浸食している。

 もう二時間ぶっ通しで山狩りを行っているのだから常人であれば倒れていても不思議では無い。現に指揮現場の作業員は私を除いてグロッキー状態。中には錯乱してヘルメットを脱ごうとホムンクルスたちとの通信を物理的に切断しようとするアホまでいた。私が気絶させなければ汚染で死んでいただろう。まあ、常時通信状態に伴うストレスは分からなくもないけど……。

 対する彼らは疲労なんてどこ吹く風。指示が要らない範囲であれば機関銃をフルオートに汚染動物の掃討と回収をやり続けている。表向きは疲労を感じないその肉体が羨ましい。

『ちょっと息が切れてきた……』

『私の方は寿命かも……動かないや』

「……」

 実際のところは耐久値が存在していて、それに人間が気付けないだけだ。痛覚が無いだけでダメージは立派に蓄積される。その辺りを上手く見抜けないと部隊のパフォーマンスは一気に落ちて、さっきの政治犯みたいに全ロストも普通にあり得る。

 ちぐはぐな人形たちのマーチ。汚染動物の津波は一体いつになったら収まるやら。

「なあ草薙、俺達そろそろ交代しないか? もう撤退していい頃合いだろう。波は一旦収まった。ホムンクルスたちはサンプルの回収で手いっぱいになるし、俺達も休養を取った方がいい。これ以上あいつらの中にのは脳が焼けるぜ……」

「……」

 確かに、簡易テントのテーブルの上では私と意見を述べてきた彼以外が頭を抱えて突っ伏している。だらしないと思う一方、彼らの耐久値も限界なのだろう。

「アンタたち後退するホムンクルス達を護衛代わりに先に戻りなさい。人間の交代要員を呼ぶの忘れないで」

「ね……姐さんは一緒に戻らないんで……」

「誰か一人見張っていないとヤバい奴が迫った時対応出来ないでしょう。足手まといは嫌いだから、ここは私に任せて早く行きなさいな」

「俺も残る。俺の部隊は二〇体、まだ戦える。控えの戦力があった方が心強いだろう」

「いや、その二〇体は私が貰うわ。アンタはこいつらと私の部隊のおもりを頼む。頭がハッキリしている奴がしんがりを務めた方が安全でしょ。安全地帯に向かうとは言え、サンプルなんて美味しそうなもの運んでいるんだから、もしかしたら奇襲を受けるかもしれない。任せたわよ」

「……了解した」

 私は彼と互いの部隊の指揮権を交換させ、一人テントに残った。規則正しい軍靴の音が遠ざかってゆくと先ほどまで騒々しかった森が嘘のように静寂に包まれてゆく。

 テントの周囲だけが不自然に緑色を残しているのも雰囲気に一役買っているのかもしれない。ここだけ見ると旧時代のレジャーのように、保養のために森に入ったような気分になる。

「………………ふう……」

 試しに適当なホムンクルスの視界を覗いてみる。血塗られた森の中、汚染動物は一匹たりとも姿を見せない。たまにネズミのような生き物が横切るくらいだが、脅威判定が低ければホムンクルスはトリガーを引かない。チャンネルを捻るように次々に視界を切り替えては、同じような場面が続く。どうやら本当に波が去ったみたいだ。

『波が引いた……かな』

『ザコは適当に片付けるから二葉ちゃんは交代までゆっくり休んでいて』

『私達に任せてよ』

「……」

 前言撤回。脳波通信は相変わらず姉の声で彼らの思考を受信する。

 長距離通信に慣れたせいなのか、私の脳は機械と複合して彼らの声を壊れたラジオみたいに受信し続けている。まだ森の中限定だけど、今では側に同僚がいても会話が聞こえるし、さっきみたいに要求以外の世間話まで出来るように。ここまで来るともうホムンクルス同士で何かしらの会話をし始めても驚かない。アレだって生き物なのだ。彼ら独自のコミュニケーション体系が翻訳されて伝わってきてもおかしくないだろう。

「……」

 もう一つ不可解なのはどれだけ通信を続けても疲労を一切感じない事だ。幻聴とはいえ相手が言っている事を理解して、それに対して的確に指示出しを出来ているのだから戦闘におけるストレスは少ない。それは分かる。でもこうも連戦続きで頭を酷使すれば常人であれば倒れてもおかしくない。冷泉みたいにタフじゃ無ければ私だって倒れているはずだ。

 果たして同僚たちは私の通信状態をどのように評価しているのだろうか。電波の質で言えば同じ規格のヘルメット、通信の影響は私にも同じように脳を刺激している。しかしながら、私には幻聴が聞こえているにも関わらず――ストレスと別に――疲労は感じていない。むしろ混戦状態において自分だけ所有する部隊へ的確に指示できるアドバンテージの前に達成感すら覚えている。本来平等な立場の作業員、二週間程度で隊長のように扱われはじめているのだから気分は悪くない。

「デザイナーベビー……」

 本来姉が呼ばれるはずだった属性。姉の臓器袋であった私にもその性能が引き継がれていておかしくない。地上奪還計画、そのために生まれた人的資源、リソース。ひょっとするとホムンクルスたちとのコミュニケーションは本来これが正しい形なのだろうか?

『二葉ちゃんは森の事を知っている?』

『昔はね、田園風景って言って自然と人間が調和する生活圏を作っていたんだ』

 シェルターを抜け出して、森の中という極限状態に入り込んでも生まれは私を呪い続ける。

『二葉ちゃんは動物園以外にもたくさん動物がいる場所って知っている?』

『外に出られていた頃はね、街には猫やカラスが溶け込んでいて、山の中には熊とかイノシシっていう強い野生動物がいたんだ。海には魚が……ああ海っていうのは――』

 ラジオは私の思い出まで流出させてホムンクルスたちに伝染してゆく。二重、三重に増幅される姉の声。聡明だった姉は外の世界の事を研究したかったのか、幼い私に向けて病室にぶちまけた大量の紙の資料を使って、身振り手振りで見たことも無い生き物たちの事を教えてくれた。

 姉もまた遺伝子操作で外に関心を持つように設定されていたのだろうか。これから自分の内蔵になるリソースにそんな事を教えても気分が悪いだけだろうに。姉は私を徹底的にモノとして扱うべきだったのだ。

『二葉ちゃんは可愛いね』

『二葉ちゃんならきっと私以上になんでも出来るんじゃないかな。ごめんねこんな狭い部屋に何度も呼び出されちゃって。疲れちゃうよね』

 あるいは自分が死ぬ事を分かっていたからこそ、私の事を初めて人間扱いしてくれたのだろうか。大きな姉の手、私の頭を撫でてくれて、温もりを与え続けてくれたあの手。

『ねえ二葉ちゃん。お姉ちゃんは二葉ちゃんの役に立てたかな』

「――ッ!」

 両手がヘルメットに手をかける。安全装置がかかっているから脱げる事は無いけど、警告表示と共に自分が正気でないことを遅れて理解する。

 なんだ……私もどうしようもない政治犯と一緒じゃないか……。この異様な状況に十分参っている。

 今のバイタルサインはスマートウォッチからヘルメットの通信機能を通じてシェルターに送信される。内側から離れたと思っても、私は結局文明の庇護を捨てきれていない。結局のところ私は自立出来ていないのだ。冷泉辺りが気づいて、控えの作業員を早めに派遣してくれると助かる。比較的疲れは感じていないけど、幻影が与えるストレスの蓄積が限界に近づいているのかも。

 一人になったはずなのに――かえって姉の幻影に囚われているのはどういう理屈なのだろう。もっと遠くへ……それこそ森の奥の……通信が届かない場所にまで行ってしまえば私にかけられた呪いを振り切ることが出来るのだろうか……。

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ――」

「――!!?」

 咆哮、それと同時に脳内ラジオがピタリと止む。

 第二派が発生したのだろうか。いや、だとしても今まで幻聴が聞こえなくなる事は無かった。ホムンクルス達は襲い掛かってくる様々な汚染動物の事を事細かに報告してくれるはず。それが無いということは――

「……‼」

 手持ちの二十七体の視界を次々に表示してゆく。森の中には汚染動物の影が一つも無い。となるとあの咆哮は複数の声が混ざった物では無く、一体が出したもの⁉ ありえない、この周囲に生命反応は検出されていない。仮にたった一体が発したものだとすればそのサイズは三メートルを超えるものに……。

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ――――‼」

「――ッ⁉」

 たかが咆哮――音の振動――で森が揺れている。もしかするとホムンクルス達は今まで体験した事の無い脅威を前にフリーズを起こしているのかもしれない。私だって疲れが吹っ飛ぶほどに緊張して――

「――ッ、アンタたち! しっかりしなさい! ボーっと突っ立っているんじゃない! 武器を構えなさい、すぐに増援が来る。それまで持ちこたえればいい。私が逃がしてあげるからやる気を出せ!」

 ようやく脳内ラジオのボリュームが上がり始める。弾薬のチェック、大型動物に遭遇した場合の動作パターンの確認、シェルターまでの足止めなど様々な情報が駆け巡るけど、それらの思考は咆哮が出ればかき消されてしまうほどにか細い。

 全く……アンタは私の役に立つために生まれてきたんじゃないの――

「くそったれっ――」

 とにかく士気が上がらない。指揮官が現場に突入するなんて自殺行為も甚だしい。でも、今のままホムンクルス達に指示を出しても案山子より役に立たない。アイツらに対してカリスマのある――らしい。私が前に出れば、彼らを足止め程度には役に立たせることが――

「……は」

「グルルルァアアアアギャアアアアアアアアアアアアアアアァ――――!!!!!!」

 確かに私は三メートルよりも大きいだろうと予測していた。間近で見ればその予測が正しいことが分かったけど……。

「これは無いでしょ……」

 脳内ラジオの音量は一向に上がらない。そりゃそうだ、こんなモノを目の前にしたら誰だって思考が止まる。

「グルルッルル……」

 人間が自然界に施した汚染の影響はここまで極まっていたのか。それが踏んだ足元からは続々と小動物が駆け出しては森の方々へ逃げてゆく。驚くべき事に、肉を見つければ食らいつかずにはいられない膨れネズミすら私達を無視してシェルターめがけて真っ直ぐに、私達をスルーする。

 私達が相手にしていた現象、その元凶が目の前に現れたということだ。

 目の前に立ちはだかるは一〇メートル級のイノシシ型の汚染動物。唸り声を一つ上げるとそいつは私めがけて突進をくり出した。

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