2―2

「で、街には慣れたと。見上げた行動力というか……焚き付けた私が言うのもアレだけど、二葉がここまで行動的になるだなんて思っていなかったよ」

 冷泉はスマートウォッチから表示される立体ウインドウで、私が作った中央の街のマップを感嘆と半ばあきれた表情で見つめる。丸メガネの奥のネコ目がひくついているから彼女の反応はマジなのだろう。

「てかこのマップは作る必要があったの? 地図ならすでに政府が作ったものがネットに上がっているのに」

「私が政府の言っている事をそのまま鵜呑みにするとでも? プリセットされた地図情報だけだと自動運転車にセグウェイに見た目には通れるのに外れているコースがあるのだもの。多分『権限』とやらが関係しているのでしょうけど、行きたい場所に自由に行けないのはストレスだから基本のマップをベースに色々書き加えて私の指示通りに車が動くようにアレコレやってみたのよ」

「それもはや運転じゃん」

 運転、ねぇ。調べたところによると昔の自動車はハンドルという器具を使って直感的に操作、ドライバーが行きたい方向へと道を漠然と動かすものだったらしい。私や政府のマップで始点終点を決めてコース通り操作する事はプログラミングの範疇を超えないから、運転の概念とはかけ離れているものだと思うけど。

「まさか入学一日目の自己紹介でこんなの見せて、よろしく、だなんて。どんな自慢ちゃんって感じだよ。あの後の子達お通夜状態だったじゃない」

「その辺がよく分からない」

 自己紹介だなんて名前と顔を覚えてもらう場であって、趣味や特技をことさらに言うのはどうなのだろう。誰も彼も判を押したように「研究が趣味です」だなんてな事を言うから私も対抗して街の実態調査を提示しただけなのに。

 自分がやっている事に自信があるのなら堂々と宣言すればいい。それなのに私の後の子達はどんどん声が小さくなって何を言っているのか全く分からなかった。冷泉だけは無難に名前と趣味――読書とかほざいていたけど絶対に嘘だ――を言ってのけたから肝が据わっている。

「違法すれすれの行為だって事。自動運転車を想定された以外の方法で使用したり、権限の無いところに移動させたり……上の中コッチの常識を持っていたらやらないよ」

「でも出来たって事はギリギリ合法って事でしょう」

 本当に入れない場所は例えマニュアルでプログラミングした所で弾かれた。こちら側のアカウントを獲得して出来る事ははるかに増えたけど、この街を使い倒すにはまだまだ上に行く必要がありそうだ。

 もちろん、そんな野心まではマップに反映していないけど。

「ま、出過ぎた杭は打たれない、って事を期待しよう。確かにあの自己紹介は退屈な時間になりそうだったし、二葉がひっかきまわしてくれたのは面白かったよ」

「人を暇つぶしの道具みたいに言うな」

 退屈、ねえ。確かに、イレギュラーな存在といえばクラスでは私と……出身は中央だけど上の下から受験した冷泉だけだった。

 てっきり中央出身のボンボンたちは皆自動的に高等教育機関に進学するものだと思っていたけど、制度的にはどの階層出身だろうが試験を受ける必要はあるみたいだ。ただし、受験者の内訳を見ると毎年九九パーセントが中央出身者で占められていて、私達みたいな下層の人間が出願する事はごく稀。今年なんか私達の地域だと私と冷泉の二人しか出していない。

「だって地域内の勝負って言っておいた方が二葉はやる気を出したでしょ。実際試験のスコアで言ったら中央の子達と遜色無いし。私は適切な方法で焚き付けただけだよ」

「アンタ本当に良い性格しているわね。でも……てことはコッチ出身の奴らでも基本的にはリモート教育で済んでしまうって事か。

 ……考えるとこの場所に通う意味がよく分からないわ。こう、わざわざ物理的に出席して、飛沫を被る距離で机を並べて、感染症対策とか教育を受けてきたこと全部台無しじゃない。こういうのは特権じゃ無くて暴挙と言うのではないかしら」

「二葉、部分じゃ無くてこの社会全体で物事を考えるんだよ。そうすればこのシェルター社会がどのような意図で運営されているのかよく分かるよ」

「……要領得ないわね」

 メガネの奥からニマニマと、冷泉は私が街に適応していない事を楽しんでいる。この先もきっと私が対応しきれないことが山ほど出てくるのだろう。私をサンプルとして田舎者のリアクションを両親に逐次報告しているのか、それとも個人の趣味で感情を弄んでいるのか。冷泉の事だから両方だ。本当に趣味が悪い。

「ま、疲れる話は一旦ストップして最初の一年くらいは花の女子高生を満喫しようぜ。きっとここで楽しんだ経験は宝物になると思うからさ」

 そう言うと冷泉はスクールバックからランチボックスを取り出した。机の上に置いてスイッチを入れて一分弱。蓋を開けるとそこにはBLTサンドイッチがぎっしり収まっている。

「……」

 入学式の半ドンで一年一組の教室には私達しかいない。私も遠慮なく、近場の机を冷泉のにくっつけて席に着く。リュックサックの中から弁当箱を取り出して同じように蓋を開けた。

 弁当箱の半分が唐揚げ、卵焼き、ポテトサラダにミニトマトとおかずコーナー。もう半分がご飯という典型的なおべんとう。ご飯の上に桜でんぷでハートマーク、その上に海苔で「二葉ちゃん大好き」とトッピングしているのはどうかと思うけど……まあ、ここにはもう冷泉しかいないしよしとしよう。

「あれ? その中身出力済みなの⁉」

「まあ、ね」

 この一週間、酔い止め対策に始めこそカズハを連れて街の中を爆走していたわけなのだけど、どうやらあれは自分が必要とする場所をあらかた網羅した時点でドライブに飽きたらしい。私の方も三日目くらいで酔わなくなったし、手持無沙汰を理由にカズハにべったりされるのもうっとうしいのでしばらく別行動していた。

 別にあれが何をしようと構わないのだけど、カズハが新しくハマった趣味が料理らしい。あれはあろうことか私のアカウントを利用して料理に関する資料を請求しては実戦で試していた。このお弁当はその成果物と言える。

「プリントでない料理を作るだなんて、中央でもめったにやらない趣味だね」

「料理っていったって部品を出力して箱の中に敷き詰めただけよ。プリントしたての温かいものが食べたいのに意味が分からないわ」

 取りあえず表面の桜でんぷをグチャグチャにしておく。ものが愛情を主張するなんて十七年早い。

「「いただきます」」

 冷泉がBLTサンドを一口頬張る。ツインテールが揺れている所からそれなりに美味しいのだろう。ポータブルプリンター。値段が張るから買えなかったけどお金が溜まったら購入を前向きに考えてもよさそうだ。

 対して私の昔ながらのお弁当はと言うと――

「……薄い」

 味付けは悪くない。各おかずに、桜でんぷに、総合的なつり合いは取れていると思う。けれど薄味の料理はどこまでも作り物臭さが抜けてくれない。

「その様子だとお気に召さなかったみたいだね」

 そう言うと冷泉はサンドイッチを器用に半分に割いて私の方へ差し出してくる。「おかずと一個交換する?」なるほどなかなか魅力的な提案。白、緑、赤と豊かな色彩にカリカリのベーコンの油と青い新鮮なレタスの香りが何とも食欲をそそる。

「……いい。これは全部私が食べる」

「美味しくないのに?」

「だからよ。不肖な道具が作った粗末なもの、よそ様に出せますかって話。この失敗作は責任をもって私が食べます」

 私はBLTサンドの誘惑を丁重に断って箱の中身を流し込む。味はまるで懐かしの灰色の区画のようだった。

「なるほどね――」

「……何よ」

「いや、否定する割に二葉はお姉さんのことが気に入っているなぁ、って。まぁ、二葉の場合事情が事情だけど、本物の肉親でも憎むときはそれこそ家庭内別居みたいなものだから」

「アンタはいつも何でも見てきたように言うわね」

「もちろん、これは実体験。私は中央に生まれたのに下層でしみったれた事をしている両親が恥ずかしくて仕方がないからね。中央という絶好の場所に生まれたのだから、これはチャンス。社会の中枢に乗り込んで権力を手に入れる事こそ生まれた本懐でしょ」

「……冷泉、アンタ人の事を出過ぎた杭とか言っておきながら腹の中真っ黒じゃないの。今の話バイタルサインに流れたら目出度く反社会分子認定よ」

「大丈夫。中央ではバイタルサインによる監視はされていないから。これもまた上位者の特権。ここでは自分の能力次第でどんな存在にも成れるスタートラインだから」

 そう言うと冷泉は自身のスマートウォッチの画面を見せる。そこには確かに送受信がオフになっており、続いて彼女にしては珍しく野性味あふれた輝きで爛々と輝く視線が飛び込んで来た。

 自分の能力次第でどんな存在にも成れるスタートライン。その言葉はかなり魅力的だ。冷泉は私がこの秩序の外に出たがっている事を知っている。だからこそ、私をこの場に誘ったのだろう。「チャンスはあるのだ」と。

 しかしながら、私は冷泉の事を過小評価していたのかもしれない。他人の人生を惑わせる迷い猫、いや、常識そのものを根底から覆すチェシャ猫か。

 冷泉の狙いがどこにあるのか不明だけど、コイツは何か目的があって私を利用しようとしている。ただの友人と思って接すると足元を掬われる。間違いない。

 一つ言えるのはこれからの高校生活三年間は退屈しないということ。私が自分の目的のために邁進すれば、それだけの見返りが約束されている。だったら、やってやろうじゃない。私は最速でこの制約だらけの内側から自分の力で抜け出してやる!

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