3―2
仕事場まではいつもの三種類の部屋を通過して除染を済ませロッカールームに入る。インターン時代に散々やってきた半端な場所への入場手続き。
「……」
「……」
「……」
違うのはこの場にはシェルター市民らしく研究に情熱を燃やす宇宙飛行士めいた防護服の人達がいない事。部屋の中で同僚たちは濁った表情でそれぞれ空を見ては無言で椅子に座っている。
「…………ふぅ」
私はため息一つついて気持ちを切り替える。あの人たちを同じ空気を吸っていたらこちらまで気が滅入ってしまう。
私は手早くロッカーの中のスーツに身を包む。SFロボット作品でよく見かける体が密着するスマートなパイロットスーツめいた防護服。胸部や手指、関節部にプロテクターが付いており、その部分だけはごわつきを感じるけど、あの宇宙服に比べれば快適性は段違いである。
生命維持装置を兼ねたバックパックを背部に装着し、専用のヘルメットを被れば準備は万端。後はお気に入りの装備を手に持てばいつでも仕事に出られる。
「……」
私は目を覆うようにヘルメットの表示にスモークをかけて同僚たちを後にした。中にはやる気のある人付き合いの良さそうな人もいるけど、この仕事に従事する人間は多くの場合濁った眼で虚空を見つめている。私も似たようなものだけど、流石にあそこまでは酷くないと思いたい。
それに――彼らと、人間同士で仕事に関わる事は滅多にないのだから。下手に愛想を振りまかなくていいのはありがたい。
「……」
内と外を隔てる最後の層、それを突破するドアに手をかける。この瞬間ばかりは習慣化した今でも緊張する。目の前に飛び込んでくる理想と現実のギャップまでは流石のスーツも私を守ってくれない。
「……!」
意を決して扉を開ける。
「!」
「!」
「!」
視界に飛び込んでくるのは目、目、目。汚染環境では本来ありえないはずのすっぴんの頭部達。それぞれの頭が一斉に私に向けられると同時に、ヘルメットの内側は彼ら一人一人のステータスを表示し始める。
「………………」
視線の移動と脳波で画面を操作しながら本日私に割り振られた彼らの能力や汚染の進行具合をチェックする。それを終えると政府からの依頼内容を確認して、ヘルメットから発せられる特殊な電波で彼らに装備を持たせるよう指示を出して現場に向かう。
「まあ、こんな事を繰り返していたら精神を壊しかねない……かもね」
汚染環境下であるにも関わらず彼らが着ているものといえば前時代の工事現場の作業着であるツナギとヘルメット。手には斧やチェーンソー一輪車と環境が環境でなければ工事現場の若いお兄さんと言われるだろう――全員肌の色が妙に青白く、また同じ顔をしていいる事を除けば――前時代の日常風景をそのまま残しているようだ。
「……」
「……」「……」「……」
脳波による無言の指示に従って彼らはマリオネットのように右へ左へ、私の望むがままに目の前で行進を続ける。その眼前に広がるのは鬱蒼と広がる緑の塊。
「……作業、始め!」
低い唸り声をあげて彼らは仕事に取り掛かる。茂る緑に刃物を突き立て、切り落とし、少しずつだけど文明の入り込む余地を押し広げる。作業が進まない個体がいれば彼の視界をハッキングし、適切な指示を送る私はまさに現場監督。
同一の顔と同じような体型、どんなにハードな肉体労働も文句を言わずに無言で働き続ける歯車のような存在。彼らこそがシェルター社会が誇り、一方で厳重に秘匿されている外の市民、私の真の同僚、ホムンクルスである。
シェルター市民の外の世界への共通認識は私が常々求めていた「荒野」のイメージだ。私が受けてきた小、中の通信教育に、高等教育機関でも、大学を出た研究者たちでさえも「外には何も無い」と教育され、汚染のみが支配する自然も文明も無い空っぽな場所だと印象付けられる。
しかし現実は、シェルターの周囲は埋め尽くさんがばかりの緑で溢れかえっている。
人類がシェルターに引きこもってからすでに一五〇年以上が経過している。我が国のみならず、多くの国々にとっての課題は内側を安定させる事。自国民をどうにか汚染から保護し、食べさせ、ある程度の幸福を与え続ける事は限られた資源環境下でかなりの難易度を誇る。政治家でない私もその苦労は想像に難くない。いくら外が汚染にまみれているからといって、地上は人類のホームグラウンド。死んでもいいから外に出たいと思う――私も似たようなものだ――のが人情だ。
けれども多くの国が国民を保護するべく――過保護すぎるくそったれな世界だけど――あらゆる手段を講じて外の世界を忘れらせて安定・成立したのがシェルター社会だ。減り続けた人口がようやく上昇し、シェルターを満たすのに一五〇年。手間を考えれば順当な年月なのかもしれない。
その結果、外の世界は――本邦の場合はシェルター以外を異常な緑が埋め尽くす魔境へと変貌させた。
どの国も地上が異常な変化を起こしている事には気づいていたし、その兆候も早い段階で掴んでいた。けれど自然なんかよりも内側を、人間をコントロールすることの方がはるかに重要であり、問題の優先度は低い。数々の特異点を観測しつつも見逃さざるを得なかった結果が森林の繁茂程度であれば大したことは無い。大自然は汚染物質を吸収してくれるし、前時代で問題だった温暖化などの諸問題もまとめて解決してくれる。それに他国ではもっとひどい例があるのだからそれに比べれば無害。と言うのがシェルター政府の大筋の見解である。
私も資料をぼんやりと眺めた時は危うくシェルター政府に同意しかける所だった。けれど、この仕事に就いてみたらわかる。目の前の大自然は立派に脅威であると。
前時代において公共事業立国と呼ばれ高水準の土木建築技術を誇っていた本邦は、その力を余すところ無く発揮した事で命のゆりかごであるシェルターを築き上げた。これによって外の作業が終わり、人々は内側を設計する事にすべてのエネルギーを注ぎ始める。その過程で自然を組み伏せる技術を知っていた世代は亡くなり、リサイクルの名目で建築用の重機の多くが内側を構築する何かしらの素材へと姿を変貌させていく。私達は内側に適応しすぎたせいでいつの間にか外側を打ち倒す能力を失ってしまっていたのだった。
道具も無く、専門知識も無い。シェルターを拡張するための空白はいつの間にか緑で埋め尽くされもはや余裕は無くなっている。人口の拡大と、狭さに伴う市民の不満を解消するために内側を拡張する事を公約に掲げている政府としてはどうにかしてこの難題を解決したかった。
道具を作るリソースも技術のリソースも枯渇した中でそれを実現させるのは無理ではないか。それよりも芸術や遊びで下層市民を快楽漬けにして外から目を背けさせ続ける、現状維持の方がいいのではとさじを投げようとしたとき、政府の窮地を救ったのは意外な部門だった。
「シェルター社会には人間という資源が余っている」
医療部門が政府にそう提言したのがホムンクルス誕生のきっかけだ。
シェルター社会構築に伴って、人類が大幅に発展させた技術の一位は医療であると言える。シェルター内の公衆衛生はもちろん、汚染された臓器を取り除いてはクローン培養した部分に挿げ替えたり、完全食品を作ったり、カウンセリングミーティングなどのマインドコントロールに果ては「地上奪還計画」のためのデザイナーベビー作成のための遺伝子操作技術。生活習慣から人間そのものまで生み出せる。医療技術は神の領域に入ったとすら言えるだろう。
そんな万能に見える医療だけど、失敗が無かったわけじゃない。だったら私や……カズハのような存在が帳尻合わせのために造られるはずが無い。
医療部門は国家の有事を背景にシェルター内のリソースを優先的に使える立場にあった。その結果クローニングと遺伝子操作技術が大幅に上昇し。デザイナーベビー作成に至るわけだけど――みんながみんなのもの社会において人体実験はご法度。人間という限られた資源を危険にさらす真似はリソース意識に反していた。
「だったらいくら人体実験してもいい、人間と同じような存在を作ればいいではないか」
かくして誕生したのがホムンクルスだ。彼らはクローン培養で生まれた一分の一スケールの人体模型であり奴隷である。人体に汚染された環境でも耐えうるデザイナーベビーの胚を埋め込んでも異常が無いように、あらゆるパターンの改造が施されては産み落とされた存在。
思考する能力と生殖能力を持たない仕様の彼らは様々な名目のために製造されては最終的に外にたどり着く。脳に埋め込まれた電極から命令を受領し、ひたすらシェルターのために奉仕する。
初期型こそ外見にバラつきが見られた彼らも、世代が更新される度に同じ顔、同じ体格、同じ身体能力と実験体と言うよりも本格的に外で労働するための製品としての性格を濃くしてゆく。使用する道具こそ単純なものだが振るう力は重機にも劣らない。技術の方も記憶と経験の並列化を行うことによって短時間で全個体に効率よく学習させることが出来る。かくして本邦は外の世界と対抗する手段を獲得するに至ったのだ。
ホムンクルスは森林の伐採にシェルターの拡張工事、汚染によって突然変異を起こした野生動物からの防衛と重要な役割を担っている。人類が外の世界に適応するか、地上の環境を除染するまでは、おそらくシェルターのために働き続けるのではないだろうか。
「うー……」
「……」
ヘルプを発進する個体へと意識を割り込む。ヘルメットの内側に表示されるホムンクルスの視界。どうやら持ち込んだ道具では太刀打ちできない事態に陥ってしまったらしい。私は脳波で新たな道具を用意するように命令を出し、また別の個体にそれの受け持つ作業のヘルプに入るように指示を出す。こうやって失敗の修正を導いてやる事で明日にはこの手の問題が彼らのなかで共有され、作業効率が上がって行く。ホムンクルスたちは働かせれば働かせるほど便利な道具へと成長してゆく。
「ふわ~あ……」
「……ブツブツブツ……」
「……」
懸命に働くホムンクルスとは対照的に、ここで人間がやる事はほとんどない。
いや、これは正確な表現じゃない。昔はそれこそ現場監督として彼らに指示することがアレコレあったのだろう。しかしホムンクルスが世代交代を繰り返し、その能力を向上させたことで人間の方が彼らの作業を理解する事が、口を挟むことが出来にくくなっている。隣接する作業区域で見かけるヘルメットの中身は大体あくびをするか、ボーっとホムンクルスたちの背をぼんやりと見ているかだ。
この職場はシェルターの高官のなかで「島流し」と言われているらしい。冷泉曰く、私のように自ら望んで外の世界を目指す仕事欲しさにここに来る人間はごくまれで、多くは政争に敗れ左遷させられたり、シェルター内において推奨されない思想を持つゆえに隔離されたりした人種らしい。
元々やる気の無い仕事に就かされ、最新の防護服を与えられたとは言え危険な外側に配置され、周囲には自分たちの理解の及ばない作業に黙々と取り組む同じ顔だらけ。この環境で精神をやられない訳がないらしく。同僚たちの目は日に日に濁っていく。どの場面で彼らを見かけても、やる気のある目をしている人間に出会った事は無い。
私の方はと言うと……正直この仕事が合っていると思う。
同じ顔を見続ける経験はすでに四年間分ある。逐一指示を求める態度も馴染みがあるし、そもそも他人が何を考えて行動しているかなんて興味ない。みんなが同じ考えを持っているなんて幻想だ。人間いきなりガラクタを集め始めては部屋の隅で牙城を作り始める事だってある。
「……ッ」
暇に任せてそこまで思考が発展すると、私は毎回カズハという存在がホムンクルスである可能性にたどり着く。意思の無い人形が造れるのであれば、思考を限定した人形だって製造できるはずだ。あれもこれらと同じように様々な制約が設けられた存在。そして私も自意識と生殖能力と、人間並みの寿命が与えられたクローン・ホムンクルス――
実のところ私の脳波パターンは彼らに似ているらしく、私が使役するとホムンクルスの作業効率が僅かながら上昇する。私としても目の前の緑が少しでも荒野に近づくならそれに越したことは無い。
「うー……」「あー……」「おー……」
順調。堅い。邪魔。ただの唸り声に聞こえるはずのそれが徐々に言葉のように認識でき始めているのは不愉快だ。彼らに意思は無いはずで……だったらカズハには何で百面相みたいな表情がある?……いや、制限されているだけでこれらにも感じる能力があるのでは……ここ数日頭痛に襲われるのは私がホムンクルスたちに馴染み始めているのか、それとも同僚たちと同じように精神に不調をきたしているからだろうか。
「……はっ! バカバカしい」
どれだけ不愉快な目に遭おうとも、外の世界が理想的な環境である事は間違いが無い。
「――助けて!」
「‼」
私は声の方向へ駆け出すと銃を構えて発砲する。銃声と共に悲鳴が上がるとそこには何十倍にも膨れ上がったネズミのような生き物が絶命していた。
「うー……」
「……」
そばにはホムンクルスが一体佇んでいた。青白い顔がいっそう青白く、見ると右手を食いちぎられたようで、先ほどの悲鳴はどうやらこの個体から発せられた物らしい。
私はこれに止血と念のためドックで診てもらうように指示を出した。なにも右手程度で大げさなとも思うが、汚染によって変質した生き物がホムンクルスにどのような影響を与えるのかは未知数。動作にエラーが出ないうちにサンプルとして医療部門に提出する方が後の被害が少ないのだ。
それに、彼らの代わりはいくらでもいる。ドックに戻れば代わりのホムンクルスが私の部隊に編入し、何事も無かったように作業を再開するだろう。
人道に照らし合わせると、私が従事している仕事はそれと大幅に反するものなのだろう。シェルターからは人間とみなされていない仲間に囲まれ、自分もまたその一部として己を画車の如く組み込んでゆく感覚。シェルター生まれの、とりわけ下層の人間であればきっと私の事を無邪気に非難する。
けれど人道を謳うのがシェルターであれば目的のために人道に反する事も秘匿し、実行するのもまたシェルター。この戦場は同じように生まれてしまった私にとってお似合いの場所だ。
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