3―3
外の作業で最も難易度が高いのが狩りだ。
どれだけ経験と記憶を蓄積させようと、思考を奪われ能動的な行動が出来ないホムンクルスは積極的に他者を攻撃する行動を取ることが出来ない。そこでこの作業に関して言えば監督役である人間が現場に赴き指示を出すだけでなく、彼らに混ざって自ら武器を取って戦う必要がある。
「相変わらず鬱陶しい……」
彼らに目標までの進路を切り開かせながら自身も武器を構えるのを怠らない。いくらホムンクルスが肉壁になってくれるとはいえ、汚染により野生動物がどのような性質を発現させるのかは未知数だ。過去には彼らに囲まれながらも、並外れた跳躍力を持つ汚染動物の上からの一撃で絶命した作業員がいた。そんな間抜けな目に遭わないためにも気を抜かずトリガーは常に指にかけている必要がある。
汚染動物はシェルターに害をもたらす明確な外敵だ。元はといえば人類が自滅ともとれる兵器の数々によって変質させられてしまった被害者なのだけど……人類と違って自然環境は柔軟にこの汚染された地上に適応し、一五〇年の間に森の主として振舞っている。
シェルターが汚染動物を狩る理由は大きく二つ。一つ目は医療部門の要請。人間であれば防護服が必要であるにも関わらず、汚染動物だけは自由に呼吸し、森の中を駆けまわっている。そんな彼らを解剖し生体メカニズムを解析することで人類がこの土地に適応できる可能性を探ろうと言うのだ。
二つ目はシェルター拡張作業の邪魔者の排除。先日ホムンクルスが右手を食いちぎられたように、森を破壊したり、シェルターの増築作業をしていたりすると作業に反応して汚染動物が襲い掛かってくることがある。
膨れネズミが一匹であれば作業の邪魔にならないが、時折三メートル級のイノシシとクマの混ざったような化け物が飛び出してくる事もある。そんなのが襲い掛かって来たら作業どころでは無い。作業員は全力をもって脅威に対応しなければならない。
狩りの基本は罠による捕獲がほとんどを占める。急務とはいえ、闇雲に森の中に入って銃弾を乱射するのは賢くない。銃弾一発がそれなりのコストで生産されているため節約することが推奨されている。加えて、いくら位置情報がヘルメットに表示されるとは言え森の中はシェルター内部と異なり内部環境が常に更新される。過去には異常発達した植物種が存在によって数十分ごとに地形が変わる区画も存在していた。下準備無しで森の、とりわけ奥の方へ行く事はリソースの乱用を意味する。一定範囲の植生の調査、汚染動物の出現傾向・その種の行動パターンから適切な罠の設置、罠で仕留めきれない場合の実力行使の準備等、様々に頭を使うのが狩りなのだ。
「うー……」
一つ目の罠に到着した事を先行するホムンクルスが知らせる。ヘルメットも罠が発する信号を受信し、予定通りの物である事を照合した。
「ふん」
大型犬のケージを思わせる檻の中、そこには先日私のホムンクルスを襲ったのと同じような膨れネズミがぎっしり詰まっていた。どうやらこの種の生き物は飢餓感が強いのか檻の中に収められていたエサにほいほい引き寄せられたようだ。……エサどころか共食いまでして檻の中が死骸も含めてぎゅうぎゅう詰めになっているのは予想外だけど。
檻をホムンクルスの一体に持たせて再び進行を開始する。二つ、三つと回収しながら位置情報に、視覚情報を注意深く記録してゆく。罠の回収が順調と言うことはこの周囲の植生が大規模な環境の変化を起こさない事を示している。罠の中も膨れネズミばかりで、人間には有害かもしれないけどシェルターの防壁を突破できるような破壊力は持ち合わせていない。ここ一帯はどうやらシェルターの拡張に適している環境であるみたいだ。
なんて作業を部下に任せてレポートを作成している時だった。
「うー!」
『二葉ちゃん右!』
「‼」
声が導くままに自動小銃を構え引き金を引く。
「グギャア……⁉」
目の前に現れたのは二メートル級の熊を連想させる汚染動物。白と黒のカラーリングはパンダの模様のようだけど白地に黒と灰色が三センチ大の斑模様が広がる様は疫病にかかったようで愛らしさは微塵も感じられない。何よりも両目が血走り、口からは血の泡を吹いているのが猟奇的だ。
「構え!」
言葉を発するよりも先に、私の危機感がヘルメットを通してホムンクルス達に届く。彼らは目標を認めると私と同じように自動小銃を構えては弾丸を打ち込んでゆく。
「ガアアア……グキャアアアア………………ッ――」
相手が怯んだ所で私はこんなこともあろうかと用意していた三〇口径の猟銃を構える。
『二葉ちゃん早く!』
『そろそろ弾がもたないよ!』
「……――ッ!」
ヘルメットのガイド表示が熊の脳天を示し、そこに射線を合わせて引き金を引いた。
ズドン! 強烈な音を立てて弾丸が脳天の中へ。貫通しなくてもいい、体内に入った瞬間爆発する炸裂弾。内部をシェイクされた生き物はピクピクと生物反射を繰り返しながら真後ろに倒れて絶命した。
「……」
「うー……」
「うー……」
「うー……」
ホムンクルス達は一仕事終えたと唸り声をあげるだけ。そもそも彼らには人語を発する機能が無いのだから滑らかにしゃべる事なんて出来ないはずだ。
「……この先三〇メートルにある罠を一つ回収したら一度帰還するわよ。流石に十体じゃこの熊を引きずる事なんて出来なそうだし」
私の指示にホムンクルス達がうーうー唸り始める。貴重なサンプルが膨れネズミに食われないように七体を死体のそばへ残し、私は三体を護衛兼作業役に付けると罠の方へ動き始めた。
とっさの判断においては人間に劣るホムンクルスだけれども、先ほどの戦闘のように基本的には人間が簡単な指示を出すだけで眼前の危機を的確に処理できる。あれだけの弾丸を受ければ、斑熊も弾切れになる頃には絶命していたはずだ。森での戦闘経験値だって前時代の人間以上に濃い彼ら。注意することが多いとは言え、森の浅い地点であれば本来人間は楽が出来る。
それなのに……私には彼らが人間に何かを要求する声が聞こえてしまう。狩りの難易度は高い。まともな人間にとってそれは命にかかわる作業と言う意味だけど――私にとっては精神にも悪影響が出ている。
『二葉ちゃんの判断通り、この罠回収したら一旦戻った方がいいかも』
『マガジンの替えがあるとはいえ、あの熊はデータに無かった。装備を一新する必要があるね』
『熊のデータ次第ではこの周囲の開発は諦めなくちゃいけないかも』
「ああもう……うっさいわね! そんな事わかっている! 無駄口叩かないで作業に集中しなさいよ!」
「……う?」
声を荒げても返事は小さな唸り声。同じ顔が一斉に「なにかあったのか?」と首をかしげてくるだけだ。
「はぁ……」
ああ分かっている。これは幻聴だ。彼らがうーうー言っているのを私の脳が勝手に何らかの言葉に翻訳しているに過ぎない。
周囲に人間がいないからか、森の中が雑音を吸収するまでに茂っているからなのか、理由は分からない。けれど狩の作業に入ると私は必ずと言っていいほど彼らの声を聞いてしまう。
『戻ったら二葉ちゃんの猟銃を全員に装備しようか』
『それよりも私達の情報を並列化させた方がいいよ。みんなにも危機を知らせないと』
『他の子達の経験値も欲しいところだね。熊との戦闘を知っていたらいいけど』
「……」
ホムンクルスの外見は中性的だけど、過酷な環境下での作業のために身体能力は人間のそれをはるかに凌駕している。それゆえ男性的に「彼ら」と表現されることが多くて私も彼らの事を――青白さを除けば――好青年のような外観だと思っている。
それなのに――脳内に響く彼らの声は何故姉の、あの甘ったるいものなのだろう――
「おや、二葉。帰還には早くないかい?」
森からベースに戻ると冷泉が私を迎えた。その宇宙服みたいなダサい防護服こそが文明の象徴なのだろうか。彼女を認めると同時に同僚の覇気のない指示と、ホムンクルスたちの作業音が鼓膜を上書きしてくる。私の部下たちはあっという間にでくの坊へと逆戻りした。
「ちょっとしたイレギュラーよ。装備の換装とホムンクルスの並列化を希望するわ。詳細はレポートにまとめてある。承認してちょうだいな」
「なるほどイレギュラーだ。まあ装備の換装はいいとして、並列化の方は難しいぜ。二葉の知っている通りホムンクルスの定期並列化は終業時と決まっているし、全ホムンクルスの作業を止めるとなると――」
私は無言で親指で後ろを指差す。遅れてやって来たホムンクルス達七体が斑熊をずるずると引きずる様子に冷泉だけでなく同僚も釘付けになる。
「過去に大型とやり合った経験のある個体だけでもいいわ。私の部下はまだ新しいのかその辺の経験値が並列化されていないの。作業を止めた分罠の回収は午後に完璧に終わらせるし、何だったらあと二頭は狩ってくるわ」
「……まあ、二葉がイレギュラーを申請した後の任務の成功率はそうでなかった場合よりも高いし、私が何とかしよう。いい上司を持って良かったね二葉」
「手柄は全部冷泉が持っていって構わないわよ。作業が終わるまで休ませてちょうだい」
私は脳波で部下たちにこれからの行動を指示し、彼らの指揮権を冷泉に委譲した。冷泉のヘルメットの奥がチカチカ光るとそれに合わせて唸り声をあげて行進が始まる。後は冷泉の仕事次第。私はスーツのまま補給スペースの隅で横になった。この格好でも案外快適になることが出来るのだ。
「ねえ二葉」
「冷泉仕事は?」
「レポートはすでに提出したよ。上司の弱みは握っているからあと一時間もすれば準備が整うはずさ。ほら」
ツナギ姿のホムンクルスの足が一体、また一体と私の目の前を横切る。どうやら並列化の準備は着々と進んでいるようだ。
「だったら寝かせて。政争もハイカロリーだけど、狩りだって同じくらいカロリーを使うの。仮眠のあるなしじゃ仕事の質がかなり変わるのよ?」
「いやなにちょっとした世間話だよ。君が狩りの任務に就いてから成績がかなり良くなっている。エンジニアたちから報告書が来てね『まるでホムンクルスの声が聞こえるんじゃないか』ってくらい、自分達よりも正確に彼らの事を理解しているって。君の指示通りにすると捗るらしいけど、専門外の人間が自分達に指示するのを相当気味悪がっているよ」
「……」
「それともう一つ。最近君のバイタルサインがかなり乱れている。反政府的な傾向じゃ無くて、これは精神のバランスの問題だね。睡眠時間の乱れが最近露骨で、そのきっかけははちょうどエンジニアたちの報告が出た時期と重なるんだ」
「……」
「ま、部下の健康管理も上司の仕事ってね。二葉の事だから無茶だけはしないと思うけど。何かあったら言ってよね。私だって慰めてあげることくらいきるんだぜ」
「……」
またディナーで。冷泉はそう言い残すと狸寝入りを決め込む私から去っていった。
慰める、ね。果たして冷泉にこの問題を解決できる能力があるだろうか。シェルターを出て、人気のない森の中、人的資源からようやく孤独になれたと思えば振り切ったと思っていた姉の亡霊に付き合わされている異常事態に。
今度こそ緊張を弛緩させて寝に入る。これで夢の中にまで姉が現れたら滑稽だ。そうなると私は最早姉から逃れることが出来ない。独り立ちするためにここまでやって来たというのに、離れれば離れる程彼女が追いかけてくるのは一体どのような理屈なのだろう……。
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