6

 俺には同級生の彼女が居た。

 白戯吹雪しろぎふぶきという名前で俺があれだけ褒めたたえた芽目野さんに引けを盗らない程美人で、感情を表に出さない奴だった。

 白戯吹雪は去年の年末に自殺した。飛び降り自殺だそうだ。

 付き合い始めて一か月、俺と吹雪は喧嘩をした。些細なことでだ。吹雪が俺の用意させたデートプランをつまらないと言ったからもうちょっとこっちの気持ちを考えろと言い返したことが原因である。

 喧嘩をした三日後、ちょうど去年のクリスマスイブだった。

 俺は仲直りがしたくて、昔吹雪が一度でいいから行ってみたいと言っていた店で食事を奢り、吹雪にカーネーションの花束をプレゼントした。


 「なにこれ」


 吹雪の第一声である。


 「これを貰って、私は何を言えばいいの?」


 吹雪はまるで悪気がなさそうな奇麗な顔を傾けていた。

 その様子に俺はまたしても怒ってしまった。

 はっきり言って、その時の白戯は不気味だった。気持ち悪かった。ここまで人の気持ちが読めないものなのかと思ったのだ。

 その店を取るのには金持ちの家に育った俺でも相当な出費だったし、夜中インターネットに張り付いてキャンセル待ちを待ってようやく予約できた店だった。それに花は吹雪が好きな花を花屋に協力してもらい一年かけて育てた花だった。

 そんな彼女が知りもしない苦労を彼女に押し付けるように激怒した。酷い言葉を何十にも押し付けるように吐き散らかした。

 おまけに暴言を言った本人が泣いていた。彼女はそんなときでも無表情だった。

 俺は金だけ置いて帰った。


 その日のうちに、白戯吹雪は自殺した。


 俺は唖然とし、その日から家でめそめそ泣くようになり、気づいたら学校にも行かなくなっていた。白戯吹雪の居ない学校に行ってもつまらないからだ。でも白戯吹雪が生きていても俺はもう嫌われていたんじゃないかと思うようになり現実逃避に走るようになった、一か月か二か月経ってようやく一人でいるときは明るくなるようになった。やがてコンビニ店員相手でも明るくできるようになった。

 できるだけ過去のことを考えないように考えないようにとしているうちに俺は自分に嘘が吐けるようになっていた。虚勢を張ることが出来るようになっていた。

 それでも学校を行く気にはならず、家の中に引き籠った。

 引きこもりながらも虚勢を張り続け、芽目野さんからSNS上で会おうと言われたときは焦りながらも喜んだ。

 そして、今に至る。


 10



 「それがあなたの願いなんですね」


 芽目野さんは確かめるように言った。


 「はい」


 答えを噛みしめるように言った。


 「では、神様の石を貸してください」


 神様の石をポケットから取り出し、芽目野さんに渡した。


 「え?」


 石を芽目野さんに渡すとその石は変形し鍵のような形になった。少し大きめの石が小さな金属上の鍵になったのである。

 芽目野さんは鍵を鍵穴のない鉄格子まで持っていき、鉄格子と鉄格子の間――何も無い空間に向けて鍵を挿した。ガチャリと音がして鉄格子が左右に引いていく。

 このわずかな時間に物理法則が何回も無視された。


 「東雲迷路さん。あなたの願いは叶いました。中にお入りください」


 芽目野さんに言われるがまま、闇の中へ入った。

 そこからまた長かった。病院とは思えないくらいに。

 右も左もわからないし、芽目野さんより先に入ったから目的地にたどり着くという保証がない。


 「……あ」


 緑色の光を見つけた。ようやく神様のお出ましだろうか。

 でも神様の光にしては随分弱々しく見えた。入ったばかりでは見えないくらいに淡く、鈍く、薄い光だった。

 近付く度に光は強くなっていった。近くで見ると眩しく見える、今まで暗闇にいたからだろうか。

 歓迎してくれているようには見えない、まるで帰ってくださいと言わんばかりにそれは光っていた。


 「いった」


 頭をぶつけた。上を見上げる。人が扉に逃げているマークを見つけた。ああそうか、この緑光は非常口マークの緑色だったのか。


 「ということは、ここは扉か」


 手探りでドアノブを探した。あった。ドアノブではないが指を引っ掛けられる部分を見つけたのでそれを思いっきり外に向かって引いた。


 「ぐぁ……!」


 やたら白い光が飛び込んできた。

 その光はとてつもなく強く、神々しくさえあった。

 目が眩みそうだ。

 やがて目が慣れてきて、光への痛みが無くなってきた。

 俺はとうとう目を開いた。


 「…………な…………」


 そこはどこかの研究室、あるいは手術室のようだった。

 白い壁、白い天井がある四角い部屋。デスクの上に日記帳が一つ、心拍数を図っているらしい画面が一つあった。多くのコンセント中央のソレに差し込んであり、ソレには何本もの管が繋がっていた、そこからは薄いピンク色の液体がソレに流れ込んでいた。

 ソレとは人が一人入っているカプセルのことであり、その中に入っている人間には見覚えがあった。

 目を開いて数十秒経ってなお、未だに目を開いて良かったかわからない。

 願いが叶ったというのに。


 「……吹雪……?」


 そこにいたのは間違いなく白戯吹雪だった。

 白戯吹雪、俺の恋人は怪しげな場所で怪しげな液体に漬けられていた。

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